配達だより:01. キジ

 しばらく前から、お客様のお宅に夕食用の食材やお弁当等を配達するパートを始めました。朝10時にセンターに出勤して食材やお弁当、保冷剤等を軽トラックの貨物車に積み込み、いくつかのルートに別れてそれぞれのルートで一日に40〜50軒程度のお宅に配達して回ります。
 私が担当しているルートは霞ヶ浦湖畔や土浦市北部の農村地帯から新興住宅地、土浦の郊外から中心市街地までいろんなところを通ります。その中で気づいたこと、出会ったことをぽつぽつと書いていこうと思います。

 

 6月下旬の晴れて暑い日のこと。土浦市郊外の板谷の谷津田(台地の間に谷状に入り込んだ低地を利用した水田)に接する斜面に展開する住宅地でキジを見ました。茨城ではキジは別に珍しい鳥ではなく、5月にはあちこちで声が聞かれますし、今はわかりませんが20年くらい前にはJAXAの筑波宇宙センター構内にいるのを何度か目撃しました。しかし奈良のシカじゃあるまいし、戸建てが密集する住宅地の目と鼻の先に出るというのは茨城でもちょっと珍しいと思います。

 

<以下の拙文だけではよくイメージできないと思うので、参考までに付近の地形図を示します。この図の下辺から赤い道が2本V字型に伸びていますが、左上へ走るのが国道125号で、一番左上の緑色のくりりんとしたのは常磐自動車道の土浦北インターチェンジ。一方右上へ走るのが国道6号(土浦バイパス)。その右に縦に走る黄色い道は旧国道6号(茨城でロッコクという)で、地図の下が土浦・東京方面、地図の上が水戸・いわき方面です。地図の中央を東西にほぼまっすぐ流れている川に沿って、南北を少し高い台地に挟まれながら伸びている水田が谷津田、四角い赤枠で囲ったのが問題の細道。>

 

 今回の現場ですが、上の地形図に見られるとおり、この谷津田はほぼ東西方向に伸びており、谷津田の北側の台地、つまり谷津田への斜面が南向きで日当たりがよい方は比較的早くから(遅くても1970年代から)住宅地として開発されていました。一方谷津田の南側の台地の斜面には、北向きで日当たりが悪いためでしょう、宅地は全く見られず、現在に至るまで雑木やクズなどからなるヤブが残されており(特に地図の「都和(四)」という字のあたり)、自然度高いです。この日もホトトギスやウグイスの声が賑やかで、谷津田にはコサギかアマサギか、小型のサギが降り立って餌を漁っていました。昔はホタルがたくさん見られたそうです。

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| 配達だより | 20:57 | comments(2) | trackbacks(0) | pookmark |
最近読んだ本:『新編 日本思想史研究 村岡典嗣論文選』(村岡典嗣著 前田勉編 2004 平凡社 東洋文庫726)
 最初に、本文中では敬称を省略したことをお断りしておきます。

 本書を読むまでは、私にとって村岡典嗣(むらおか・つねつぐ)という人は岩波文庫の本居宣長(もとおり・のりなが)の著書の校訂者に過ぎませんでしたが、本書巻末の前田勉氏による解説によると、村岡は「日本思想史学の生みの親」(p.414)であり、そういえば最近読んだばかりの家永三郎『日本道徳思想史』(1954/1977 岩波全書)巻末の「参考文献補遺」にも名前がありました。曰く
 
通史ではないけれど、村岡典嗣「日本思想史研究」四冊にも、参照すべき論文が多く含まれている。特に方法論に関する論文は、津田前引書(注:津田左右吉『文学に現はれたる我が国民思想の研究』四冊をさす)の序文と共に、道徳思想史の方法論を考えるに当って教えられるところが多い。何といっても、津田・村岡両者は日本思想史学を独立の学問的体系として樹立した草創者であり、たといその学問の内容や思想的立脚点にまったく同意し得ないとしても、日本思想史を研究しようとする学徒は、まずこの両先学の業績から出発するのが順路であると思う。(家永『日本道徳思想史』 p.240)

このように、津田左右吉と並んで村岡典嗣の業績を讃えています。。
 ところが、おもしろいことに前田勉による本書解説には、逆に家永三郎に言及した部分があるのです。曰く
 
この点、家永三郎が、村岡は「概して研究の対象に温い同情を注ぎつつその精神の理解につとめ、短所の暴露よりも特色の発見に重きをおいた」と、「限界の指摘に重きをおいて仮借なき批判を急とした」津田左右吉と対比しつつ、指摘していることが参考になる(「日本思想史学の過去と将来」、『家永三郎集』第一巻)。(p.425)

とのこと。前田はこの点に関連して
 
思想家を分析する立場には、弁護士型と検察官型の二つのタイプがあるが(内田義彦「方法としての思想史」、『内田義彦著作集』六巻)、自己の人生観・世界観からする超越的批評をしばしば行っている津田左右吉は明らかに検察官型であったのにたいして、村岡は、「本人が口ごもっている言い分を何とか聞きただしてみよう、本人の自覚にあるものよりもいま少し明確にその言い分を聞いてみよう」(同右)とする弁護士型に属していたといえよう。(p.426)

とも述べています。同じジャンルに属する本同士ですから当たり前かも知れませんが、村岡典嗣と津田左右吉を仲立ちにして本書とその前に読んだ本とがけっこうピンポイントで響き合うというのは、ちょっとおもしろい経験でした。

<東洋文庫の常として、表紙・背・裏表紙は落ち着いたグリーンのクロス装で大変手触りがよい。表紙には書名をはじめ字は何もありませんが、背に金で書名・著者名等が押されているので、本棚から取り出すには困りません。>
 
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| 本のこと | 15:49 | comments(2) | trackbacks(0) | pookmark |
バッハのフルート・ソナタ ホ短調 BWV1034 第一楽章15小節目の改変
あれ、音が違う!?
 特にこれという原因も思い当たりませんが、ある日突然といった感じでバッハのホ短調のフルート・ソナタ BWV1034 が大好きになってしまいました。有田正広さんがトラヴェルソ(バロック時代のフルート)で吹いたCDを持っていますが、他にもいろんな演奏を聞いてみようと Naxos Music Library で古今のさまざまな録音を聞いているうちに、録音によってある音が違っていることに気づきました。
 その音とは第一楽章の15小節目のフルートの、十六分音符が16個あるうちの最初から7番目の音(以下この音符を Fl:15/n.7(フルートの15小節の7番目の音符( note )の意)と書くことにします)で、私が持っている新バッハ全集(ハンス=ペーター・シュミッツ Hans-Peter Schmitz 校訂 1963年)準拠の全音ベーレンライター原典版シリースの譜面ではこの音は a(ラ)なのですが、この音を半音高い ais(ラ#)で吹いている録音があるのです。たった半音の違いですが、この違いはいろいろな問題を提供していますので、以下検討していきます。
<譜例は新バッハ全集の15小節目と16小節目の前半。赤丸で囲った音はこの譜例では a(ラ)ですが、この音が半音高い ais(ラ#)になっていることがある。>

 私が最初にこの違いに気づいたのは、ジュリアス・ベイカーが吹いた1947年録音の演奏を聞いたときでした。さらに他の演奏を聞いてみると、アラン・マリオン、ペーター=ルーカス・グラーフ、ジャン=ピエール・ランパル、マクサンス・ラリュー、ヨハネス・ワルター、ポーラ・ロビソンなど、いずれも少年時代の私がまぶしく見上げた錚々たるビッグネームたちが、私の持っている新バッハ全集の音より半音高い ais(ラ#)で吹いていたのです。
 ところがおもしろいことに、一度は ais(ラ#)で吹いていたペーター=ルーカス・グラーフは、その後娘のピアノと入れた新しい録音では新バッハ全集の音 a(ラ)で吹いており、さらにランパルも後年の録音では a(ラ)で吹いています。つまり問題の音を ais(ラ#)で吹いていた奏者たちのうち、少なくともこの二人はその後 a(ラ)に乗り換えたというわけです。
 ais(ラ#)で吹いている演奏家の顔ぶれがいずれも比較的古い(失礼!)人であることと、グラーフおよびランパルの「乗り換え」から考えるに、どうもこの音は古い譜面の音らしい。そこでクラシック音楽の譜面のデータベース IMSLP でこの曲を探してみると、この推測は当たりでした。この ais(ラ#)は旧バッハ全集(パウル・ヴァルダーゼー Paul Graf Waldersee 校訂 1894年)の音だったのです。
<譜例は旧バッハ全集の15小節目と16小節目の前半。赤丸で囲った音は新バッハ全集の譜例では a(ラ)だったが、こちらでは臨時記号シャープがついて半音上がっている。>
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| オーケストラ活動と音楽のこと | 17:36 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
馬頭琴とモンゴルの音楽について
 先週のことですが、馬頭琴のコンサートを聞きに行きました。馬頭琴はモンゴルの弦楽器で、写真で見る通り四角い胴に棹がつき、その先端が馬の頭の形をしているので「馬頭琴」の名があります。全体の形は日本の三味線に似ていますが、三味線がばちで弦を弾(はじ)く撥弦(はつげん)楽器なのに対して、馬頭琴は弓で弦を弾(ひ)く擦弦(さつげん)楽器です。弦の数も三味線は3本なのに対して馬頭琴は2本です。全長は1mほどになり、胴体を膝の間にはさんで弓で弾く演奏姿勢から「草原のチェロ」と呼ばれます。
 この日の演奏会は土浦在住の作曲家兼バンドネオン奏者兼その他多くの楽器のマルチプレイヤーの啼鵬(ていほう)氏と、同じく土浦在住の弦楽器工房の幹弓(かんきゅう)氏と一緒に聞きました。幹弓氏は今回の演奏会に使われている楽器のメンテナンスをなさったそうで、楽器や弓の構造に関しての幹弓氏の実見談も参考にさせていただきながら、馬頭琴やモンゴル音楽についてわかったこと、考えたことをこちらに書いておきます。
<写真は馬頭琴コンサートのチラシ。ちなみにこのコンサートは2月19日に神奈川県の藤沢市勤労会館、3月17日に千葉県のアミュゼ柏(私が行ったのはコレ)、3月20日に東京都の瑞穂町郷土資料館、4月2日に埼玉県の北本市文化センターを巡回して開催されます / ました。最後の4月2日のコンサートなら今からでも間に合いますよ。>
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| オーケストラ活動と音楽のこと | 17:07 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
ルロイ・アンダーソンの Plink, Plank, Plunk という曲名について
 アメリカの作曲家ルロイ・アンダーソン Leroy Anderson(1908-1975)の作品に Plink, Plank, Plunk という弦楽合奏のためのかわいい曲があります。弦楽合奏といってもこの曲は初めから終わりまで弦を指で弾くピツィカートという奏法が指定されているため、弓は全く使いません。
 この曲名、日本語では「プリンク、プレンク、プランク」「プリンク、プランク、プランク」「プリンク、プランク、プルンク」等の数種類の表記があります。英語の発音に近い表記として Plink はプリンク、Plunk はプランクでほぼよいのですが、真ん中の Plank が問題です。この a は [ae] みたいな発音記号で表される、中学校で初めて英語を習うときに(今では小学校から習うらしいが)「アとエの中間の音」みたいに教わる音、have とか can のあの発音です。
 ところで私は中学2年のときは名古屋市千種区(現在は名東区)の中学校にいたのですが、この中学校の英語のK先生は have を「ひゃぶ」と発音していらっしゃって、転校生の私(1年のときは岡山県倉敷市の木造校舎の中学校でした)は「さすがは名古屋だぎぁ」と思ったものです・・・ああ、これはもう半世紀以上昔の話ですから、今の名古屋市の中学校では勿論そんなことないと思いますよ (^^;;
 で、この have とか can の a の音ですが、日本語にするときには have だと「ハブ」、 can は「キャン」というふうに、概ね「ア」段を当てるのが通例になっていますので、このルールを Plank にすなおーに当てはめると「プランク」となるわけですが、これだと次の Plunk の「プランク」とかぶってしまいます。そこで Plank と Plunk を何とか区別しようとして、Plank の方をもちょっと蓮っ葉な(死語?)感じにして「プレンク」にしたり、逆に Plunk の方に遠慮してもらって「プルンク」とローマ字ふうに書いてみたりするために、いくつかのヴァリエーションが生まれているわけですね。ちなみにこれを K先生ふうに言いわけるなら「プリンク、プリャンク、プランク」となって、三つが明確に区別されるわけで・・・わーK先生ごめんなさい☆

 さて、この Plink, Plank, Plunk という曲名ですが、これはどういう意味なのでしょうか?ネット上にはたとえば

  • 曲名の Plink, Plank, Plunk! は、「ぽろん、ばたん、どすん!」といった擬音語を表す。(こちら

  • プリンク・プレンク・プランクとは物がカタン、ポトンと落ちる音のことだそうです。辞書には「Plunk」はそういう意味で載っていましたが「Plink」「Plank」は無かったです、動詞の活用形でもなさそうなので意味不明ですスラングかも知れません。(こちら

  • PLINK(プリンク)、PLUNK(プランク)ともに英語では弦楽器をポロンと弾くという意味、これにPLANK(プレンク)という語呂合わせと思われる言葉を加え洒落を効かせたこの曲は、あたかも弦楽器を一斉にはじく擬音語を捩って「プリン!プレン!プラン!」がもっとも原語の発音に近いのではないだろうか?(こちら


  •  

といった諸説が見られます。いずれもまずは辞書を引いて、それを取捨選択敷衍していらっしゃるようで、私も後述のとおり辞書で plink、plank、plunk の3語を引いてみて、それぞれの説にそれぞれの根拠があることがわかりました。
 しかしこれらの説は、この曲名が擬音語であるという点では大きく一致するものの、細部はなおまちまちであり、しかもなぜ似たようで微妙に違う擬音語が3つ、この順番で並んでいるのかということまでは説明されていません。私も以前から漠然と弦のピツィカートの擬音であろうなぁと思って済ませていましたが、一昨日の夜、風呂に入っているときに、なぜこの3語がこの順番で並んでいるのかという理由を「発見」したのです! まあ「発見」とは言っても内容は他愛もないことなので、「なに、そんなの今頃わかったの?」と呆れる方もいらっしゃるかとは思いますが、とにかく独力で「発見」したことではありますので、一応ここに書いておきます。
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| オーケストラ活動と音楽のこと | 11:03 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
最近読んだ本:『日本道徳思想史』(家永三郎 1954(初版)1977(改版) 岩波全書194)
 このところ、海外から大量に日本に押しかける観光客の、日本人の目には傍若無人で非礼に映る行動に関する報道を目にする機会が増えました。これらの人々だって、わざわざ日本人に迷惑をかけ自国の面目を貶(おとし)めようとしてこうした振舞をするわけではないのでしょうが、どうも彼我の公衆道徳には大きな違いがあるようです。そこでまずは我ら日本人の道徳律のよって来るところを考えてみようと、本書を繙(ひもと)きました。例によってまずは目次を掲げます。

改版にあたって
はしがき
序 章 日本道徳思想史とは何か
第一章 原始社会人の道徳思想
第二章 氏姓階級の道徳思想
宗教思想
政治思想
階級意識
家族道徳思想
人生観
第三章 貴族の道徳思想(上)
政治思想
階級意識
家族道徳思想
宗教思想
第四章 貴族の道徳思想(下)
階級意識および政治思想
生活目標
家族道徳思想
宗教意識
第五章 僧侶の道徳思想
出家意識
出家精神の喪失
第六章 武士の道徳思想(上)
主従道徳
家族道徳思想
政治思想
階級意識
宗教思想
第七章 武士の道徳思想(下)
封建意識
家族道徳思想
政治思想
経済思想
武士道
宗教思想
封建道徳の伝統
第八章 町人の道徳思想
階級的自覚
家族道徳思想
経済思想
宗教思想
享楽主義
封建思想
町人精神の伝統
第九章 農民の道徳思想
政治思想および社会意識
人生観
家族道徳思想
参考文献補遺
時代一覧
年表
書名索引
人名索引

 本書は基本的には時代区分に従って原始時代(先史時代)から江戸時代とその直後の明治時代あたりまでを扱いながら、僧侶と農民に関しては時代で区分せず通史的に扱っています。町人(商人と職人を含むが、主に商人)についても時代区分でなく独立した章を立てていますが、これは主に江戸時代の道徳思想を武家のそれと町人のそれに分けた、その町人の分で、従って江戸時代の町人を扱っています。巻末の「時代一覧」が時代区分と本書の構成を一覧できる表になっていますので、これを下に掲げます。
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| 本のこと | 23:31 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
最近読んだ本:『山の思想史』(三田博雄・著 1973 岩波新書(青版)860 F104)
 書名からは、山に関する思想、つまり山というものがどのように考えられてきたかに関する通史かと思われそうですが、次に掲げる目次を見るとわかるとおり、本書は「I なぜ山へ登る」に続いて山に関係の深い人々9人を取り上げ、その各人の山に対する向き合い方とその遍歴を追ったものです。

I     なぜ山へ登る
II  北村透谷
III   志賀重昂
IV   木暮理汰郎
V    武田久吉
VI   田部重治
VII  大島亮吉
VIII 加藤文太郎
IX   高村光太郎
X    今西錦司
あとがき

  II 以下は各章で取り上げられている人の名前がそのまま出ていて内容が容易に想像されますが、I だけは人名ではなく「なぜ山へ登る」という総論めいたタイトルがつけられています。この章は『若きウェルテルの悩み』や多くの文学作品を書く一方で官僚として鉱山経営の事務等を取り仕切り、また自然科学の研究にも取り組んだゲーテを取り上げながら、本書の全体を通底する「科学技術と人の心とのそれぞれに宿るデーモンの克服」という基調を設定した章なのです。つまり II 以下の各章が本書の本論に当たりますが、「I なぜ山へ登る」の章は II 以下で扱う人々の人選やその取り上げ方といった本書の基調を定めた章でもあり、また論の進め方が私にはやや難解でもあったので、自分自身の復習を兼ねてここに紹介しておこうと思います。
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| 本のこと | 16:33 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
アーノンクールのブルックナー交響曲第5番と校訂報告
 ニコラウス・アーノンクールがウィーン・フィルを振って2004年に録音したブルックナーの交響曲第5番のCDを買ったのは数年前で、その時に一度聞いていたはずですが、最近改めて聞き直してみたところショッキングな事実に気づきました。学者肌のアーノンクールのことですから当然原典版(この曲の場合ノヴァーク版はハース版の誤植を訂正した程度で事実上同一なので、両方まとめて「原典版」とします)を使用しているだろうのに、驚いたことに第二楽章の終わり方が原典版ではなく改訂版の終わり方になっている!うーむ、買った時にちゃんと聞いていればその場ですぐ気づいたはずだが・・・どうやらいい加減に聞いていたようです。いけませんね!
<おそらく日本語解説のついた国内盤もあるのでしょうが、私のは価格重視の輸入盤(こっちの方が安かった)。82876 60749 2 (RCA/BMG)。2枚組ですが2枚目はリハーサルを収録しています。お客が入っていないムジークフェライン・ザールでのリハーサルは残響が長くて、ちょっと教会みたいな音がしています。この響き、いいなぁ。本番の方はライブ(ただし編集してある)でお客が普通に入っているので、ここまでの残響はない。>

<左の譜例は原典版の第二楽章の終わり。赤枠で囲ったのは上からフルート、オーボエ、クラリネット。右の譜例は同じ箇所の改訂版のフルート、オーボエ、クラリネット。楽器が3種類なのに譜面が4段になっているのはフルートで上2段を使っているからです。耳で聞いて両者の違いが一番わかりやすいのは一番上の段のフルートで、左の原典版では |たーらら|たらら(休)|(全休)|なのに、右の改訂版では |たーらら」たーーら|らーーー|と吹く長さが伸びてるし音の高さも違います。アーノンクールのCDのこの部分はほぼ右側でした。>
 
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| オーケストラ活動と音楽のこと | 08:21 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
最近読んだ本:『日本人の音楽教育』(ロナルド・カヴァイエ 西山志風(にしやま・しふ) 1987 新潮選書)
 裏表紙側のカバーに音楽評論家の遠山一行(とおやま・かずゆき)氏の短評が載っているので、そこから引用します。
 
(前略)イギリスから音楽学校の教師として我が国に来た若いピアニストであるカヴァイエさんは、自分の眼にうつった光景を率直に語っている。それは、日本の音楽家たちにもある意味ではわかっていることだが、状況は変わらずに進んでゆく。私はこの本を、むしろ、自分の子供にピアノを習わせるお母様たちに読んでいただきたいと思う。音楽教育、ピアノ教育についての具体的な―そして有益な―指針も少なくないが、何よりもカヴァイエさんのもった素朴なおどろきや疑問や忠告を成心なく受け入れて状況を変革する力は―専門家よりも―そうした人々の手のなかにあるとおもうからである。

 遠山氏の文中に「若い」とありますが、略歴によるとカヴァイエ氏は出版時に36歳。ウィンチェスター音楽院を経て王立音楽院(RCM:Royal Collage of Music。英国には「王立音楽院」と訳される教育機関が二つある。もう一つはRAM:Royal Academy of Music)を修了後、ハノーヴァー音楽大学、リスト音楽院で学び、武蔵野音楽大学の招きで1979年にやはりピアニストである夫人のヴァレリア・セルヴァンスキーさんとともに来日し、1986年帰英とのこと。本書は言語学者の西山志風(にしやま・しふ)氏とカヴァイエ氏の対談という体裁をとっていますが、実際には1984年4月から1985年11月にかけて10回にわたって行われた対話(1回あたり約2時間)をもとに、その後の質疑や追加の対話、カヴァイエ氏の帰英後の文通等によって補足・編集して対談の形にまとめられたものだそうです。

 本書の目次は次のとおり。本書は目次だけで5ページとっていますが、これは章立てだけでなく文中の小見出しまで拾っているためで、この小見出しが詳細につけられているので、本書のおおよその内容を知ることができます(その分長いのでご注意!)。
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| 本のこと | 21:19 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
最近読んだ本:『音楽の鑑賞 ―職場の音楽アルバム解説―』(文部省社会教育局 昭和25(1950))
 本書によると、戦後復興が一段落したかと思われる昭和25(1950)年、国が労働者教育の一環としてレコードアルバムを企画・作成し、労働組合を通じて各会社に配ったことがあったというのです。そんなことがあったとは私は全く知りませんでしたし、ネット上をちょっと探してみましたがこれに関する情報は見当たらず、文科省のHPで公開されている「学制百年史」にもこれに関する記述はありませんでした。埋もれた歴史発掘か?

本書の「序」に本書出版の事情が説明されているので、まずはこれを引用します。
 
            序
 今日では音楽は、あらゆる階層をとわず生活の一部となつているが、終戦後現在にいたるまで、外来の音楽をほとんど無批判、無反省に取り入れた結果、音楽自体のもついろいろな特色が曲解せられて、低給な面に特に強い影響を与えてきている。
 そこで文部省においては、本省に設置されてある労働者教育分科審議会でこの問題について、協議した結果、労働者に対して、より健全な音楽を与え、その教養を高める一助として、さきに職場の音楽レコードアルバムを編集し、これを組合組織を通して全国的に配布した。
 そしてさらにこのレコードの曲目その他についての解説と、音楽の鑑賞について、本書を作成して広く頒布することとした次第である。
  昭和二十五年七月
                              文部省社会教育局
※文中の「なつているが」「低給な」は原文のまま

 1950年といえば、それに伴う戦争特需がその後の高度経済成長の基盤となったともいわれる朝鮮戦争(1950〜1953、現在休戦中)の始まった年。日本はまだ連合国軍の占領統治下にあり、この年には連合国軍最高司令官マッカーサーの要請により警察予備隊(後に保安隊を経て陸上自衛隊に改組)が発足、第1回さっぽろ雪まつり開催、2リーグ制となったプロ野球で初の日本シリーズ開催(毎日オリオンズ(現・千葉ロッテマリーンズ)が優勝)、「サントリーオールド」「江戸むらさき」発売、池田勇人蔵相(当時)の「貧乏人は麦を食え」発言等がありました。
 ところでネット上の資料によると、この年のレコード(SP盤)の価格は170円、人事院の「国家公務員の初任給の変遷(行政職俸給表(一))によると、大卒程度に相当する六級職の初任給は昭和24年4月から昭和25年12月までは4,233円でした。つまり当時のSPレコードは大卒の初任給を全部つぎ込んでも25枚は買えなかったわけです。現在ではどうかと見てみると、先ほどの人事院資料では平成27年度の大卒初任給は総合職181,200円、一般職176,700円ですから、CD1枚を1,800円とすると100枚くらい買えそうです。しかもSP盤は片面3分からせいぜい5分程度、両面でその倍ですから、大卒初任給をつぎ込んで25枚買ったって演奏時間は最大250分程度で、CDなら3〜4枚分に過ぎません。当時のレコードというのは大変高価なものだったのです。
 そのような高価なレコードをこの時期に、しかもこのときに配布した第一集で22面すなわち11枚組のアルバムにして配布した理由や経緯は本書からは詳しくはわかりませんが、GHQ(連合国軍総司令部)の指導とともに、国民精神総動員運動や敵性音楽(=米英の音楽、特にジャズや軽音楽)の禁止への反省と反動、また戦後怒涛の勢いで無秩序的に流入したであろう娯楽音楽の当時の社会に対する影響への懸念等が考えられます。組合組織を通して配布したというのも異例で、GHQの指導や当時の労働運動の状況(この年にGHQの主導で、労働組合のナショナルセンターとして反共色の強い「総評」(日本労働組合総評議会)が結成される)との関連があったのでしょうか。とにかく1950年はまだ連合国軍の占領下ですから、現在では考えられないような政策も行われ得たもののようです。

 本書の「第四章 職場の音楽アルバムの構想」には、この職場の音楽アルバムの構想について次のように述べられています。
 
 今度皆さんの音楽鑑賞力を向上させるため職場の音楽アルバムが編集されることになりました。そこで実際の音楽家や労働組合の人々が集まって委員会を作り、音楽アルバムを編集する基礎となるべき、音楽鑑賞の教科課程を作成し、それに基いてレコードの編集もすることとしました。わたくしたちは何回も会合して案を練り、ようやく教科課程とそれに基くアルバムの内容を決定したのです。したがってこのアルバムは一回だけで終ってしまうものではなく、全体で五回位にわたって刊行され、全部では六十枚くらいのものになる予定です。(以下略)

 「全体で5回、60枚くらい」とはお金の面でも時間・労力の面でもけっこうな規模と言えるでしょう。しかもここに言う「音楽鑑賞の教科課程」は後で見る通り、中世から20世紀までのクラシック音楽、世界の民謡、映画音楽やダンス音楽等までを網羅し非常に広い範囲に開かれた、今日見ても立派なものであると思います。ただ実際にこのアルバムが完結したのかどうかは、今のところ私は確認できていないのですが。

 本書はB6判、上に示した「序」と目次等を除いた本文123ページの冊子で、内容は音楽鑑賞の意義とその方法について述べる「前編 音楽鑑賞の手引き」と、配布した職場の音楽アルバムの構成と曲の解説等について述べる「後編 職場の音楽アルバムの解説」の二部構成。参考のために目次と小見出しを示します。
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| 本のこと | 19:22 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

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