最近、ある歌を思い出しました。1978年4月に発売された中島みゆきの4枚めのオリジナルアルバム「愛していると云ってくれ」に収録された「世情」です。
この「世情」の歌詞は従来から難解であると言われています。確かに一度聞いてすぐに「あーなるほどうんうんそうだねー、じゃ次いこうか」というふうはいきません。誰かに肩入れしているようでもあり、状況を突き放して見ているようでもあり、聞く方としては何をどこからどう見てどう受け入れればいいのか、ちょっとわかりにくい感じがします。これはちょっと深堀りしてみなければ・・・
というわけで、まずはこの曲の最も印象的な部分、シュプレヒコール云々が歌いこまれて何回も何回も繰り返されるリフレインを聞いてみましょう。歌詞としては一連ですが、付された旋律によって前半と後半に分けて書いてみます。
シュプレヒコールの波 通り過ぎてゆく
変わらない夢を 流れに求めて
時の流れを止めて 変わらない夢を
見たがる者たちと 戦うため
この「シュプレヒコールの波」という歌詞から、昭和おやじな私がすぐに思い浮かべるのは「安保闘争」や「大学紛争」ですが、実はこれらは1970年代の初めにはほぼ終息していて(安保闘争は日米安全保障条約締結をめぐる1959年から60年にかけてと、その10年後の自動延長を阻止しようとする1969年から70年にかけての2回行われ、大学紛争を象徴する東大安田講堂事件は1969年1月)、もちろん歌自体はアルバム発売より前に作られているわけですが、それにしても1970年代初めと1978年4月という発売時期との間には大きな隔たりがあります。では1978年当時に世間を騒がせていた「闘争」は何だったかというと、それは成田空港の開港をめぐる「三里塚闘争」でした。これは1968年頃から学生たちを巻き込んで激化し、1977年4月から5月にかけての妨害鉄塔撤去をめぐる反対運動で大きな盛り上がりを迎えます。中島みゆきが実際に見聞し、歌の中に織り込んだ「シュプレヒコール」は、おそらくこの時のものだったのでしょう。
さて、ここには「変わらない夢」という同じ語句が前半と後半にそれぞれ出てきます。しかし同じ語句でありながら、前半の「変わらない夢」と後半の「変わらない夢」の内容は実は正反対と言っていいくらいに違っていると思われます。
順序は逆になりますが、まず後半の「変わらない夢」を見ているのは誰なのかを考えてみましょう。それは「時の流れを止めて変わらない夢を見たがる者たち」です。ここでは「時の流れを止めて」という句に注目して「守旧派」と言っておきましょう。そしてその夢とは「昔ながらの価値観を貫くこと」であり、その行動原理は「保守・反動」ということになりましょう。。
これに対して前半の「変わらない夢」を見ているのは「その夢を流れに求めて「守旧派」と戦うために通り過ぎてゆくシュプレヒコールの波」です。ここでは「流れに求めて」という句に着目して「進歩派」と呼んでおきましょう。そしてその夢の内容は「旧弊に囚われない新しい価値観」であり、その行動原理は「自由・改革」といったものであろうと思われます。
つまりこのリフレインは、自由・改革を掲げる進歩派と、保守・反動を旨とする守旧派との対立を描いたものということになります。最初に見たとおり中島みゆきが実際に見ていたのは三里塚闘争のデモだったと考えられますが、歴史を遡れば、安保闘争も大学紛争もやはり進歩派と守旧派との対立であり闘争であったわけで、つまりこのリフレインが描く情景は目前の三里塚闘争のそれにとどまらず、戦後日本を一貫してきた闘争を昇華した象徴的なものであると見ることもできるでしょう。