アーノンクールのブルックナー交響曲第5番と校訂報告
 ニコラウス・アーノンクールがウィーン・フィルを振って2004年に録音したブルックナーの交響曲第5番のCDを買ったのは数年前で、その時に一度聞いていたはずですが、最近改めて聞き直してみたところショッキングな事実に気づきました。学者肌のアーノンクールのことですから当然原典版(この曲の場合ノヴァーク版はハース版の誤植を訂正した程度で事実上同一なので、両方まとめて「原典版」とします)を使用しているだろうのに、驚いたことに第二楽章の終わり方が原典版ではなく改訂版の終わり方になっている!うーむ、買った時にちゃんと聞いていればその場ですぐ気づいたはずだが・・・どうやらいい加減に聞いていたようです。いけませんね!
<おそらく日本語解説のついた国内盤もあるのでしょうが、私のは価格重視の輸入盤(こっちの方が安かった)。82876 60749 2 (RCA/BMG)。2枚組ですが2枚目はリハーサルを収録しています。お客が入っていないムジークフェライン・ザールでのリハーサルは残響が長くて、ちょっと教会みたいな音がしています。この響き、いいなぁ。本番の方はライブ(ただし編集してある)でお客が普通に入っているので、ここまでの残響はない。>

<左の譜例は原典版の第二楽章の終わり。赤枠で囲ったのは上からフルート、オーボエ、クラリネット。右の譜例は同じ箇所の改訂版のフルート、オーボエ、クラリネット。楽器が3種類なのに譜面が4段になっているのはフルートで上2段を使っているからです。耳で聞いて両者の違いが一番わかりやすいのは一番上の段のフルートで、左の原典版では |たーらら|たらら(休)|(全休)|なのに、右の改訂版では |たーらら」たーーら|らーーー|と吹く長さが伸びてるし音の高さも違います。アーノンクールのCDのこの部分はほぼ右側でした。>
 
続きを読む >>
| オーケストラ活動と音楽のこと | 08:21 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
最近読んだ本:『日本人の音楽教育』(ロナルド・カヴァイエ 西山志風(にしやま・しふ) 1987 新潮選書)
 裏表紙側のカバーに音楽評論家の遠山一行(とおやま・かずゆき)氏の短評が載っているので、そこから引用します。
 
(前略)イギリスから音楽学校の教師として我が国に来た若いピアニストであるカヴァイエさんは、自分の眼にうつった光景を率直に語っている。それは、日本の音楽家たちにもある意味ではわかっていることだが、状況は変わらずに進んでゆく。私はこの本を、むしろ、自分の子供にピアノを習わせるお母様たちに読んでいただきたいと思う。音楽教育、ピアノ教育についての具体的な―そして有益な―指針も少なくないが、何よりもカヴァイエさんのもった素朴なおどろきや疑問や忠告を成心なく受け入れて状況を変革する力は―専門家よりも―そうした人々の手のなかにあるとおもうからである。

 遠山氏の文中に「若い」とありますが、略歴によるとカヴァイエ氏は出版時に36歳。ウィンチェスター音楽院を経て王立音楽院(RCM:Royal Collage of Music。英国には「王立音楽院」と訳される教育機関が二つある。もう一つはRAM:Royal Academy of Music)を修了後、ハノーヴァー音楽大学、リスト音楽院で学び、武蔵野音楽大学の招きで1979年にやはりピアニストである夫人のヴァレリア・セルヴァンスキーさんとともに来日し、1986年帰英とのこと。本書は言語学者の西山志風(にしやま・しふ)氏とカヴァイエ氏の対談という体裁をとっていますが、実際には1984年4月から1985年11月にかけて10回にわたって行われた対話(1回あたり約2時間)をもとに、その後の質疑や追加の対話、カヴァイエ氏の帰英後の文通等によって補足・編集して対談の形にまとめられたものだそうです。

 本書の目次は次のとおり。本書は目次だけで5ページとっていますが、これは章立てだけでなく文中の小見出しまで拾っているためで、この小見出しが詳細につけられているので、本書のおおよその内容を知ることができます(その分長いのでご注意!)。
続きを読む >>
| 本のこと | 21:19 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
最近読んだ本:『音楽の鑑賞 ―職場の音楽アルバム解説―』(文部省社会教育局 昭和25(1950))
 本書によると、戦後復興が一段落したかと思われる昭和25(1950)年、国が労働者教育の一環としてレコードアルバムを企画・作成し、労働組合を通じて各会社に配ったことがあったというのです。そんなことがあったとは私は全く知りませんでしたし、ネット上をちょっと探してみましたがこれに関する情報は見当たらず、文科省のHPで公開されている「学制百年史」にもこれに関する記述はありませんでした。埋もれた歴史発掘か?

本書の「序」に本書出版の事情が説明されているので、まずはこれを引用します。
 
            序
 今日では音楽は、あらゆる階層をとわず生活の一部となつているが、終戦後現在にいたるまで、外来の音楽をほとんど無批判、無反省に取り入れた結果、音楽自体のもついろいろな特色が曲解せられて、低給な面に特に強い影響を与えてきている。
 そこで文部省においては、本省に設置されてある労働者教育分科審議会でこの問題について、協議した結果、労働者に対して、より健全な音楽を与え、その教養を高める一助として、さきに職場の音楽レコードアルバムを編集し、これを組合組織を通して全国的に配布した。
 そしてさらにこのレコードの曲目その他についての解説と、音楽の鑑賞について、本書を作成して広く頒布することとした次第である。
  昭和二十五年七月
                              文部省社会教育局
※文中の「なつているが」「低給な」は原文のまま

 1950年といえば、それに伴う戦争特需がその後の高度経済成長の基盤となったともいわれる朝鮮戦争(1950〜1953、現在休戦中)の始まった年。日本はまだ連合国軍の占領統治下にあり、この年には連合国軍最高司令官マッカーサーの要請により警察予備隊(後に保安隊を経て陸上自衛隊に改組)が発足、第1回さっぽろ雪まつり開催、2リーグ制となったプロ野球で初の日本シリーズ開催(毎日オリオンズ(現・千葉ロッテマリーンズ)が優勝)、「サントリーオールド」「江戸むらさき」発売、池田勇人蔵相(当時)の「貧乏人は麦を食え」発言等がありました。
 ところでネット上の資料によると、この年のレコード(SP盤)の価格は170円、人事院の「国家公務員の初任給の変遷(行政職俸給表(一))によると、大卒程度に相当する六級職の初任給は昭和24年4月から昭和25年12月までは4,233円でした。つまり当時のSPレコードは大卒の初任給を全部つぎ込んでも25枚は買えなかったわけです。現在ではどうかと見てみると、先ほどの人事院資料では平成27年度の大卒初任給は総合職181,200円、一般職176,700円ですから、CD1枚を1,800円とすると100枚くらい買えそうです。しかもSP盤は片面3分からせいぜい5分程度、両面でその倍ですから、大卒初任給をつぎ込んで25枚買ったって演奏時間は最大250分程度で、CDなら3〜4枚分に過ぎません。当時のレコードというのは大変高価なものだったのです。
 そのような高価なレコードをこの時期に、しかもこのときに配布した第一集で22面すなわち11枚組のアルバムにして配布した理由や経緯は本書からは詳しくはわかりませんが、GHQ(連合国軍総司令部)の指導とともに、国民精神総動員運動や敵性音楽(=米英の音楽、特にジャズや軽音楽)の禁止への反省と反動、また戦後怒涛の勢いで無秩序的に流入したであろう娯楽音楽の当時の社会に対する影響への懸念等が考えられます。組合組織を通して配布したというのも異例で、GHQの指導や当時の労働運動の状況(この年にGHQの主導で、労働組合のナショナルセンターとして反共色の強い「総評」(日本労働組合総評議会)が結成される)との関連があったのでしょうか。とにかく1950年はまだ連合国軍の占領下ですから、現在では考えられないような政策も行われ得たもののようです。

 本書の「第四章 職場の音楽アルバムの構想」には、この職場の音楽アルバムの構想について次のように述べられています。
 
 今度皆さんの音楽鑑賞力を向上させるため職場の音楽アルバムが編集されることになりました。そこで実際の音楽家や労働組合の人々が集まって委員会を作り、音楽アルバムを編集する基礎となるべき、音楽鑑賞の教科課程を作成し、それに基いてレコードの編集もすることとしました。わたくしたちは何回も会合して案を練り、ようやく教科課程とそれに基くアルバムの内容を決定したのです。したがってこのアルバムは一回だけで終ってしまうものではなく、全体で五回位にわたって刊行され、全部では六十枚くらいのものになる予定です。(以下略)

 「全体で5回、60枚くらい」とはお金の面でも時間・労力の面でもけっこうな規模と言えるでしょう。しかもここに言う「音楽鑑賞の教科課程」は後で見る通り、中世から20世紀までのクラシック音楽、世界の民謡、映画音楽やダンス音楽等までを網羅し非常に広い範囲に開かれた、今日見ても立派なものであると思います。ただ実際にこのアルバムが完結したのかどうかは、今のところ私は確認できていないのですが。

 本書はB6判、上に示した「序」と目次等を除いた本文123ページの冊子で、内容は音楽鑑賞の意義とその方法について述べる「前編 音楽鑑賞の手引き」と、配布した職場の音楽アルバムの構成と曲の解説等について述べる「後編 職場の音楽アルバムの解説」の二部構成。参考のために目次と小見出しを示します。
続きを読む >>
| 本のこと | 19:22 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

CALENDAR

S M T W T F S
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
2829     
<< February 2016 >>

SELECTED ENTRIES

CATEGORIES

ARCHIVES

RECENT COMMENT

RECENT TRACKBACK

MOBILE

qrcode

LINKS

PROFILE

SEARCH