「もの」と「事」と〜平知盛のこと

 とある雑誌に、奈良と京都を結ぶ奈良街道沿いにある般若寺と、平家の武将平重衡(たいらの・しげひら)についての記事が載っていた。重衡は清盛の命を受け、東大寺・興福寺など南都(なんと:奈良を指す。京都に対して南にあるためこう呼ぶ)の僧兵勢力討伐のために4万の兵を率いて悪名高い南都焼討(なんとやきうち)を行い、寺社を含む奈良の町と住民は莫大な被害を被った。重衡はその後一ノ谷の合戦で源氏に捕えられて鎌倉へ送られた後、彼を憎む南都大衆(だいしゅ)の要求により奈良へ連行されて木津川河畔で斬首され、その首は南都焼討により廃寺同然となっていた般若寺の門前に晒されたのであった。彼の最期を記した「平家物語」巻第十二の「重衡被斬(しげひらのきられ)」の段には、阿弥陀仏に向かい念仏を唱えた重衡が自ら首を差し出して打たれ、それを取り巻いた数千の群衆と守護の武士がともに涙にくれる場面が描かれている。南都を焼き払った大悪人であるはずなのに、その処刑の場面はどこかイエスの最期を描く福音書の記述を思わせる宗教的雰囲気に満ち、直前にある妻との再会のエピソードと相まって感動的だ。
 その「平家物語」の記述を踏まえて、件の記事はこのように言う。
「コスモスの咲く時期、多くの観光客が般若寺を訪れますが、いったいここで何人の人がこの悲劇の武将のことを思い出すのでしょうか。享年29歳。若すぎるその死。彼は兄の平知盛のように「見るべきほどのもの」を見たのでしょうか。」
 「この悲劇の武将」は言うまでもなく重衡。また重衡の兄平知盛(たいらの・とももり)は壇ノ浦において、その兄で平家の棟梁であった宗盛(むねもり)とともに平家軍を率いて戦い、壊滅的な大敗を喫して自ら海に沈んで果てた。享年34という。

 この雑誌記事を読むと、この世で「見るべきほどのもの」はすべて見終えた兄の知盛に対して、弟の重衡はそれほどに生を満喫することもなくあたら若い命を散らせたかのように感じられる。少なくともこの記事の著者はそのように考えて、重衡への哀れをつのらせたのであろうと思われる。
 もしもここでの「見るべき」という言葉が「見ておくに足る高い価値がある」という意味であるならば、それらを見尽くしたというのは確かに結構なことである。しかし実際には、知盛はこの世で見るべきほどのものを見終えて未練なく死に就いたわけではなかった。なぜなら彼が見たのは、見るべきほどの「もの」ではなくて「事」だったからだ。

続きを読む >>
| 国語・国文 | 06:52 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
自分が出た演奏会:アンサンブル・ゴンベェ第6回定期演奏会 弦楽合奏の調べと葡萄酒の宴
プログラム  この一か月ほどいろいろあって間が空いてしまいましたが、ようやくブログ書こうかと思えるくらい落ち着いてきました。

 というわけで、まずは自分が出演した演奏会のことから。去る11月4日(月・振替休日)に弦楽合奏の演奏会に出演しました。第1回から参加しているアンサンブル・ゴンベェの「弦楽合奏の調べと葡萄酒の宴」です。今回で第6回になりました。
<写真は当日のプログラム。黄色バージョンとピンクバージョンがありますが、紙が違うだけで中身は全く同じです。>

アンサンブル・ゴンベェ 第6回定期演奏会 弦楽合奏の調べと葡萄酒の宴
日時:2013年11月4日(月・振替休日)15:00開演
場所:江東区文化センター レクホール(東京都江東区)
曲目:ムーアサイド組曲(ホルスト)
「調和の霊感」より 2つのヴァイオリンのための協奏曲 Op.3-11
弦楽合奏のためのセレナード(スーク)
  アンコール曲として
ブルー・タンゴ(R. アンダーソン)
客演指揮:佐藤 迪(ホルスト、スーク)
続きを読む >>
| 自分が出演した演奏会 | 23:14 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

CALENDAR

S M T W T F S
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
<< November 2013 >>

SELECTED ENTRIES

CATEGORIES

ARCHIVES

RECENT COMMENT

RECENT TRACKBACK

MOBILE

qrcode

LINKS

PROFILE

SEARCH