2013.09.29 Sunday
最近読んだ本:「柳田国男を読む」(赤坂憲雄 2013 筑摩書房 ちくま学芸文庫)
本書の第一部「柳田国男の読み方」はもともと1994年にちくま新書の一冊として刊行された『柳田国男の読み方――もうひとつの民俗学は可能か』をそのまま採録したもので、そのあとがきも再録されており、そこに次のような一節があります。
むしろ、柳田との出会いといえるものがわたしにあるとしたら、それは筑摩書房版の『定本柳田國男集』全三十六巻を手に入れたときのことだ。二十代も終わりに近い、ある夏の午後であった。高校生の頃から、暇さえあれば通った古本屋さんが国立にあった。国立スカラ座という映画館の近くの谷川(やがわ)書店である。スカラ座は跡形もなく消えたが、谷川書店はいまも旭通りに健在だ。『定本柳田國男集』はそこで買った。たしか四万五千円の値段だった。初版の、固い箱入りのもので、読まれた形跡はまるでなかった。格安だったが、当時のわたしにとってはかなりの勇気がいる買い物だった。段ボール箱に詰め、自転車の荷台にくくりつけて、国分寺のアパートまで運んだ。荷台から伝わってくるずっしりとした重量感が、心地よかった。
赤坂氏は1953年生まれだから、「二十代も終わりに近い」というのは1980年前後になりますね。その頃私はもっぱら大学の図書館でこの『定本柳田國男集』を読んでいましたが、それと時を同じくして赤坂氏がその『定本柳田國男集』を、私が卒業した高校のある国立で買っていたことを知って、不思議な感じがしました。
ちなみに国立の谷川書店は、私は行ったことないのですが今でも健在のようです。機会があったら行ってみようかな。
私は大学で日本民俗学を専攻したので、『定本柳田國男集』にはよくお世話になりました。しかし一人暮らしの学生の身ではハードカバー全36巻を買う気もお金も置く場所もなく、それ以外に欲しい本もあったので、「あれは図書館で読む」と決め、それでも総索引と書誌等を収めた別巻第5と、『雪国の春』その他の紀行文を収めた第2巻だけは自分で買って手元に置き、おおいに活用しまた愛読しました。
その後、1989年から1991年にかけてちくま文庫で『柳田國男全集』全32巻が出ました。このちくま文庫版全集は『定本柳田國男集』を底本に、『定本』に採られなかった著作も収録した「全集」で、これ幸いと出るはしから全巻購入しました。ですがこの頃には私は既に大学を卒業して経理屋さんになっていて、学生時代のように柳田國男を読む機会も必要もなくなっていたので、さすがに「読まれた形跡はまるでな」いとまではいかなくても、まだ全く目を通していない巻が半分以上あります。たとえ今では無関係でも、かつては日本民俗学を専攻した者としては、できれば全巻一通り目を通しておきたいんだけどねぇ…と、気にはなっておりました。つべこべ言わずに1から始めて32まで順番に読んじゃえ!と思わないでもないのですが、もっと効率的というか、楽に読める方法があるんじゃないだろうか…?
そんなある日、書店の店頭で本書を見かけました。そうだ、ここは一つプロのお導きに頼っちゃえ!というわけで、さっそく購入。
ひさしぶりに付箋入れながら一生懸命読んじゃいました。
なお本文中で柳田「國男」と「国男」の両方の表記をしていますが、基本的に本人の名前には「國」を、また『定本柳田國男集』とちくま文庫版『柳田國男全集』についてはそれぞれのタイトルどおりに「國」を用い、一方『柳田国男を読む』のタイトルおよび本文には(編集方針によるものか)「国」が使われているので、本書に言及する場合はその表記を尊重して「国」を使っています。
むしろ、柳田との出会いといえるものがわたしにあるとしたら、それは筑摩書房版の『定本柳田國男集』全三十六巻を手に入れたときのことだ。二十代も終わりに近い、ある夏の午後であった。高校生の頃から、暇さえあれば通った古本屋さんが国立にあった。国立スカラ座という映画館の近くの谷川(やがわ)書店である。スカラ座は跡形もなく消えたが、谷川書店はいまも旭通りに健在だ。『定本柳田國男集』はそこで買った。たしか四万五千円の値段だった。初版の、固い箱入りのもので、読まれた形跡はまるでなかった。格安だったが、当時のわたしにとってはかなりの勇気がいる買い物だった。段ボール箱に詰め、自転車の荷台にくくりつけて、国分寺のアパートまで運んだ。荷台から伝わってくるずっしりとした重量感が、心地よかった。
赤坂氏は1953年生まれだから、「二十代も終わりに近い」というのは1980年前後になりますね。その頃私はもっぱら大学の図書館でこの『定本柳田國男集』を読んでいましたが、それと時を同じくして赤坂氏がその『定本柳田國男集』を、私が卒業した高校のある国立で買っていたことを知って、不思議な感じがしました。
ちなみに国立の谷川書店は、私は行ったことないのですが今でも健在のようです。機会があったら行ってみようかな。
私は大学で日本民俗学を専攻したので、『定本柳田國男集』にはよくお世話になりました。しかし一人暮らしの学生の身ではハードカバー全36巻を買う気もお金も置く場所もなく、それ以外に欲しい本もあったので、「あれは図書館で読む」と決め、それでも総索引と書誌等を収めた別巻第5と、『雪国の春』その他の紀行文を収めた第2巻だけは自分で買って手元に置き、おおいに活用しまた愛読しました。
その後、1989年から1991年にかけてちくま文庫で『柳田國男全集』全32巻が出ました。このちくま文庫版全集は『定本柳田國男集』を底本に、『定本』に採られなかった著作も収録した「全集」で、これ幸いと出るはしから全巻購入しました。ですがこの頃には私は既に大学を卒業して経理屋さんになっていて、学生時代のように柳田國男を読む機会も必要もなくなっていたので、さすがに「読まれた形跡はまるでな」いとまではいかなくても、まだ全く目を通していない巻が半分以上あります。たとえ今では無関係でも、かつては日本民俗学を専攻した者としては、できれば全巻一通り目を通しておきたいんだけどねぇ…と、気にはなっておりました。つべこべ言わずに1から始めて32まで順番に読んじゃえ!と思わないでもないのですが、もっと効率的というか、楽に読める方法があるんじゃないだろうか…?
そんなある日、書店の店頭で本書を見かけました。そうだ、ここは一つプロのお導きに頼っちゃえ!というわけで、さっそく購入。
ひさしぶりに付箋入れながら一生懸命読んじゃいました。
なお本文中で柳田「國男」と「国男」の両方の表記をしていますが、基本的に本人の名前には「國」を、また『定本柳田國男集』とちくま文庫版『柳田國男全集』についてはそれぞれのタイトルどおりに「國」を用い、一方『柳田国男を読む』のタイトルおよび本文には(編集方針によるものか)「国」が使われているので、本書に言及する場合はその表記を尊重して「国」を使っています。