私には過剰な妄想癖がありまして、何か格好なネタを見つけると手に入るだけの関連情報を集めては一つのストーリーを組み立てて一人悦に入っております。しかしそのストーリーは往々にして未検証、あるいは検証不能なものなので、これを自ら「妄想」と呼んでいるわけです。今回はそのテの昔の妄想の間違いが明らかになったというお話です。件の妄想にお付き合いいただいた皆様には、心よりお詫び申し上げます。
先日アンサンブル・ゴンベェの第5回定期演奏会の記事をアップしたとき、第1回定期演奏会の記事へリンクを張りましたが、そのついでに第1回定期演奏会の記事からリンクされている記事「ヴィヴァルディの作品3-11の第三楽章で」を数年ぶりに読みました。この記事はヴィヴァルディの2つのヴァイオリンのための協奏曲ニ短調作品3-11の第三楽章のある音(下の譜例参照)が、通用版(レ)、リコルディ1993年版(シ♭)、バッハによるオルガン編曲(ラ)とそれぞれ異なっていることについて例によって妄想をめぐらせたもので、最後は「それにしても、何とかしてアムステルダムのロジェ版のこの音がシ♭になっているのを確かめたいものです。」と締めくくっています。
アムステルダムのロジェ版とはこの曲の初版(1711年ごろ)で、この作品が世に広まるきっかけとなった、いわば第一次資料ですが、その原本はおそらく欧羅巴の然るべき図書館なり資料館なりに収められていて、研究者などごく限られた然るべき人のみが然るべき手続きを経た後に清潔な白手袋とマスクなどを着用してようやく対面を果たすといった風に厳重に保管され、私のような市井の好事家風情は生涯垣間見ることすら叶わぬのであろうと想像しておりました。
<譜例左が通用版、右がバッハによるオルガン用編曲(オルガン独奏のための協奏曲 BWV596)のそれぞれ第三楽章の一部。赤丸の音符が問題の音符で、慣用版はレ、バッハによるオルガン版はラになっていることがわかります。リコルディ版は手元にないので譜例が出せませんが、この赤丸の音符がシ♭になっていたのです。私は上掲の記事で、リコルディ版が非和声音であるにもかかわらずこの音をシ♭で印刷した原因を、ロジェ版がシ♭であったためではないかと妄想し、そのことを「確かめたいものです」と書いたのでした。>
ところがですよ!長生きはするもので・・・ってほど年取ってはいませんが、4年前にこの記事を書いたときには到底見られまいと思われていたロジェ版が、何と自宅からオンラインでいとも簡単に閲覧できる世の中になりました!いやぁありがたいことです。
IMSLP/Petrucci Music Library: Free Public Domain Sheet Music というサイトがあります。ここにはクラシック音楽の楽譜がpdfファイルでアップされていて、自由に利用することができます(もっとも著作権等の扱いは国によって違うので、モノによっては気をつけなければなりませんが)。で、ここにヴィヴァルディの作品3のロジェ版が登録されたのですね。カラー版、モノクロ版ともに2010年のアップのようです。
データには元の楽譜に関する情報が付されていて、それによるとこの楽譜は First Edition (reissue) だそうです。出版社情報として Amsterdam: Estienne Roger, n.d.(1711). Plate 51 / Reissue - Estienne Roger Et Michel Charles Le Cene, n.d.(1725-1743)とあり、データの方の譜面の表紙(左図)の最下段にも「a Amsterdam(筆記体)/ Aux depens D'ESTIENNE ROGER Marchand Libraire(正立体)/ & Michel Charles Le Cene(筆記体)」とあって、エティエンヌ・ロジェの娘婿ミシェル・シャルル・ル・セーヌの手による再版であることがわかります。
前述の「ヴィヴァルディの・・・」の記事本文にあるとおり、ロジェ版はスコアではなくパート譜の形で出版されているので、さっそく Violino Primo(第1ヴァイオリン)のパート譜の問題の箇所を見てみると・・・