前回で沖縄には2種類のルクジューがあったことがわかりました。それは
1) 紅型(びんがた)の型を彫るときの下敷に使うルクジュー。製法・性状は本土の六条豆腐に酷似しているが、製造工程で塩を加えない。
2) 豆腐を切って一晩空気にさらし、軽い発酵を起こさせたものを焼いて食べる「るくじゅう」。本土の六条豆腐とは共通点がないが、私は紅型用のルクジューの製造工程から食用に分化したものと考えている。
の2種類です。
このうち 2)の「るくじゅう」に関してさらに資料を探したところ、究極の「るくじゅう」とでも言うべき尤物(ゆうぶつ)に出会いました。それは琉球王国最後の王尚泰(しょう・たい)の四男で男爵であった尚順(しょう・じゅん 1873-1945)の著作「鷺泉随筆(一) 豆腐の礼讃」(1938年発表)に見える「イタミ六十(るくじゅう)」というものです。尚順は琉球新報、沖縄銀行の創立者でありまた貴族院議員としても活躍、さらに博学多識の趣味人、食通としても知られ、その邸宅(そこに住む当人も)は「松山御殿(まちやまうどぅん)」と呼ばれていました。なお鷺泉(ろせん)は彼の号です。
(以下引用) 先ず豆腐で作る珍味の中では、第一豆腐を発酵させて種々の調理に用いるのが主位であるが、本朝の豆腐料理には、私の調べた範囲では此発酵味を利用して作る料理はない。然し支那と沖縄では古くから盛んに作られているのである。(中略)沖縄で此発酵した豆腐で作った調理の中に「イタミ六十」というのがあり、又此を豚の油で揚てからりとして、塩煎餅の様なものに「干六十揚」というのがある。古くは御昼の弁当によく使い、此が上手下手は随分食通の評判にもなって上手の家には此「六十揚」を所望して押しかけたものである。此は殊の外(ことのほか)食欲を増進させるので、酒の妻にも此「揚六十」は愛重されたものである。次には「イタミ六十」と申して老人などが多く嗜んだものであるが、此がうまく熟した時の味といったら、真に天下の美味と申しても差支えないのである。又茶受にも宜しく、粥と一緒に喰ったら外のものはどんな物でも欲しくない味覚を起こすのである。
まだ一つ珍品がある。それは前記の「イタミ豆腐」を以て作る琉球料理の「チャンプル」だが、調理には普通のチャンプルを作るのとは何等変りはないが、只少し炒り過ぎると思う位がよい。此豆腐の実際理想的に熟した場合なら、これ又中山(ちゅうざん)第一、否世界第一と云ってはずかしからぬ珍味である。
以上は豆腐の真価に対する一、二の例を述べたに過ぎないが、扨(さて)六ヶ敷(むつかしき)のものは豆腐を発酵させる加減にして此は文章で説明出来ない事もないけれども、矢張り実際で経験するのが早道と思う。(中略)後日真に礼讃者が多く出た時に又精しく書く事にしよう。
実は此から九月頃までは此珍味を製造する好時季なるに因り殊に此稿を物した。
(『月刊琉球』昭和十三年六月)
(以上引用終了)