またまた「昭和のアイドル歌謡を聞いて考えた」の記事です。
「想い出のセレナーデ」(詞:山上路夫 / 曲:森田公一)は天地真理の11枚目のシングルとして1974年9月にリリースされたとのこと。私は天地真理のヒット曲の多くを一応リアルタイムで聞いてました(当時小学生)が、この曲から後は記憶がなく、ずっと後に学生になってから聞きました。その時にそれまでの歌とずいぶん違う雰囲気に「あーこの人はこの頃もう全盛期を過ぎてたのね〜」と思いましたが、それまでのヒット曲とは路線が違っていて、ちょっといい歌だな、とも思いました。
それから幾星霜、先日たまたま YouTube で石川ひとみのカバーを聞いて、そういえばオリジナルはどうだったかな、と聞いてみてびっくり、え、この歌こんなアップテンポの曲だったっけ!?
天地真理のオリジナルと石川ひとみのカバーは尺はほぼ同じ(カバーの方が後奏が少し長かったりはする)ですが、石川ひとみが4分余りをかけているところを天地真理は3分40秒弱で歌っていて、テンポではオリジナルが四分音符=ほぼ114、カバーは103〜104くらい。聴感上はけっこう違います。そうだ、そういえば天地真理のオリジナルのイントロで、ヴァイオリンの駆け上がりの6連符が速くて、弓が弦をしっかり噛まずに「ヒッ」と上滑りした音が入っていたよなぁと妙なディテールを思い出してもう一度聞いてみたら、しっかり入ってた(笑)。
さらにこの曲には浜田朱里のカバーもあって、今回はこの3種類を聞いてみました。
天地真理のオリジナルバージョンは上述のとおり4分音符=ほぼ114という速めのテンポで歌われています。私が思うには、もともと天地真理という人はとりたてて歌がうまいわけでも声がきれいなわけでもなく、じっくり歌い込んで聞かせるタイプの歌手ではないので、この速めのテンポの歌唱が、憂いは含みながらも深刻な感情からは距離をおき、「透き通ったひとつぶ涙の純白レース包み・かすみ草添え」みたいな、いかにも天地真理らしい淡い綺麗な悲しみを醸し出していて「らしいなあ」と思った次第。ヴァイオリンが上滑りしてしまうほどの細かい音符を駆使し、Bメロの部分では軽く16ビートが刻まれる軽快なアレンジも○。
それから約7年半後の1982年2月、浜田朱里がこの曲のカバーを出します。私はこの浜田朱里という人と世代的には近い(2学年違い)のですがこれまで全然聞いてなくて、このカバーも今回初めて聞きました。YouTube 上にはカバーそのものの音源は上がってないようですが、オリジナルカラオケによる短縮版が上がっており、歌唱も安定していて鑑賞には問題ありません。
浜田朱里バージョンもテンポはオリジナルとほぼ同じですが、アレンジはオリジナルのパッセージを参照した形跡はあちこちにあるものの、もっとキラキラゴージャスというか、1980年代のアイドル仕様になっていて、天地真理の素朴・清潔・可憐とはかなり違います。で、そのキラキラゴージャス1980年代アイドルサウンドが、1974年に作られた歌詞の世界とややミスマッチなんですわ。1番のAメロ「また眠れなくて一人窓に寄り添えば 今日も星がとてもきれいよ」や2番のBメロ「きらめくようなひとときを あなたと生きてきたことを これからも忘れないわ いつも胸に抱いて」などはいいのですが、1番Bメロの「あなたのもとへいそいそと 季節の花を抱えては 訪ねたの」とか、2番Aメロ(短縮版ではカットされている)の「もう知らない人 住んでいるのあの部屋は 窓に咲いた花もないのよ」といった歌詞のディテールから立ち上るであろう生々しいニュアンスはあまり感じられません。浜田朱里さんが一生懸命歌っているのは伝わってくるんですが、ちょっと残念かなあと。
石川ひとみのカバーは1978年だそうです。ということはデビューシングル「右向け右」(1978年5月)や「くるみ割り人形」(1978年9月)の頃ですか。1984年の浜田朱里バージョンより早かったんですね。
そのせいかアレンジもオリジナルバージョンのそれとほぼ同じと言ってもいいくらいに近いのですが、上述のとおりテンポが4分音符=103〜104と遅めで、つまり「歌」になっているのです。石川ひとみは天地真理をしのぐ歌唱力の持ち主ですから、この選択は当然アリでしょう。
ところが、どういうわけかこの「歌」があまり訴えかけてこないのです。きれいに歌ってはいるのですが、このゆったり目のテンポならもっと歌詞の世界に寄り添えもするだろうと思うのに、持ち前の歌唱力にまかせて歌っているだけで、無色透明すぎ、「練った」感がない。オリジナルの勝負曲である「右向け右」や「くるみ割り人形」と同じレベルでとは言わないまでも、もうちょっと手間暇かけてきちんと作り込んだ「歌」を聞きたかったなあ、と無いものねだり。うーん、残念だ。
個人的には岩崎宏美(ひろりん)に歌ってほしい、というか、全盛期のうちに歌っててほしかったのですが・・・なさそうですねぇ。