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バッハのフルート・ソナタ ホ短調 BWV1034 第一楽章15小節目の改変
あれ、音が違う!?
 特にこれという原因も思い当たりませんが、ある日突然といった感じでバッハのホ短調のフルート・ソナタ BWV1034 が大好きになってしまいました。有田正広さんがトラヴェルソ(バロック時代のフルート)で吹いたCDを持っていますが、他にもいろんな演奏を聞いてみようと Naxos Music Library で古今のさまざまな録音を聞いているうちに、録音によってある音が違っていることに気づきました。
 その音とは第一楽章の15小節目のフルートの、十六分音符が16個あるうちの最初から7番目の音(以下この音符を Fl:15/n.7(フルートの15小節の7番目の音符( note )の意)と書くことにします)で、私が持っている新バッハ全集(ハンス=ペーター・シュミッツ Hans-Peter Schmitz 校訂 1963年)準拠の全音ベーレンライター原典版シリースの譜面ではこの音は a(ラ)なのですが、この音を半音高い ais(ラ#)で吹いている録音があるのです。たった半音の違いですが、この違いはいろいろな問題を提供していますので、以下検討していきます。
<譜例は新バッハ全集の15小節目と16小節目の前半。赤丸で囲った音はこの譜例では a(ラ)ですが、この音が半音高い ais(ラ#)になっていることがある。>

 私が最初にこの違いに気づいたのは、ジュリアス・ベイカーが吹いた1947年録音の演奏を聞いたときでした。さらに他の演奏を聞いてみると、アラン・マリオン、ペーター=ルーカス・グラーフ、ジャン=ピエール・ランパル、マクサンス・ラリュー、ヨハネス・ワルター、ポーラ・ロビソンなど、いずれも少年時代の私がまぶしく見上げた錚々たるビッグネームたちが、私の持っている新バッハ全集の音より半音高い ais(ラ#)で吹いていたのです。
 ところがおもしろいことに、一度は ais(ラ#)で吹いていたペーター=ルーカス・グラーフは、その後娘のピアノと入れた新しい録音では新バッハ全集の音 a(ラ)で吹いており、さらにランパルも後年の録音では a(ラ)で吹いています。つまり問題の音を ais(ラ#)で吹いていた奏者たちのうち、少なくともこの二人はその後 a(ラ)に乗り換えたというわけです。
 ais(ラ#)で吹いている演奏家の顔ぶれがいずれも比較的古い(失礼!)人であることと、グラーフおよびランパルの「乗り換え」から考えるに、どうもこの音は古い譜面の音らしい。そこでクラシック音楽の譜面のデータベース IMSLP でこの曲を探してみると、この推測は当たりでした。この ais(ラ#)は旧バッハ全集(パウル・ヴァルダーゼー Paul Graf Waldersee 校訂 1894年)の音だったのです。
<譜例は旧バッハ全集の15小節目と16小節目の前半。赤丸で囲った音は新バッハ全集の譜例では a(ラ)だったが、こちらでは臨時記号シャープがついて半音上がっている。>
一つの音が半音違っただけでコード進行が変わる
 曲の中の一つの音が半音くらい違ったって、普通は大したことは起きません。その曲をよく聞き覚えている人が「あれっ?」と思うくらいでしょう。ところが今回の場合はちょっと事情が違います。この半音の違いがコード進行に影響して、曲の表情を変えてしまうのです。実際に曲を聞いてみればその違いは明らかですが、譜面で説明しますと次のようになります。

《新バッハ全集の場合》
 この音を、まず新バッハ全集の音、すなわち a(ラ)で吹いた場合のコード進行は左の譜例のようになります。譜例は問題の15小節目と続く16小節目の頭までのフレーズを前半と後半に分け、コード進行を見やすくするために試みにコードネームを付けてみました。◯で囲ったのが問題の音です。コードネームを見ると、前半がロ短調からニ長調へのいわゆる「枯葉進行」、後半はロ短調のツーファイブであることがわかります。

《旧バッハ全集の場合》
 次に問題の音を旧バッハ全集の音 ais(ラ#)で吹いた場合の同じ箇所の譜例を示します。コードネームからは前半がロ短調の I(トニカ)−IV(サブドミナント)−V(ドミナント)−I(トニカ)という進行、後半は新バッハ全集と変わらずロ短調のツーファイブです。

 なぜ旋律中の一つの音が半音違っただけでコード進行まで変わってしまうのでしょうか。まずこの曲の10小節目から16小節目までは全てのドに臨時記号シャープがついて、事実上ニ長調 / ロ短調に転調しており、その上でこの音が a(ラ)であればそれはニ長調の第5音としてニ長調の I(トニカ)への解決を指向し、ais(ラ #)であればそれはロ短調の導音としてロ短調の I(トニカ)への解決を指向するという、それぞれの音の性質によるのです。
 実際に両者の演奏を聞いてみると、灰色にけむりながらしくしくと降り続く春雨のように終始ロ短調に閉じ込められた旧バッハ全集のシックな世界も捨てがたいし、その春雨の帳(とばり)の中からつつましく咲く桜花がふと現れるように一瞬ニ長調の明るさがよぎる新バッハ全集の風情も好ましい。私は枯葉進行を偏愛しておりますのでかろうじて新バッハ全集に軍配を上げますが、甲乙つけがたいとはこのことでしょう。

バッハはここをどう書いた? 筆写総譜 P804 と P233
 ところでバッハは、この問題の音を実際にはどちらの音で書いたのでしょうか。ossia(または)として両方の音が書いてあるとかであれば、演奏者の責任でどちらを選んでも構わないのですが、この音の場合は半音高いか低いかでその部分のコード進行、つまり曲の表情が変わってしまうのですから、それが「いやーどっちでもいよ♪」と書かれているとはちょっと考えられません。
 『バッハ作品総目録』(角倉一朗著 1997 白水社 バッハ叢書別巻2)を見てみると、この曲のバッハ自身による自筆譜は消失したとされていますが、18世紀後半から19世紀にかけての6つの筆写総譜と1800年頃の1つの筆写パート譜が存在するとあります。つまり新旧のバッハ全集を含むこの曲の譜面はこれらの筆写譜を元にして編集出版されたわけで、この7種類の筆写譜が原資料ということになります。そして上記の楽譜データベース IMSLP にはこの6つの自筆総譜のうち、ベルリン国立図書館のプロイセン帝国文化財 Staatsbibliothek zu Berlin, Preussischer Kulturbesitz というコレクションに Mus. ms. Bach P 804 として収められている、1726/27年にヨハン・ペーター・ケルナー Johann Peter Kellner という人物の手になるもの(以下 P804 と呼びます)と、同じコレクションに Mus. ms. P 233 として収められている、氏名不明の人物により18世紀後半に筆写されたもの(以下 P233 と呼びます)の2種類の譜面が上がっています。
 そこで現在の譜面の元となったこれらの筆写譜の問題の箇所を見てみると(下譜例)、赤い◯で囲った問題の音符には P804 も P233 も臨時記号は付いていません。つまり譜面上はいずれも ais(ラ#)ではなく a(ラ)のようです。

<左の譜例が P804、右が P233。いずれもこれまでの譜例と同じく15小節目と16小節目の前半を示しています。>

筆写譜の臨時記号−現代の楽典とはつけ方が違う
 ただいやらしいことに、青い◯で囲ったこの小節の2つ目の音( Fl:15/n.2)は問題の音のオクターブ上のラなのですが、これには臨時記号シャープがついて半音上がっています。オクターブ上の同じ音に臨時記号がついているということは、これとオクターブ違いの同音である問題の音もその流れで半音上げて吹くのが正解かも?という疑いが起こります。特に現代の奏者は楽典で「臨時記号はその小節内にあるそれ以後の同音にも有効である」と教わっていますし、このオクターブ違いの ais(ラ#)は現代フルートでは運指としては同じ指なので(バロック時代のトラヴェルソではちょっとだけ違う)、問題の音もすらっと ais(ラ #)で吹いてしまいそうです。実は現代の楽典では「臨時記号は1オクターブ以上離れた同音には無効」とされていて、つまり Fl:15/n.2 の臨時記号シャープはその1オクターブ下の同音である問題の音には無効なのですが、現代の楽典をそのまま18世紀の手書きの譜面に適用してもいいのか?という問題もありそうです。
 そこで再び2種類の筆写譜をとくと眺めてみると、緑の◯で囲ったこの小節の8番目の音符 Fl:15/n.8 と14番目の音符 Fl:15/n.14 は両方とも同じドの音ですが、両方に臨時記号シャープがついています。現代の楽典では上記のとおり「臨時記号はその小節内にあるそれ以後の同音にも有効」ですから、先に出てくる Fl:15/n.8 に臨時記号シャープを書けば、同じ小節内の同じ音である Fl:15/n.14 には臨時記号を書く必要はないのですが、これらの筆写譜では同じ小節内の同じ音にもいちいち臨時記号を書いている。つまりこれらの筆写譜では「臨時記号はその音符にのみ有効」というルールで書かれているようなのです。念のためにこの小節の前後を見てみても、やはり同じ小節内の同音の一つ一つに律義に臨時記号を書いています。つまりこれらの筆写譜では、臨時記号は「その音符にのみ有効」という、ある意味シンプルでわかりやすいルールに従ってつけられていて、「臨時記号はその小節内にあるそれ以後の同音にも有効だが、1オクターブ以上離れた同音には無効である」という現代の楽典のルールをそのまま適用することはできないことがわかります。

それでもやはり a(ラ)のようだ
  臨時記号に関するルールが明らかになったので、その目でもう一度2種類の筆写譜を検討してみると、問題の音には臨時記号がありませんから、たまたま両者とも臨時記号を書き落としたということでもない限り、これは ais(ラ#)ではなく a(ラ)であろうと思われます。そして問題の音と同じラの音であるこの小節の最後の音 Fl:15/n.16(紫の◯)には2種類とも臨時記号シャープがちゃんと書かれていますので、もし問題の音に臨時記号シャープがあったのならば、それを両者ともが書き落とすということはちょっと考えにくく、やはりこの音は a(ラ)と決定してよいでしょう。
 なお新バッハ全集のこの音符には、これら筆写譜にはない臨時記号ナチュラルがついていますが、これは上に述べた先行する Fl.15/n.2 と後続の Fl.15/n.16 がいずれも ais(ラ#)なので、これらとはっきり区別するためにダメ押ししているものと思われます。

和声進行を再検討−数字付き低音の読解
 以上のようにフルートのパートを原資料の筆写譜と照らしあわせてみた限りでは、問題の音は a(ラ)が正しいように考えられます。次に視点を変えて、フルートのパートの音符だけでなくコード進行の面から a(ラ)と ais(ラ#)のどちらがより適切であるか検討してみたいと思いますが、そのためには、この時代特有の「通奏低音」ないし「数字付き低音」という書法の理解が必要になります。
 これまで掲げてきた譜例を見ると、新バッハ全集の譜例だけは最上段のフルートとそれを伴奏する鍵盤楽器というスタイルの3段譜ですが、それ以外の譜例は2段譜、つまり上段のフルートと下段の低音の旋律(新バッハ全集の伴奏の左手側に相当)だけで、3段譜の中段にあった和音は見当たりません。そして P804 を除く各譜例の低音の旋律の下または上には数字やシャープといった記号が書かれています。これが当時の伴奏パートに特有の「通奏低音 Basso Continuo」であり「数字付き低音」です。

<新バッハ全集の譜例。一番上の段がフルート、その下2段が伴奏でこのままピアノ等で弾くことも可能。一番下の段の下に数字やら記号やらがあります。この数字・記号を含めた一番下の段が通奏低音で、ピアノの右手に当たる真ん中の段はこの数字・記号をリアライズ(後述)したもの。>
<旧バッハ全集の譜例。上の段がフルートで下の段が数字付きの通奏低音。実用にも配慮した新バッハ全集とは違って、リアライズはされていません。硬派やのう。>
< P233 の譜例。フルートと通奏低音の2段譜で、数字や記号は通奏低音パートの上側に書かれていますが、内容は新バッハ全集と同じです。>

< P804 の譜例。やはりフルートと通奏低音の2段譜ですが、これには数字や記号が書かれていません。フルートはいいけど、通奏低音奏者はいきなりこれ出されて「さあ弾いてみろ」と言われたらちょっと困ってしまうのでは?>

 バッハ自身が実際に書いたのはこの数字や記号つきの2段譜でした。そしてこの2段譜の低音の旋律はチェロやヴィオラ・ダ・ガンバ、あるいはファゴットやテオルボ(低音リュート)といった低音の旋律楽器で演奏し、さらにチェンバロやリュート等の和音を演奏できる楽器が加わって、この譜面の数字に従って和音を埋めたのです。あえて言うならばこの数字はコードネームみたいなもので、いちいち音符を書かずにその場で鳴るべき和音を指定する記号であり、この数字をどのように実際の音にするか(これをリアライゼーション realization といいます)は奏者の判断に任されていました。新バッハ全集の譜例の中段の和音もバッハ自身が書いたものではなくリアライゼーションの一例に過ぎず、この通りに弾かなければならないというものではありません。むしろ通奏低音の奏者は実際の演奏の場にふさわしく音を重ねたり和音を転回したり旋律的に展開したりして構わないし、それが奏者の技倆を示すことになったのです。
 リアライゼーションには「数字付き低音」の読解が必要ですが、これはかなり専門的な領域に属し、和声に関する知識も必要なので、私にはちょっと歯が立ちませんが、この部分の理解に必要な最低限のところでなんとかやっていきたいと思います。
 ちなみに P804 の譜例には低音側に数字がありません。これではその場にふさわしい和音を確実に知ることができないので実際の演奏に適しているとは言えませんが、実はこの和音がつかない二つの旋律だけをフルートとチェロで演奏した録音があります(古賀敦子(Fl.)ゲオルギー・ロマコフ(Vc.) Genuin GEN15348)。正統的な演奏スタイルとは言えませんが、二つの旋律の絡み合いからその場の和声や進行を自分の中で想像しながら聞くことができ、彩色画に対する墨絵、カラー写真に対する白黒写真を見るような趣があって、これはこれでなかなかいいなぁと思いました。

《数字付き低音を読んで検証−その1. 新バッハ全集=P233 の場合》
 それではこれらの資料の通奏低音の数字付き低音を読んで、新バッハ全集と旧バッハ全集のそれぞれの和声進行の妥当性を検証してみたいと思います。以前コード進行を示した譜例で検討したところでは、両者が異なるのはフルートの問題の音 Fl:15/n.7 から次の和声に解決するその解決の仕方(新バッハ全集ではニ長調のドミナント−トニカ、コードネームでは A - D / 旧バッハ全集ではロ短調のドミナント−トニカ、コードネームでは F#7 - Bm)だったので、今回はこの部分に注目します。
 数字付き低音は基本的な約束事は決まっていますが、実際には作曲者ごとの書き癖や臨機応変みたいなところもあるようです。こちらにやや詳しい解説がありますが、この譜例の読解にはとりあえず
  1. 数字はそれが付いている音符(バス音)からの音程(x度上)を表す
  2. 数字が書かれていない音符には「5/3」(5が上段、3が下段の2段書き)が省略されているとみなして、そのバス音の3度上と5度上の音からなる和音を充てる
  3. 「6」は「6/3」の省略で、3度上と6度上の音からなる和音を充てる
  4. 譜例の低音部の7つ目の音符についている、6の首が長くなって斜線がついているような記号は、「6/3」の6度上の音を半音上げることを示す(以下 6+ と表記する)
  5. 譜例の低音部の7つ目の「6+/5」には 3 が省略されており、3度上、5度上、長6度上の音が鳴る
といったことがわかっていれば十分かと思います。

  上で見たとおり P804 には数字がなく今回の検証の対象にはなりません。一方 P233 の数字付き低音は新バッハ全集のそれと全く一致しているので、ここではこの二つをまとめて「新バッハ全集=P233」とし、先に出した新バッハ全集のコード進行の譜例で説明します。この譜例にはリアライズされた和音がついているので、数字付低音の読解上も便利です。
 新バッハ全集= P233 では、フルートの問題の音 a(ラ)に対応する伴奏の和音はバス音がド#で数字「6」がつけられています。「6」は「6/3」、つまりそのバス音の3度上と6度上を表します(上記 3)ので、これをリアライズすると新バッハ全集の伴奏譜右手側のようにド#の3度上のミと6度上のラが入り、この和音はコードネームでは A になります。そして次の和音はバス音がレで数字がついていないので、これは「5/3」の省略とみなして(上記 2)レの3度上のファ(調号でファにシャープがついているので実際の音はファ#となる)と5度上のラが入り、コードネームとしては D になります。つまりニ長調のドミナント(V)−トニカ(I)という解決になります。自然で無理のない解決です。

《 数字付き低音を読んで検証−その2. 旧バッハ全集の場合 》
  では旧バッハ全集の音ではどうでしょうか。フルートの問題の音 ais(ラ#)に対応する伴奏を見ると、バス音はその他の資料と同じド#ですが、数字が新バッハ全集= P233 とは違って「6」に斜線がついています。これは新バッハ全集= P233 で見た、6の首が長くなって斜線がついているのと同じ記号で、「6+/3」、つまり6度上の音が半音上がることを示します。よってこれをリアライズするとバス音ド#の3度上のミと6度上のラの半音上であるラ#となり、コードネームとしては F#7 となります。そして次の音はバス音がレで数字がついていないので、新バッハ全集と同じくニ長調のトニカ、コードネームでいえば D になります・・・が、ここに問題があります。
 フルートの問題の音を旧バッハ全集の ais(ラ#)で吹いている演奏を聞くと、どれもここを D でなくレ−ファ#−シの Bm に解決しています(譜例のコードネームもそうしてあります)。直前のコードが F#7 なので、Bm に解決するのが自然かつ当然だからです。しかし数字付き低音で Bm を指示するためには、1) バス音がレではなくシ(数字なしは「5/3」を意味するのでリアライゼーションはシ−レ−ファ#となる)であるか、2) バス音がレなら数字「6](リアライゼーションはレ−ファ#−シとなる)がなければなりません。それにもかかわらず、直前に F#7 を指示している旧バッハ全集自身が、Bm ではなく不自然な D への解決を指示しているのです。
 フルートの問題の音 Fl:15/n.7 を ais(ラ#)にするならコードは A ではなく F#7 でなければなりません(コード A では旋律のラ#と和音のラが半音違いでぶつかって不協和となる)。そしてコード F#7 は Bm に解決しなければなりません(事実、実際の演奏はみなそうしている)が、数字付き低音は Bm ではなく D を示している。これはこの部分でテクストが破綻していると言わざるを得ません。

旧バッハ全集のテクストはどこから来た?−新バッハ全集の校訂報告を見る
 新旧のバッハ全集をはじめ現在我々が見ることのできる出版譜の原資料として、『バッハ作品総目録』(角倉一朗著 1997 白水社 バッハ叢書別巻2)には6つの筆写総譜と1つの筆写パート譜が挙げられていることは前述のとおりです。そして私たちはこれらの原資料のうち今回見ることができた P804 と P233 に関して、いずれも新バッハ全集の音および通奏低音と一致していて旧バッハ全集とは食い違っており、しかも旧バッハ全集の通奏低音がコード進行の点で破綻していることを見てきました。しかし P804 と P233 以外の筆写総譜および筆写パート譜の中に、ひょっとして問題の Fl:15/n.7 を ais(ラ#)とし、それに対応する和音の数字付き低音が「6」ではなくて「6」の斜線つきになっているものがあり、旧バッハ全集の校訂者ヴァルダーゼーはその資料を高く評価してテクストを定めたという可能性もなくはありません。しかしこれら6つの筆写総譜と1つの筆写パート譜を全て見ることは一般人にはかないません。
 そこで私は、新バッハ全集の校訂報告 Kritischer Bericht を見ることにしました。一般的に資料批判を経た原典版には、使用した原資料(今回の場合は6つの筆写総譜と1つの筆写パート譜)の素性や内容、各資料間の関係や異同等を詳細に記した校訂報告が付属します。旧バッハ全集についてこうした校訂報告が作成されたかどうかは私は承知していませんが、新バッハ全集については作成されていて、日本では東京藝術大学をはじめとするいくつかの大学図書館や東京文化会館の音楽資料室等が所蔵しています。大学図書館は利用に制約があることが多いので、今回は東京文化会館の音楽資料室で閲覧しました。ここの資料(楽譜、書籍等)はオンラインで検索でき大変便利ですし、受付で身分証明書類を提示して簡単な書類を書けば即利用でき、閲覧は無料(コピーは有料)なので調べ物にはお勧めです。

 新バッハ全集の校訂報告は全文ドイツ語のみで私にはハードル高いのです(^^;; が、乏しい語彙と豊かな類推をフルに活用して読んでみたところ、新バッハ全集は7種類の資料全てを検討した結果、ライプツィヒ市立音楽図書館所蔵の筆写総譜 MsR17(校訂報告の資料番号 A) とこれまで見てきた P804(資料番号 B)、P233(資料番号 C)を底本としてテクストに採用し、D 以下 G までの資料は A および B から派生したものとしています。ただし C(= P233)は第2、第3、第4楽章の終わり方がそれ以外の資料と異なっている等の特徴から、A, B および D 以下とは別系列の資料として扱っています(ヘンリク・ヴィーゼ(Fl.)イヴ・サヴァリ(Vc.)アニコ・ソルテシュ(Cem.) Ars Musici AM232327 が採用しているのが、この P233 の終止形のヴァリアントと思われます)。
 そして問題の第一楽章の15小節目については、資料間の異同の所で次のように記しています。

「ヴァルダーゼーとゾルダンの出版譜は、A, B, C および D(総譜もリアライゼーション譜もともに)に反してフルートの7つ目の音符を ais にし、[通奏低音の] 4つ目の8分音符の数字もこれに合うように変更している
Die Ausgaben Waldersee und Soldan verzeichnen entgegen A, B, C, und D (Partitur wie gesonderte Aussetzung) die 7. Note der Flötenstimme als ais' und ändern die Bezifferung des 4. Achtels entsprechend ab」

 ヴァルダーゼーは1894年出版の旧バッハ全集の校訂者、ゾルダンは1939年にペータース社からより厳密な資料批判版 eine weitere quellenkritische Ausgabe を出版したクルト・ゾルダン Kurt Soldan のこと。資料 D は P804、P233 と同じベルリン国立図書館に P619 という番号で収められている筆写総譜で、通奏低音をリアライズしたチェンバロ声部が付属しているもの。また前述のとおり新バッハ全集は D 以下 G までの4種類の資料は A および B の系列の派生資料とみなしているので、「A, B, C および D(総譜もリアライゼーション譜もともに)に反して」ということは、事実上「全ての原資料に反して」ということを意味していると考えてよいでしょう。
 要するにこの校訂報告は、これまで問題としてきたフルートの ais(ラ#)と数字付き低音の「6」斜線つきへの改変は、ヴァルダーゼーとゾルダンが原資料に基づかないで独自にやったことだ、と言っているわけです。

改変の根拠は結局不明
 旧バッハ全集の校訂者であったヴァルダーゼーはなぜ原資料に根拠のない、 しかも和声進行の点で首尾一貫しない中途半端な改変を行ったのでしょうか。私は上述のとおり旧バッハ全集に校訂報告があったかどうかは承知しておらず、またもしあったとしても東京文化会館音楽資料室や東京藝術大学図書館の資料検索ではヒットしないので、簡単に見ることはできそうにありません。したがって彼がなぜこの変更を行ったのかを知ることは今のところはできません。またヴァルダーゼーと同じ改変を行っているというゾルダンに関しても、彼の校訂したバッハ作品の譜面のいくつかは東京文化会館音楽資料室に収蔵されていますが、残念ながら BWV1034 は見当たらず、ゾルダンがヴァルダーゼーとは独立にこの改変を行ったのか、あるいはゾルダンが先行する旧バッハ全集の変更を採り入れたのか、こうした疑問への答えを知る手がかりも今のところ見当たらないと言わざるを得ません。

改変版はかなり普及したが今日ではそれ自体の意義はない
 旧バッハ全集のテクストはこれまで見たとおり通奏低音をリアライズしていない2段譜で、これでは数字付き低音を読解してリアライズできる人でないと実演に使用することができません。したがってそうした心得のない人でもチェンバロやピアノで伴奏ができるように、旧バッハ全集またはゾルダン版をリアライズし和声進行も解決した実用譜が出版されていたと思われます。またギター用の編曲にも旧バッハ全集の音が採用されていますので、旧バッハ全集(またはゾルダン版)に基づく実用譜は、1963年の新バッハ全集の刊行以前に相当に普及し、譜面のオーセンティシティ(正統性)や歴史的な演奏様式には特にこだわらないで音楽を享受したいという人々に広く受け入れられていたことがうかがわれます。
 しかし旧バッハ全集とゾルダン版の改変には上述したとおり資料的な裏付けがなく、またその中途半端な改変の結果通奏低音の和声進行が破綻していることから、今日ではこれらの版によって演奏する意義はないと言わざるを得ず、その存在はバッハの音楽の受容史の1ページとして記録されるにとどまるべきものと思われます。

その時ロベール・ヴェイロン=ラクロワは
 最後にこの部分に関する一つのエピソードを紹介しておきましょう。最初の方にジャン=ピエール・ランパルが古い録音では旧バッハ全集の音で吹いており、後に新バッハ全集の音に「乗り換え」たことを紹介しましたが、ランパルが旧バッハ全集で吹いていた録音の伴奏者ロベール・ヴェイロン=ラクロワは当時のフランスを代表するクラヴサン(フランス語でチェンバロのこと)奏者でした。したがって彼は自ら通奏低音の読解とリアライズもできたでしょうし、15小節目の和声進行の破綻にも容易に気づいたはずです。ここで他の奏者なら実用譜と同じく F#7 - Bm と無難に解決したことでしょうが、ヴェイロン=ラクロワは違いました。彼は明確に D を指示している譜面に対して Bm を弾くことはしませんでした。しかし譜面通りの D は F#7 からの解決としてはふさわしくありません。そこでヴェイロン=ラクロワはこの音に和音をつけることを止め、レの単音(厳密にはオクターブで重複している)だけを弾いたのです。これは俗に言う「本当じゃないけど嘘じゃない」解答で、本来和音をつけなければならない音に対して和音をつけていないという点では正しくないが、譜面の指示と違う和音をつけるという「嘘」はついてない。この録音を聴く人は問題の音の直前に F#7 を聞いているので、10人いれば10人ともレの単音を Bm(シ−レ−ファ#)の第三音と聞きなして「ああ Bm に解決した」と感じるはずですが、ヴェイロン=ラクロワとしては「いや私は譜面と違う Bm のコードは弾いていない」と言えるわけです。見ようによってはずるいようにも見えますが、当時としてはぎりぎりの良心的レジスタンスだったのではないでしょうか。
 しかもヴェイロン=ラクロワはこの音だけ単音で弾くと変に目立ってしまって音楽的な感興をそぐ恐れがあると考えたのでしょう、フレーズ的に同じ位置にある何ら問題のないバス音に対しても、この前後数小節にわたって和音をつけずに単音で弾いているのです。こうすることによって拍の頭の音はバス音だけで和音が上に乗らないというパターンが一時的に確立することになり、和音をつけられない問題の音だけが目立つということもなくさり気なく処理されます。譜面に対して嘘をつかない潔癖さと、音楽のもたらす感興を大事にするプロの音楽家としての良心、責任感とを両立させた、この見事な大人の解決に私は感動しました。バッハが書いた本来の姿を示す新バッハ全集が刊行された今日ではもはやこうした解決の必要も意味もないのですが、私はこれをヴェイロン=ラクロワ氏の人柄を示す隠れた、しかし貴重なエピソードと思うので、ここに紹介しておきます。
<譜例はヴェイロン=ラクロワ流解決法。赤の四角で囲った指示が旧バッハ全集の「改変」で、その影響で赤◯で囲った音の和声進行が破綻しています(Bm でなければならないのに D が指示されている)。そこでヴェイロン=ラクロワは赤◯のバス音に和音をつけるのを止めて譜面のレだけを(オクターブ重複で)弾き、さらにその音だけが単音では異様に聞こえるので、フレーズ的に同じ位置(小節の1拍目と3拍目)にある青◯で囲った音を全て同様に単音にして異様さを回避したのです。そして新しい動機が導入される直前の終止(緑の◯)でたっぷりとロ短調の I、すなわち Bm の和音を鳴らすと、再び何事もなかったかのように(おお、もちろん何事もなかったのですとも!)音楽を進めていきます。>
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