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馬頭琴とモンゴルの音楽について
 先週のことですが、馬頭琴のコンサートを聞きに行きました。馬頭琴はモンゴルの弦楽器で、写真で見る通り四角い胴に棹がつき、その先端が馬の頭の形をしているので「馬頭琴」の名があります。全体の形は日本の三味線に似ていますが、三味線がばちで弦を弾(はじ)く撥弦(はつげん)楽器なのに対して、馬頭琴は弓で弦を弾(ひ)く擦弦(さつげん)楽器です。弦の数も三味線は3本なのに対して馬頭琴は2本です。全長は1mほどになり、胴体を膝の間にはさんで弓で弾く演奏姿勢から「草原のチェロ」と呼ばれます。
 この日の演奏会は土浦在住の作曲家兼バンドネオン奏者兼その他多くの楽器のマルチプレイヤーの啼鵬(ていほう)氏と、同じく土浦在住の弦楽器工房の幹弓(かんきゅう)氏と一緒に聞きました。幹弓氏は今回の演奏会に使われている楽器のメンテナンスをなさったそうで、楽器や弓の構造に関しての幹弓氏の実見談も参考にさせていただきながら、馬頭琴やモンゴル音楽についてわかったこと、考えたことをこちらに書いておきます。
<写真は馬頭琴コンサートのチラシ。ちなみにこのコンサートは2月19日に神奈川県の藤沢市勤労会館、3月17日に千葉県のアミュゼ柏(私が行ったのはコレ)、3月20日に東京都の瑞穂町郷土資料館、4月2日に埼玉県の北本市文化センターを巡回して開催されます / ました。最後の4月2日のコンサートなら今からでも間に合いますよ。>
  まず馬頭琴ですが、この日使われた楽器、すなわち現在使われている楽器はかなりヴァイオリン的に改良されている印象で、木製の胴の表面にはヴァイオリン型の f 字孔が開き、内部には魂柱(こんちゅう)や力木(ちからぎ)も備えているそうです。銅の形も基本は上辺よりも下辺がやや長い四角形ですが、今回の演奏に使われた楽器のうち1本は上辺の中央部がヴァイオリンの肩の部分のように湾曲して作られていました。表板と裏板はほぼ平らで、ヴァイオリンに見られるようなふくらみは見られません。
 表板にはヴァイオリンのそれと似た駒が立っています。棹の表面の指板(しばん)に当たるところは平らで、駒の上辺も水平です。弦が4本あるヴァイオリンの指板と駒は、外側の弦に触れないで内側の弦を弓で弾けるように、中央部が高くなるように湾曲していますが、馬頭琴の弦は2本なので、駒の上辺が水平でも1本ずつ弾き分けられます。

<上の説明がちょっとわかりにくいかと思いますので、ネットから拝借した図を掲げます。図の左側はヴァイオリンを正面からみたところで、f字孔のところに水平に点線が入っています。この線のところでヴァイオリンの胴体をすぱっと切って下側から見たのが右側の図で、上が表側、下が裏側です。胴体を切ったので、内側の構造も見えています。
 表板と裏板はふくらみを持っていて、表板の上に駒が立ち、駒の上に弦が4本(図のG線からE線まで)張ってあります。表板と裏板の間には魂柱(こんちゅう、サウンドポスト)という木製の丸い棒が一本はさんであって、弦から駒を通して表板に伝わった振動をさらに裏板に伝えて胴全体を鳴らす役目をしています。また表板の裏側には、駒からの圧力や振動を表板に分散する力木(ちからぎ、バス・バー)という木製の細長い板状のものが、ほぼ楽器の上下方向に沿って貼ってあります。
 駒の上辺は水平ではなくわずかに上に凸にカーブしています。これは4本張ってある弦を弓で1本ずつ弾けるようにするためで、もしもここが水平だと外側の2本(図のG線とE線)は弓を傾けて1本ずつ弾くことができますが、内側の2本(図のD線とA線)を弾こうとすると弓が他の弦に触れてしまいます。しかし馬頭琴は弦が2本しかないので、ここが水平でもよいのです。>

 低い弦と高い弦は4度の音程で調弦されていました。この弦はナイロン繊維を200本以上撚り合わせて作られているそうで、見た目で直径数mmもあろうかという太いものです。ヴァイオリン等の弦のように表面を金属で巻いてあったりはせず、その点はガット弦風です。
 弓はヴァイオリンの弓に酷似しており、ただし標準的なヴァイオリンの弓よりは若干長いそうで、顕著な反りもありません。弓の持ち方はヴァイオリンのように上からつかむのではなく、コントラバスのジャーマンスタイルやヴィオラ・ダ・ガンバの奏法のように弓の下側から持つスタイルです。
 奏法は左手で弦を押さえ、右手に持った弓で弦を弾きます。弦を弓を持つ側の右手の指で弾(はじ)く奏法(ピツィカート)は使われませんでしたが、弦を押さえる側の左手の指で弦を弾(はじ)く奏法、三味線でいう「ハジキ」は使われていました。
 音域は大変広く、幹弓氏によると高音域はフラジオ(ハーモニクス)で出しているとのことですが、その奏法はヴァイオリンのように左手の指を弦に軽く触れるのではなく、指板と弦の間に左手の指を入れ、指の甲(爪側)で弦を持ち上げるようにするのだそうで、ヴィブラートもかかればグリッサンドもできる、ちょっとフラジオとは思えないような音です。また指板と弦の間は指が入るほど大きく空いているので、ヴァイオリンのように弦を指板に押し付けて振動を止め音の高さを決めるのではなく、弦を強く押して振動を止めているらしい。
 ヴァイオリン族と同じ擦弦楽器の仲間ですが、演奏の流儀はいろいろと違う所がありました。また合奏で低音を担当するために同様の形状でコントラバスサイズの楽器も作られているそうですが、今回は登場しませんでした。
 楽器自体の音量はあまりなく、特に遠鳴りがしないそうで、今回の演奏会場であるアミュゼ柏のクリスタルホール(定員400名の多目的ホール)ではPAを使っていました。以前サントリーホールの小ホール(約380席)で演奏したときにも、音楽用ホールであるにもかかわらず客席では音量不足だったとのこと。ヴァイオリン族の楽器なら十分な音量が得られると思われますが、馬頭琴はおそらく胴体の容積や形状の関係で遠くまで届く音が出ないのではないでしょうか。

 馬頭琴以外の楽器では、モンゴル箏も使われていました。日本のいわゆるお琴と似たような感じで移動可能な琴柱(ことじ)を立てて音程を作ります。奏者が立って弾く立奏では楽器を台の上に水平に乗せて弾いていましたが、椅子にかけての座奏では膝の上に楽器の右側を載せ、楽器の左端は床につけて、楽器全体が斜めになります。日本のお琴のように正座しては弾きません。
 モンゴルと内モンゴル(私はこのときまで内モンゴルという存在そのものを知りませんでした (^^;;。モンゴルは独立国(モンゴル国;旧・モンゴル人民共和国)、内モンゴルは中国領内の自治区だそうです)では奏法が違い、モンゴルでは指で直接弦を弾(はじ)き、内モンゴルでは日本のお琴のように爪で演奏するとのこと。今回のメンバーにはモンゴルと内モンゴルの両方の奏者がいて、音の違いも聞き取れました。
 また打楽器数種類と縦笛も登場しましたが、これらについては詳細不明です。ただし縦笛はもと大工の馬頭琴奏者(弾いていた馬頭琴も自作)が自作したものだそうで、大きさはアルトリコーダーくらいかな?日本の尺八やケーナのような発音機構のように見えましたが、面白いことに声で低音を歌いながら笛で旋律を演奏していて、ホーミーの楽器版のような効果が出ていました。

 さて、モンゴルの音楽といえばホーミーという独特の歌唱(?)法が有名です。今回の演奏会でもホーミーが披露されました。男性が喉を緊張させて出す押しつぶしたような低音(昔の魚屋さんの声なんかに似ている一種のだみ声)を口腔内で共鳴させ、笛のような高い音を出すもので、低いだみ声と高い笛のような音が同時に聞こえます。口腔内の容積や形状を変化させて高次の倍音を共鳴させていると思われ、歌詞は歌いません。ちなみに男性は普通の歌もこの低いだみ声の声域・声種で歌うことがあり、このときはちゃんと歌詞を歌います。
 ところで男性の朝の友、電気シェーバーで「なんちゃってホーミー」を体験することができます。作動中の電気シェーバーを頬に当てて喉の奥を広げ、口の形を o-a-e と変化させると、口腔内で笛のような音がかすかに鳴るのが感じられ、慣れて調子がいいと自然倍音の系列をソ−ド−ミ−ソ−シ♭−ド−レ−ミ−ファ#・・・と取り出すことができます。ただ夢中になってやっていると遅刻するので気をつけましょう(笑)。
 電気シェーバーの「なんちゃってホーミー」では自然倍音列の低い方しか取り出せませんが、本物のホーミーはおそらく倍音列のもっと高い方を使い、声で出しているベース音の高さも変えることができるので、高い音で旋律を演奏することが可能なのでしょう。

 この演奏会では前半に9曲(熊本県民謡「五木の子守唄」を含む)、後半に8曲(岩手県民謡「南部牛追い唄」と山田耕筰・三木露風「赤とんぼ」含む)が披露され、アンコールとして岩井俊二・菅野よう子「花は咲く」と高野辰之・岡野貞一「ふるさと」が歌われました。これらのうち日本の歌を除いたモンゴルの音楽は、長調の曲も短調の曲も基本的に日本の陽音階に当たる五音音階でできていました。つまり長調ならド−レ−ミ−ソ−ラ(−ド)、短調ならラ−ド−レ−ミ−ソ(−ラ)という音階です。ラ−シ−ド(またはレ)−ミ−ファ(−ラ)という日本の陰音階も五音音階ですが、この音階は短調の曲でもモンゴルの曲には使われていませんでした。この日歌われた「五木の子守唄」と「南部牛追い唄」はいずれも陰音階の曲ですので、彼らにとっては音階的にも異文化の曲であったわけです。
 しかし今回出演したモンゴル人のメンバー7人のうちの少なくとも6人は、数年以上にわたって日本で活動している人のようで、特にオルティンドー(モンゴルの歌の種類で「長い歌」という意味だそうです)の歌手オットホンバイラ氏のプロフィールを見ると「1994年来日。1996〜2000年姫神の国内外のコンサートツアーやCDに参加。(中略)2013年日本郷土民謡協会民謡全国大会にてヤング部門優勝。」とあり、ステージでも流暢な日本語で歌の紹介などをしていたくらいで、これら陰音階の曲もまったく違和感なく歌いこなしていました。

 今回のアンサンブルのリーダーらしい馬頭琴奏者バトエルデネ(アヨーシ・バト・エルデネ:1989年・1995年モンゴル国全国馬頭琴コンクールにてグランプリ、2001年来日、世界馬頭琴協会理事長)氏が編曲した伝承曲「バルテンヘール(バルテンの黒毛馬)」などは、和声もモダンならリズム的にもシンコペーションを多用するなど多彩で、マンハッタンあたりのジャズ・クラブでウヰスキイなめながら聞きたいねぇ、みたいな作品になっていました。やはり民謡や伝承曲を十年一日の如く繰り返していても博物館の音楽になるばかりなので、今回のステージのように外国の曲もとり入れたり、21世紀の都市居住者の好みに合わせてモダンなアレンジもするという方向になっているのでしょう。
 楽器的にも音楽的にも興味深いコンサートでした。
| オーケストラ活動と音楽のこと | 17:07 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
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