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最近読んだ本:『戦争責任・戦後責任 日本とドイツはどう違うか』(栗屋憲太郎 田中宏 三島憲一 広渡清吾 望田幸男 山口定 1994 朝日選書506) 
 まず断っておくべきは、本書は同志社大学人文科学研究所が1992年11月に行った公開シンポジウム「過去の克服と二つの戦後―日本とドイツ―」がきっかけとなって取りまとめられたもので、出版日は1994年7月25日、すなわち朝日新聞がいわゆる「従軍慰安婦問題」の元となった吉田清治の虚偽の証言等に関する一連の記事を誤報として撤回した2014年8月のはるか前に書かれたものであるということです。そのため本書は従軍慰安婦問題を報道のとおり実在したと考えており、その点に関して極めて「痛い」ものになってしまっています。
 現在では本書は絶版となっているようで、普通の書店の店頭で本書を手に取る機会はほとんどないと思われますが、古書としては流通しており(私も今回古書で購入しました)、収蔵している図書館も多いと思われます。本書を読まれる際にはこの点に関してくれぐれもご注意ください。
 ただし本書執筆当時には従軍慰安婦の強制徴用は実在したと信じられていたのであって、そうした(事実としては誤った)認識に基づいて社会が動いていたという歴史は今さら変えようもなく、またそうした認識や社会のあり方に基づいてなされた本書の分析や提言の中にも有益で示唆に富むものは多く、その全てを誤謬であり無意味なものであると切って捨てることは適切ではありません。むしろ逆に、当時の社会が吉田清治の虚偽と朝日新聞の誤報にどれほど振り回され晦(くら)まされていたか、そしてそれにもかかわらずどれほど真摯な反省と考察が行われたかという一つの記録・資料という観点から本書を読むことも可能であることは指摘しておきたいと思います。

 本書は本書で扱う問題の概観である序章に続いて、日本の戦後補償の実態と問題点を扱った第一章、東京裁判を扱った第二章、ドイツの戦後補償に関する思想的背景を扱った第三章、ドイツの戦後補償の内容を扱った第四章と、全体の総括てある終章という6つの部分から成っています。つまり序章が導入、第一章と第二章が日本に関する各論、第三章と第四章がドイツに関する各論、終章がまとめという流れです。
以下に目次とそれぞれの執筆者を掲げます。

序 章 「戦争責任・戦後責任」問題の水域 望田幸男
「過去の克服」とは何か ドイツにおける「戦後責任」の履行 「加害の論理」を欠いてきた日本 政治的道義の高み 問われている「第二の罪」 戦後史の歩みのなかに相違をさぐる 「過去の克服」への逆流=大国主義 過去と現在と未来との対話

第一章 日本の戦後補償と歴史認識 田中宏
はじめに
一 日本の戦後補償に通底する恩給法思想
占領下での軍人恩給の廃止 ついに軍人恩給が復活 自己の意思によらない国籍喪失 すでに33兆円を支出
二 「対外支払い」と歴史認識
「対外支払い」は約1兆円 日中間における戦後処理 日韓請求権協定と個人の権利
おわりに

第二章 東京裁判にみる戦後処理 粟屋憲太郎
はじめに
一 訴追と免責
重要資料の焼却と検察側による収集 流産した自主裁判構想 日本人判事・検事登用問題 「人道に関する罪」の軽視 昭和天皇の免責 化学戦・生物戦の免責 A級戦犯容疑者の釈放 日本軍の人肉食の免責 裁いた側の戦争犯罪
二 東京裁判と世論
敗戦直後の戦争責任論 天皇助命と天皇訴追の投書 判決と世論

第三章 ドイツ知識人の果たした役割 三島憲一
はじめに
一 忘却と復古主義の風潮
非ナチ化の盲点と限界 冷戦下に再生するドイツ教養主義
二 政治文化そのものへの問い
忘却を批判する知性 便乗の「反ファシズム」との分岐 日本の戦後民主主義の「正」と「負」
三 フランクフルト学派の「批判の立場」
フランクフルト学派の立場 人間理性の逆説
四 文化・生活の風土の変化
変わりはじめた文化的風土 「論争と抗議の文化」という自己理解 生活形式への批判 知識人像の転換
おわりに

第四章 ドイツにおける戦後責任と戦後補償 広渡清吾
はじめに
一 「前後社会」における軍事力の保持と行使
基本法における軍事力の位置づけ ドイツと日本の違いをどう理解するか 国連平和維持活動と大国化
二 ドイツにおける戦後補償
国民に対する補償 ドイツの国家賠償 ナチズムの迫害の犠牲者に対する補償―ドイツの戦後補償の特徴 連邦補償法の問題点と補償の終結 「共産主義者排除条項」と「戦う民主主義」 80年代の新たな展開―「忘れられた犠牲者」の補償
三 旧東ドイツにおける「過去の克服」
二重の「過去の克服」 「ベルリンの壁」での射殺行為の責任追及 不法の被害者の名誉回復
四 統一ドイツ社会における模索―「過去」と「未来」への責任
国家・体制と個人 庇護権規定の改正問題

終 章 二つの現代史―歴史の新たな転換点に立って 山口定
はじめに
一 戦争責任・戦後責任・未来責任
持ち越された戦後責任 「過去は未来の一次元」 日韓問題の重要性 「ドイツ人不変論」でも「日本人ダメ論」でもなく
二 ドイツの戦後と日本の戦後―戦争責任問題を中心として
「被害者」意識が蔓延した戦後日本 「大東亜戦争」は「アジアの解放」に寄与したか 「太平洋戦争」論と「十五年戦争」論の問題点 問題だったマルクス主義のファシズム論 アメリカの占領政策と冷戦―戦争責任問題の歪み 国家犯罪と「人道に対する罪」―ドイツと日本の違い 60年代末以降の転換の明暗 日本の軍部ファシズムの特質と戦争責任問題 責任問題をあいまいにした日本文化論ブーム
おわりに―新たな転換点

あとがき
 目次の小見出しからも推測されるとおり本書の内容は多岐にわたりますが、サブタイトルである「日本とドイツはどう違うか」という点から本書の内容を私なりにごく大雑把にまとめると、以下のようになります。ただし私自身はドイツよりも日本のことに興味があるので、ドイツに関する内容のまとめは薄くなっています。
  1.  まず日本の戦後補償は「戦争犠牲者援護を軍人、軍属など「国との使用関係のあった者」に限定し、従って空襲被害者などを除外した(p.40)」ものであり、しかも国籍条項により旧植民地出身者は排除している(被爆者は除く)。そうした法律に基き、対日平和条約が発効した1952年度から91年度までの40年間に、戦傷病者・戦没者(遺族・家族含む)、未帰還者の留守家族、引揚者、被爆者等に支払われた支出総額は約33兆円に達している。
  2.  これに対して、対日平和条約等に基いて日本が外国に対してなした対外補償は、対外支払い、在外資産(日本の政府、企業、個人が植民地等に持っていた資産)の喪失、日本国内の軍需工場の設備等の譲渡・移転等による中間賠償額を合わせても約1兆円にとどまる。
  3.  また戦争責任の追及においても、昭和天皇の免責やA級戦犯容疑者の釈放など、東京裁判における戦争責任追求が中途半端で筋の通らないものに終わり、しかもGHQ指令により日本側の戦争犯罪の調査、審判、戦争犯罪人の裁判は禁止されてしまい、戦争犯罪の自主的な追求や裁判は実現しなかった。
  4.  一方のドイツでは、ドイツの戦争犯罪を裁くニュルンベルク裁判はそれなりに筋の通ったものであり、またドイツ自身もナチスの殺人罪については時効を停止して自主的に追求を行っている。
  5.  賠償についても、国の内外に対して賠償の対象者の範囲を何回も見直しながら繰り返し行われている。
  6.  両国の間のこのような違いの大きな原因としては、日本には被爆体験等に基づく「非会社意識」が強く「加害者意識」が希薄であったこと、日本の戦後処理がアメリカ一国によって行われ、その時々のアメリカの利害によって左右されたこと、これに対してドイツにはアウシュヴィッツ体験があったこと、当初「戦後の克服」に消極的であったドイツ社会をを知識人たちが変えていったこと等が主なものとしてあげられる(勿論これらの原因にはそれぞれに背景があり、本書ではそれら背景に関する分析も行われています)。

 以上は私自身のための非常に大雑把なまとめですが、本書中にはこれ以外にも様々な指摘や洞察、説明が豊富に含まれ、日独両国の戦後処理を概観する上での良書と思います。総論に当たる序章と終章はこの問題を考える上での基本的なフレームワークを与えてくれ、また各論部分である第一章から第四章には日独両国の戦後補償の種々相についてかなり詳細で具体的な事実が数多く収載されています。私はおそらくこの先も本書を繰り返し手に取る機会があるような気がします。
 なお最初に述べたとおり、本書は公開シンポジウムでの議論と検討を経て編まれたものだけに、記述も客観的で具体的でわかりやすいものです。ただ第一章では日本の戦後賠償の問題点を指摘するのに急なあまり、私にはやや公平性や具体性を欠くと思われる記述が数ヶ所見られたのは残念でした。

 本書の出版元である朝日新聞社がひきおこした従軍慰安婦問題のとばっちりを食って、このような良書が絶版の憂き目を見ることになったのは大変残念ですが、そのことによって本書自身が日本の戦後処理の不幸と拙さを身をもって示すことになったのも、思えば皮肉なことでありますね。
| 本のこと | 09:49 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
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