<< DECCA SOUND MONO YEARS 1944-1956 を聞く 43. ショルティのモーツァルト25番、38番 / ガンバのロッシーニ序曲集 | main | DECCA SOUND MONO YEARS 1944-1956 を聞く 45. トリエステ三重奏団の「大公」とブラームス >>
DECCA SOUND MONO YEARS 1944-1956 を聞く 44. ショルティのバルトーク、コダーイ、ハイドン
 DECCA SOUND MONO YEARS 1944-1956 からのご紹介第44弾。Disc 47 はゲオルク・ショルティの指揮するバルトークとコダーイの管弦楽曲とハイドンの交響曲。
・バルトーク:弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽 BB114 (r. 1955)
・コダーイ:「ハーリ・ヤーノシュ」組曲 Op.35a (r. 1955)
・ハイドン:交響曲第100番ト長調「軍隊」 (r. 1954)
ゲオルク・ショルティ指揮 ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団

<上はメインLPのバルトークとコダーイ、右はサブLPのハイドンのジャケット写真。>


 
 ショルティはハンガリー出身の指揮者なので、同じハンガリーの作曲家であるバルトークとコダーイには当然思い入れもあるでしょうし、聞く側も期待が高まるというもの。
 バルトークの「弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽」通称「弦チェレ」は、作曲者が55歳の1936年に、スイスの指揮者パウル・ザッハー Paul Sacher のために書かれた作品です。ザッハーは1906年生まれで大指揮者フェリックス・ヴァインガルトナー Felix Weingartner に指揮を学び、1926年にバーゼル室内管弦楽団 Basler Kammerorchester を組織して古典派以前の音楽と現代作品の紹介に力を注ぎ、バルトークをはじめヒンデミット、オネゲル、ストラヴィンスキー、マルタン等多くの20世紀の作曲家の作品を初演する一方、1933年にはバーゼル・スコラ・カントルム Schola Cantorum Basiliensis を設立して古楽の研究と当時の楽器・奏法によるオーセンティックな演奏の実践に大いに貢献するなど多面的な活躍をした人で、この曲の初演もザッハーとバーゼル室内管弦楽団によって行われました。今ではこのセットの Disc 7 に収められている「管弦楽のための協奏曲」と並んでバルトークの代表作となっています。曲は2つのグループに分かれた弦楽器と多くの打楽器、ピアノ、ハープ、チェレスタのために書かれていて、ゆっくり−速い−ゆっくり−速いという四つの楽章から成り、第一楽章のフーガの主題が各楽章に形を変えて現れる循環形式の手法をとっています。

 コダーイの「ハーリ・ヤーノシュ」組曲は、作曲者コダーイが43歳の1925年に作曲した歌劇「ハーリ・ヤーノシュ」から、1927年に作曲者自身が組曲にまとめたもの。退役軍人のハーリ・ヤーノシュ爺さんが村の居酒屋で昔の武勇談を語りますが、これが珍奇な誇大妄想としか思えない内容(たとえば、「わしがたった一人でナポレオン軍に切り込むと、恐れをなしたナポレオンはあっさり降参してしまい、その腰抜けぶりに呆れた妃のマリー・ルイーズとわしは結婚することになってナ・・・」という具合)。曲は大きなくしゃみを表す全オーケストラの爆発で始まりますが、これはハンガリーに「話を聞いていてくしゃみが出たら、その話は本当だ」という言い伝えがあるからで、つまりハーリの話は本当だということになるのですが・・・(笑)組曲は次の5曲から成り、ハンガリーの民族楽器であるツィンバロンも使われて、民話調の物語に色を添えています。
1. 序曲−おとぎ話の始まり
2. ウィーンの音楽時計
3. 歌
4. 戦争とナポレオンの敗北
5. 間奏曲
6. 皇帝と廷臣たちの入場

 ハイドンの交響曲100番「軍隊」は第二楽章と第四楽章に大太鼓、シンバル、トライアングル等トルコの軍楽隊を思わせる楽器が使われて、軍楽的なリズムを取り入れた「トルコ行進曲」などが愛好された当時の異国趣味に応えたものとなっているのが大きな特徴で、「軍隊」という標題はハイドン自身が付けたものといわれています。

 さて、ショルティのハンガリー音楽ですが、バルトークとコダーイでけっこう差がついています。
 バルトークの「弦チェレ」は、指揮者もオーケストラも健闘しているが力不足、という感じです。第一楽章はなかなか良い感じですが、第二楽章や第四楽章のシンコペーションのリズムや速いパッセージが揃わなかったり、打楽器の後打ちのリズムが安定しなかったりすることによって、緊張感が損なわれてしまっています。とにかく譜面通り一生懸命やってます感が表に出てしまっていてゆとりや遊びがなく、グリッサンドやちょっとしたテンポの変化にも表情が感じられず、この曲のディヴェルティメント的な面白さがあまり出ていません。ハンガリーのリズムはアングロサクソンやケルト的なものとは微妙に違っていると見えて、演奏しているロンドン・フィル自身がその違和感に戸惑っているようだし、ショルティも彼等の違和感を解消させられないまま一生懸命演奏させてしまっているような感じを受けました。絶対音楽的な第一楽章は悪くないんですけどねぇ・・・。1989年のシカゴ交響楽団を振った録音(私は未聴ですが)では上のような欠点は克服されているであろうと思いますが、この録音は今一歩です。
 一方のコダーイは、これもちょっと生真面目すぎて、たとえば第三楽章の「歌」の伸びやかな広がり感がやや希薄な点などが残念ですが、バルトークよりは余程こなれていて楽しめました。バルトークの「弦チェレ」とは語法も音楽の質も全く違う楽しい標題組曲ですし、できたのも10年ほど早いので、英国でも既に親しまれていたのかも知れません。
 ハイドンは一転して余裕を持ちながらしっかりと作り込まれ、時々フレーズの最後の「決め」の音が強く威勢良すぎることがあるものの、安心して浸れる演奏になっていると思います
| DECCA SOUND MONO YEARS | 19:33 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
コメント
コメントする









この記事のトラックバックURL
http://hoch.jugem.jp/trackback/793
トラックバック

CALENDAR

S M T W T F S
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31      
<< December 2017 >>

SELECTED ENTRIES

CATEGORIES

ARCHIVES

RECENT COMMENT

RECENT TRACKBACK

MOBILE

qrcode

LINKS

PROFILE

SEARCH