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DECCA SOUND MONO YEARS 1944-1956 を聞く 41. チギアーノ五重奏団のボッケリーニとブラームス
 DECCA SOUND MONO YEARS 1944-1956 からのご紹介第41弾。Disc 44 はチギアーノ五重奏団によるボッケリーニとブラームスのピアノ五重奏曲。
・ボッケリーニ:ピアノ五重奏曲イ長調 Op.57-1 G413 (r. 1952)
・ボッケリーニ:ピアノ五重奏曲ニ短調 Op.57-4 G416 (r. 1952)
・ブラームス:ピアノ五重奏曲ヘ短調 Op.34 (r. 1951)
チギアーノ五重奏団

<上はメインLPのボッケリーニ、右はサブLPのブラームスのジャケット写真。>
 
 ルイジ・ボッケリーニ Luigi Boccherini は1743年にイタリアのルッカに生れた作曲家、チェロ奏者で、「ボッケリーニのメヌエット」が最もよく知られています。ハイドン(1732年生まれ)、サリエリ(1750年生まれ)、モーツァルト(1756年生まれ)らと同時代に活躍しました。
 ピアノ五重奏曲 Op.57は1779年に出版されたもので、当時の慣習に従って6曲セットになっており、この盤に収録されているのはその第1番と第4番です。私はボッケリーニという作曲家にもこの時代の室内楽にも疎いので、2曲ともいかにもこの時代らしい曲、としか言えませんが(苦笑)、たとえばイ長調の曲の第一楽章の提示部には、イ長調の属調のホ長調に転調した後しばらく進むと、突然全休止(音がなくなる)の小節をはさんでハ長調のパッセージに転調するという「お、お前はブルックナーかいっ!」みたいな瞬間もあり、なかなか凡庸な曲ではありません(ホ長調からハ長調のような三度の転調はこの時代にはまだ一般的ではない)。また緩徐楽章(ゆっくりな楽章で、普通は穏やかで美しい旋律が聞きもの。多くの場合は第二楽章がそうだが、この曲では第二楽章がメヌエットのため、第三楽章の Andantino がそれに当たる)が異常に短いのにもちょっとびっくり。まあこの曲は全ての楽章が5分以内と全体に小作りな曲ですが、それにしても緩徐楽章が全曲で一番短い(2'13")、特にメヌエット(3'45")より短いというのは、他にはあまりないんじゃないでしょうか。これに対してニ短調の曲はメヌエットを持たない三楽章形式で、サイズも普通だしブルックナー的な書法もありませんが、この時代は短調で曲を書くこと自体があまり多くないので、そういう意味では異色と言えましょうか。また譜面が見られないので間違っているかも知れませんが、ニ短調の曲の終楽章はそれぞれ繰り返される前半(提示部に相当)と後半(展開部+再現部に相当)の後にコーダが付いているみたいな、ちょっと変わった楽式―ああそうだ、ちょうどモーツァルトの交響曲第41番「ジュピター」の終楽章と同じような(ただし「ジュピター」終楽章の後半は普通は繰り返さない。繰り返すとものすごく長くなる)―のように聞こえます。

 ブラームスのピアノ五重奏曲はブラームスが31歳の1864年に作曲されたもので、この時彼は既にピアノ三重奏曲第1番やピアノ四重奏曲第1番・第2番、弦楽六重奏曲第1番などで室内楽の経験を積んでおり、この曲も名曲として知られています。さすがに私もこの曲は聞いたことがあるし、今すぐに出てこないけどCDも持っていたはずです。確か昔の Philips ので、たぶんベルリン・フィルのメンバーによるものじゃなかったかな。
 ところがこのチギアーノ五重奏団の演奏は、そうしたちょっと昔のドイツ風の演奏を聞きなれた耳にはなかなか異色のものでした。まずドイツ(系)の楽団には言わず語らずのうちに共有されている(であろう)「ため」というかテンポの伸び、粘りがなくて、さらさらあっけらかんと進んでいきます。もちろんメトロノームのように等速直線運動的にカチカチ進むわけではないし、音楽のテンションが上がっていってその頂点で解放され・・・といった内面的なドラマは当然備わっているのですが、それをテンポの伸び縮みでもって「どーだぁーブラームスだぞぉーぉぉぉ、ぉ、えいっ!」みたいな表現はしていません。また第四楽章の序奏などに顕著に感じられますが、チギアーノ五重奏団はこの曲を、ベートーヴェンを懐古する保守派の大作曲家の作品としてではなく、シェーンベルクにつながるドイツ後期ロマン派の音楽として演奏しているフシがあり、ときどきこのセットの Disc 43 に収められているエルネスト・ブロッホのピアノ五重奏曲みたいに聞こえる瞬間があるのです。ドイツ(系)の団体ならばもっと音を保って重く大事に弾くであろうスタッカートが、全般的に非常に / 非情にセッコ(乾いた感じで)で演奏されているのもそうした感覚の現われかと思いますし、近接マイクでホールの響きより個々の楽器の直接音を多く拾っている録音もそうした感じを助長しています。なかなかに inspiring な演奏でありました。
| DECCA SOUND MONO YEARS | 19:13 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
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