<< 筑波海軍航空隊記念館とその周辺 | main | J.S.バッハ「音楽の捧げもの」のケーゲル盤 >>
リヒャルト・シュトラウスのオペラ全集を聞く:2.火の危機(火の消えた街)
 本ブログ上で「リヒャルト・シュトラウスのオペラ全集を聞く」というプロジェクトが進行中、というか、長ーい中断をはさんで時々思い出したようにぽっつらぽっつらと進んでおります(まだ2回目ですが)。リヒャルトのオペラ全15作を作曲順に聞いていくというこのプロジェクト、ベースノートはこちらで、第1回の「グントラム」はこちらです。で、今回は第2回「火の危機(火の消えた街) Feuersnot」なのですが、ベースノートのアップが今年の3月3日、第1回の「グントラム」のアップが3月7日、そして第2回の今回が11月ですよ。この半年に1作、1年で2作というペースだと、15作品聞くのにはなんと7年半かかるという長期プロジェクトになる計算・・・。これからそんなにブログ続けてられるのか?という自分へのツッコミも含めて、もうちょっとペース上げたいところではあります。
 しかし前回の「グントラム」と今回の「火の危機」の2作品については少々事情がありまして、まず両方ともマイナーな作品であるために歌詞対訳が手に入らなかったことに加えて、「グントラム」については録音がまさかの改訂・短縮版だった上、リヒャルトのワグネリアンからの転向に関する関連資料を探したり英語読んだりしたために時間がかかったし、今回の「火の危機」についても、実は関連資料を探したり英語読んだりしなければならないトピックがあったのです。「サロメ」とか「エレクトラ」といった世間一般に知れ渡っている作品ならおそらくこんなことしなくて済むだろうから、ペース上がると思います。

<写真は「火の危機」のCD。紙ジャケットは他の作品と同じく簡潔なものですが、CDの方にはドイツ・グラモフォンの黄色いマークの下にオレンジ色の帯状の部分があり、白抜きの字で Deutschlandradio Kultur と表示してあります。ドイツ・グラモフォンの自前の録音ではなくRIAS(Rundfunk im Amerikanischen Sektor:アメリカ軍占領地区放送局の略称。東西ドイツ併合後は Deutschlandradio に改組)が1978年に録音したものを使用しているためこの表示があります。>
 さて、改めまして今回聞くリヒャルトのオペラの第2作「火の危機」です。例によって作品のプロフィールをCD解説書によって紹介しましょう。

火の危機 Feuersnot 作品50
一幕の Singgedicht(歌唱詩)
台本:エルンスト・フォン・ヴォルツォーゲン Ernst von Wolzogen
作曲年:1900-1901年
初演:1901年11月21日 ドレスデン宮廷歌劇場 エルンスト・フォン・シュフ指揮

 Singgedicht というのは作品の性格を表すためにリヒャルト・シュトラウス自身がつけたサブタイトル(?)です。そういわれると脚韻を踏んだ対句の歌詞があちこちにありますし、12世紀のミュンヘンの夏至前夜のお祭りという舞台設定や、曲中にミュンヘン地方の民謡の旋律がさりげなく取り入れられている(らしい。スコアに注記あり)ことも、これがシリアスなドラマではなくおとぎ話のような詩的な世界を描いていることを表しています。
 ちなみに、彼の15のオペラのうちの10作品にこういうサブタイトルがついていて、「火の危機」以外の9つは次のとおりです。

「サロメ」 Musikdrama(楽劇)
「エレクトラ」 Tragödie(悲劇)
「ばらの騎士」 Komödie für Musik(音楽のための喜劇)
「インテルメッツォ」 Eine bürgerliche Komödie (ブルジョア風喜劇)
「アラベラ」 Lyrische Komödie(叙情的喜劇)
「無口な女」 Komische Oper(喜歌劇)
「ダフネ」 Bukolische Tragödie(牧歌的悲劇)
「ダナエの愛」 Heitere Mythologie(陽気な神話)
「カプリチオ」 Ein konversationsstück für Musik(音楽のための対話作品)

 さて、前述のとおり「火の危機」には手軽に入手できる歌詞対訳が見当たりませんでした。仕方がないので前回の「グントラム」同様スコアを見ながら・・・ということにしようかと思いましたが、音を耳と目で追いながらドイツ語の歌詞を読みながらそれの意味を考えながら・・・というのは、たとえいちいち辞書を引かないで(聞きながらそんな暇ないし)数少ない既知の単語からおおまかな意味を妄想する程度のことであっても、けっこうしんどいことです。そこで今回は、まず「あらすじ」を読んで頭に入れ、次に何も見ないで一度演奏を通して聞き、その後にヴォーカルスコア(歌はそのままで、オーケストラ部分がピアノに編曲されているスコア)で気になった箇所を確認する、という手順を踏みました。オーケストラ部分も全部書いてあるフルスコアではなくてヴォーカルスコアを使ったのは、その方が歌詞やト書き、音の動きが一見してわかりやすいからで、フルスコアもヴォーカルスコアもネットで見られるのです。ありがたい時代になりました。

 それではまず「あらすじ」をご紹介しておきましょう。

 舞台は12世紀のミュンヘンのゼントリンガー小路の夏至の前夜(古くは Subend といった)。子供たちが昔からこの日に焚くことになっているかがり火の薪を賑やかに集めている。子供たちは見習い中の魔術師という噂のクンラートの家のドアを叩き、「薪を出さない家は千年燃える」という昔からの言い伝えで彼を脅す。驚いて出てきたクンラートが祭について何も知らないので、子供たちはびっくりしながら夏至の習慣を説明する。ところがクンラートは市長のオルトルフ・ゼントリンガーの美しい娘ディームートがそこにいるのを見て心を奪われ、彼女の友人たちが見ている前でディームートにキスしてしまう。ディームートは皆からからかわれるのを避けて家に駆け込み、この厚かましい男に仕返ししてやろうと決める。
 夜になってクンラートがディームートの部屋のバルコニーの下に来て彼女への思いを切々と訴えるので、ディームートは彼の訴えに応えるふりをしてカゴを下ろし、自分の部屋へ吊り上げるからそれに乗るようにと勧める。クンラートはまんまと罠にはまり、ディームートはカゴを途中で止めたままにして、彼を町中の笑いものにする。クンラートは激怒してミュンヘンの市民を呪い、魔法をかけて町中の灯りをすべて消してしまう。クンラートは綱を伝って月明かりのバルコニーに立ち、この町の人々の狭量さ、とりわけ彼の師匠のライヒャルトを町から追い出したことを激しく非難した後に、女性から発せられる暖かさ、愛の光について述べて話を締めくくる。ディームートがクンラートをつかまえて部屋の中へ引き入れると、階下の人々はそのメッセージを理解し、ディームートに「火の欠乏」から救ってくれるよう頼む。通りは全くの暗闇だったが、町の人々が見上げるうちに、ディームートの部屋でかすかな明かりが灯る。オーケストラの間奏のクライマックスで全ての明かりが一斉によみがえり、部屋の中からはディームートとクンラートが互いに愛を誓い合うのが聞こえ、人々は Subend の火を歓呼して迎える。

 中世ドイツの美しい街並みを舞台に、賑やかな子供たちや娘たちのさざめき、見習い中の魔術師、他愛のないいたずらが巻き起こす町中の火の危機とハッピーエンド・・・これは本当におとぎ話の世界ですね。
 ところでシュフの指揮でドレスデンで行われた初演は大成功を収め、その後ドイツ各地で好評を博しましたが、マーラーがウィーンで上演しようとした際に「エロチックで扇情的な内容が含まれている」とされて問題になり、またベルリンでの初演(1902年10月28日)の際には、臨席した皇后アウグスタがやはりエロチックな内容に嫌悪を催して上演中に席を蹴って退場し、夫の皇帝ヴィルヘルム2世は早速この作品を上演禁止にしたそうです・・・え、エロチックで扇情的?皇后が退席?このオペラのどこがそうなの?えー知りたい知りたい!

 上述の「あらすじ」ではこの歌劇のどこが、皇后が上演途中で席を蹴って退場するほど「エロチック」なのかよくわからなかったのでスコアで歌詞を確認してみると、「あらすじ」では「彼は女性から発せられる暖かさ、愛の光について述べて話を締めくくる。」とさらりとすまされている箇所に該当するクンラートの歌詞は、次のようなものでした。

All' Wärme quillt vom Weibe, all' Licht von Liebe stammt aus heiss jungfräulichem Leibe einzig das Feuer Euch neu entflammt!

女性から湧き出る全ての暖かさ、処女の体が発する愛の光だけが、あなたたちに新たな火を灯すのだ!

  ふむふむ、どうもこの辺から皇后を逆上させる雰囲気が漂っているかな?さらに「あらすじ」で「階下の人々はそのメッセージを理解し、ディームートに「火の欠乏」から救ってくれるよう頼む。」となっている部分の歌詞も、身も蓋もなくまとめると「早く処女を捧げて私たちを救っておくれ」みたいな内容なのです。
 ただこのオペラ全編に言えることですが、物語の舞台が南ドイツのミュンヘンということで、我々が学校で習う標準ドイツ語とはちょっと違うバイエルン方言が多用されています。あまりにも標準語とかけ離れた語が使われている場合はスコアに訳(!)が出ていますが、たとえば nicht が net になるとか動詞の母音が違うとかで、辞書を引こうとしてもうまく引けないことがあり、また辞書に載ってない単語もあったりで、前後も含めて歌詞をちゃんと読めたわけではないので、細かいニュアンスはわかりかねます。

 この件に関するさらに詳しい資料を探していると、Journal of Musicological Research というアメリカの雑誌の16巻2号(1996年)に掲載されている、クリストファー・モリス著「指揮者が見たもの:シュトラウスの「火の危機」における性、空想、オーケストラ」 Morris, Christpher, "What the conductor saw: Sex, fantasy, and the orchestra in Strauss's Feuersnot" という論文に行きあたりました。私はこの雑誌の購読者ではないので論文の中身を読むことはできませんが、アブストラクト(要約)には次のようにあります。

 「エルンスト・フォン・ヴォルツォーゲンがフランドル地方の民話をもとに書いたシュトラウスの2つめのオペラ「火の危機」の台本の中で、魔術師は彼の(性的な)誘いを拒否した娘(a young woman who has refused his sexual advances)に対する復讐を果す。ヴォルツォーゲンはさまざまな象徴を多層的に用い、また魔術師をシュトラウス自身に重ね合わせることによって、この物語を性的なものとそれが(男性の)芸術的創造に果たす役割についての現代的な寓話に変換する。シュトラウスの音楽は、特にオペラの結末をなす魔術師と娘との性的関係(sexual encounter)において、このヴォルツォーゲンのイデオロギーを強調している。
 この音楽的「誘惑」は、真っ暗な舞台に流れるオーケストラの間奏曲の形をとって自我強化の空想をたどりながら、結局は著者のテーマ(性的なものとそれが(男性の)芸術的創造に果たす役割)に立ち戻るのである。」

 何せ論文そのものを読まずに趣旨をきちんと理解しないで訳しているので、わかりにくい訳になっている点はご容赦ください。とりあえず論文著者の解釈では、ヴォルツォーゲンとシュトラウスはこのオペラを「性的なものとそれが(男性の)芸術的創造に果たす役割についての現代的な寓話」として取り扱ったものらしく、またオペラの結末は「魔法使いと娘との性的関係(sexual encounter)」だということです。
 なるほどこれは穏やかでないとさらにネット上を探していると、ガイ・A・マルコ著『オペラ:研究と情報ガイド 第2版』 "Opera: A Research and Information Guide 2nd Ed."(Guy A. Marco, 2001, Garland, New York)という本に、モリスの同じ論文への言及が見つかりました。

 「シュトラウスの2番目のオペラ(1901)で注目すべき点は舞台裏でのラブシーンで、それは「オーケストラによる音楽と舞台の照明が、主人公たちが慎重に音を立てず人目を忍んで性的関係を結ぶのを表現する」ものである。批評家たちはあまりにも露骨であると非難した。モリスは全ての要素を分析して「本能的なやり取りがどのように音楽に取り込まれたか」を説明している。」

 ・・・三管編成にハープ2台、舞台裏のハーモニウムやグロッケンシュピールやオプションのハープ、混声合唱・少年合唱と独唱者15人という少なからぬ人数がよってたかって、まったく何やってんだか(笑)。このあたりが、かのやんごとなき皇后様におかれましては舞台(と、ソレを察してウケまくっているオヤジども)を見るに堪えなかったのであろうかと思われます。
 モリス論文のとおりとすれば、シュトラウスのオペラに対するアプローチは前作の「グントラム」とはまったく正反対で、言ってみればけれん味たっぷりのものですし、オーケストレーションもそれぞれの楽器の特色を生かした色彩感にキラキラした細かいパッセージをちりばめ、そのくせ対位法的にもしっかり書かれているといういかにもシュトラウスらしいものになっています。そういった点から見て、この「火の危機」こそシュトラウス的オペラの第一作といってもよいのであろうかと思います。ところどころで少年合唱が「ニーベルングの指輪」のラインの乙女たちの歌を思わせたり、それ以外にも「指輪」を思い出させるような動機がちらちら聞こえる気がしますが、それは「グントラム」的なものではなく、むしろパロディー的な扱いであるように感じられました。

 今回聞いた演奏は以下のメンバーによるものです。

シュヴァイカー・フォン・グンデルフィンゲン(代官):ヘルムート・クレープス(T)
オルトルフ・ゼントリンガー(市長):ヘルムート・ベルガー=トゥーナ(Bs)
ディームート(市長の娘):グンドゥラ・ヤノヴィッツ(S)
ディームートの女友達 エルスベート:バーバラ・シェルラー(Ms)
ヴィーゲリス:マリア・ジョセ・ブリル(A)
マルグレート:カロル・マローネ(S)
クンラート(魔術師):ジョン・シャーリー=カーク(Br)
イェルク・ペシェル(宿屋の主人):クラウス・ラング(Bs)
ヘメルライン(小間物商):ワルトン・グレンロース(Br)
コフェル(鍛冶屋):宮原昭吾(Bs)
クンツ・ギルゲンシュトック(パン屋兼ビール醸造家):ヨーゼフ・ベッカー(Bs)
オルトリープ・トゥルベック(桶屋):カール=エルンスト・メルカー(T)
ウルズラ(桶屋の妻):ガブリエレ・シュレッケンバッハ(A)
ルーガー・アスペック(陶器職人):ヴォルフ・アペル(T)
ヴァルプルク(陶器職人の妻):マダレーナ・デ・ファリア(S)
RIAS室内合唱団(コーラスマスター:ウーヴェ・グロノスタイ)
テルツ少年合唱団(コーラスマスター:ゲルハルト・シュミット=ガーデン)
ベルリン・ドイツ交響楽団(旧ベルリン放送交響楽団)
指揮:エーリヒ・ラインスドルフ
録音:ベルリン フィルハーモニーホール 1978年5月(ライブ)

 ヤノヴィッツの声、好きです。私の好みとしてはちょっとヴィブラートが多すぎるのが気になりますが、あの声だもん、許しちゃいます(笑)。女友達のマルグレートを歌っているマローネという人は初めて聞きましたが、やはり私好みの声の方でした。また日本人歌手の宮原昭吾さんが参加されています。
 ラインスドルフというと、これまで私はボストン交響楽団の音楽監督・指揮者としてしか知らず、「おや、オペラも振ってたのか」なんて思ってしまいましたが、ボストン響の音楽監督になるはるか前から、メトロポリタン歌劇場等で特にワーグナーなどドイツものの指揮で高い評価を受けていたのですね。また1978年から1980年にかけてはこの録音に起用されたベルリン・ドイツ交響楽団の首席指揮者を務めてもいます。この録音でも歌手のサポートはもちろん、オーケストラ自体もしっかりまとめ上げて、聞きごたえのある演奏を繰り広げています。ただし「「エロチックで扇情的」な雰囲気はまったくありませんが。
 ライブ録音とありますが、客席ノイズは全然聞こえないし拍手もないし、演奏上の大きなキズもないので、私はてっきりスタジオ録音かと思っていました。ベルリンのフィルハーモニーでの録音ということは演奏会形式での上演だったのでしょう。残念なことに録音レベルがやや低くて、まるでぱっとしない演奏に聞こえてしまうので、いつもよりかなり音量を上げて聞く必要ありです。

 次回はリヒャルトの第3作のオペラ「サロメ」です。これはもう有名なオペラなので、思いがけないエロの追及に手間取ったりせず、ちゃっちゃといきますよ!(^^;
| リヒャルト・シュトラウスのオペラ全集を聞く | 09:24 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
コメント
コメントする









この記事のトラックバックURL
http://hoch.jugem.jp/trackback/732
トラックバック

CALENDAR

S M T W T F S
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31      
<< December 2017 >>

SELECTED ENTRIES

CATEGORIES

ARCHIVES

RECENT COMMENT

RECENT TRACKBACK

MOBILE

qrcode

LINKS

PROFILE

SEARCH