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「通(つう)叢書」(四六書院)のこと
 戦前の一時期、東京市神田区通神保町一番地というから神田神保町の三省堂と同じ住所に、四六書院という出版社がありました。三省堂の子会社という話もありますが、私自身は確認していません。しかし同社の出版物の印刷や発売は三省堂で行われているので、いずれにしても何らかの関連のある会社であろうと思われます。
 この四六書院が昭和4(1929)年から昭和6(1931)年にかけて出版した「通(つう)叢書」というシリーズの中の『蕎麦通』と『天麩羅通』を、一冊の文庫本にまとめた『蕎麦通・天麩羅通』(坪内祐三監修・解説、2011 廣済堂文庫)という本を読みました。そして例によって自分の心覚えを兼ねてブログに読後感をアップしようとして「そういえば、この「通叢書」ってどんなものなんだろう」と軽い気持ちで調べ始めたら、ハマってしまいました。

<上写真は廣済堂文庫(廣済堂ルリエ)版の『蕎麦通・天麩羅通』>
  まずはこの「通叢書」各冊の冒頭に置かれ、叢書全体の出版の目的と特徴を簡潔に述べた「通叢書発刊の言葉」をお読みいただきましょう。戦前の出版物ですから旧字・旧かなづかいですが、読みやすいよう現代の表記に改めます。ただし用語や表現は原文どおりですので、多少読みにくいかも知れません。( )内はオリジナルのふりがなです。
 
 コルクの上に針で留めて、昆虫を四方八方から観察するように、研究があまりに細目にばかり立ち入ると、時として却って事実の真相から遠ざかることがあるものだ。
 そして又一度に欲ばって口の中に一ぱい詰め入れた食物の為めに、聞き取りがたい胴魔声となるように、万物に対して軽はずみな了解の仕方をすると、兎角自分でも暁(わ)かっていないようなことを話すことがあるものだ。
 本叢書は、各一、微小篇であるとはいえ、いずれも当代に於けるその道の先達によって、手頃の消化力の下に、それぞれ極めて簡易正確に、秩序整然と研究がすすめられてあるので、それ等無駄な道草を食うことなく本叢書を一読することによって、人々は直ちに、百般の研究部門に一〇〇パーセントの資格の備った、一個非凡な「通」人となり得るのである。
 趣味の欠乏――難儀な登山をするようにして生活を背中に負っている現代人に、一番欠乏しているのは実にこの趣味の問題だ。
 楽しみの少ない、現代人の退屈な心臓をまぎらわせようとして、先ずこの趣味の通(つう)の要諦を約束しようとするのが、本叢書発行の第一の目的である。
                                                     四六書院

 戦前の文章のせいか今の用語法と若干違うところはありますが、要するに本叢書の各篇を読めば、いっぱしのツウになれるよ、というわけで、今時書店やネットでよく見かけるハウツーものやウンチクものの走りみたいなものかな、という気もします。
 それではこの叢書がどのような「研究部門」をカバーしていたかというと、私が確認しただけで実に47巻の「通叢書」が出版されています。調査(といってもネットで拾っただけですが)結果を下に示します。なお41巻だけは内容が確認できませんでした。
 
「通(つう)叢書」発刊書目
1. スポーツ通 2. 支那料理通 3. 映画通 4. 新劇通
5. 果物通 6. 洋装通 7. 鰻通 8. カフェ通
9. 日本俗曲通 10. 銀座通 11. 西洋音楽通 12. 支那旅行通
13. 西洋料理通 14. 歌舞伎通 15. 煙草通 16. をどり通
17. 日本料理通 18. 天麩羅通 19. 古書通 20. 日本音楽通
21. 野球通 22. トーキー通 23. 国技角力通 24. 古今いかもの通
25. 酒通 26. 日本画通 27. 西洋画通 28. 菓子通
29. 芸妓通 30. 洋服通 31. 菊通 32. 謡曲と能楽通
33. 蕎麦通 34. 探偵小説通 35. 古今年中行事通 36. 釣魚通
37. 俳優通 38. 上方色町通 39. 道頓堀通 40. すし通
41. (不明) 42. 園芸通 43. 喫茶とケーキ通 44. 犬通
45. 蓄音機とレコード通 46. 政党通 47. ダンス通 ※以下未詳

 いかがでしょうか。当時の「趣味」をこれだけ広範囲にカバーして、しかもそのほとんどを昭和5(1930)年から昭和6(1931)年にかけて刊行しているとは驚きです。毎月2冊新刊を出していることになるわけで、今みたいにファイルで入稿してディスプレイ上で編集して・・・という時代ではないので、これはけっこうなハイペースだと思います。
 また書目を眺めていると、いわゆる「趣味」の王道はほぼ押さえられているし、飲食系の充実ぶりも目を見張るものがあるし、中には『政党通』なんていう社会派もあり、『古今いかもの通』なんていうオタク路線もあり、『芸妓通』なんていう粋筋向けもあり、『上方色町通』なんていうムフフ(?)もありと実に多彩。あとはカメラとテツがあれば・・・なんてないものねだりもしたくなりますね。

 さて、ここまで調べてみて、では実際にどんな形の本になっていたのか、実物が見たくなりました。そんな時こそ大学図書館、というわけで、さっそく筑波大学附属図書館の蔵書を検索してみると、ありました。『西洋画通』(中川紀元 昭和5年6月15日初版)です。どうせなら『上方色町通』とか『古今いかもの通』あたりが見たかったのですが、とにかく筑波大学全学でこれ一冊だけしかないようです。
 筑波大学附属図書館にある戦前の本の中には「東京高等師範学校」や「東京文理科大学」の蔵書印が押されているものがありますが、これにはどこの蔵書印も押されておらず、裏見返しの右側ページの右肩、つまり古書店がその本の売価を書き込むことが多い場所に「2,500」と鉛筆で書かれているので、比較的最近になって古書店で購入したもののようです。とりあえず借りてきました。

<筑波大学には中央図書館、体芸図書館、医学図書館、図書館情報学図書館、大塚図書館と5つの図書館があり、本書は体芸図書館にありました。左から表紙、裏表紙、右は背中。>。

 本書はペーパーバックでモノクロ口絵16ページ、緒言(上掲の「通叢書発刊の言葉」です)2ページ、目次2ページ、本文170ページです。西洋画を扱った本なので本文中に挿絵多数。奥付の裏に「通叢書」の広告があり、次のように書かれています。
 「各四六判・200頁内外・近代美装・写真挿絵多数・定価各70銭(送料8銭)」
四六判は普通の単行本のサイズで、B5判の半分のB6判とほぼ同じ大きさです。近代美装というだけあって表紙・裏表紙のデザインはいかにもこの時代らしいハイカラモダンなもの。斜め格子の市松模様に叢書で扱うテーマを示すシルエットを配し「通」の字を置くデザインは各巻共通で、配色の違いと格子中央列下部に記されたテーマ(本書の場合は「洋画」)で区別したようです。「通」の字のフォントも思い切り洒落ていて、昭和もこの頃はまだ大正モダンの流れを受けた昭和モダンの時代であったのです。
 ところで本書の書名は目次や本文の標題(内題)が『西洋画通』なのに扉と背表紙には『洋画通』とあり、なぜか不統一です。江戸時代の刊本では内題と表紙の題簽の書名(外題)が違っていたりすることがしばしばありますが、この時代で書名が不統一なのは珍しい。

<左写真が『西洋画通』の扉。デザインもフォントも昭和モダンの優美なもの。ここでの書名は「通画洋」・・・いやいや「洋画通」です。「画」という字を使っていますね。
 これに対して右写真が本文の最初のページ。書名は「西洋画通」になっていて、しかも「画」ではなく「畫」の字を使っています。同じ本なのにこんなにバラバラでええんかい?・・・>

 もっとも下の「通叢書」広告でも本来は「天麩羅通」であるはずのところが「天ぷら通」と表記されていて、その辺は基本的にユルイようです。

<左が「通叢書」の広告。上の表に示した巻次順に発刊されていたわけではなさそうですが、これは全集や叢書にはよく見られます。右は巻末に綴り込まれている「通叢書」愛読者カード。裏は葉書になっていて、切手を貼って投函します。昔からあったんですね。>

 1冊70銭という値段がどんな水準であったかについては、いま仮に「平成19年版国民生活白書」の資料編にある「[2]戦前からの物価指数の長期系列」の表のうち、1922年から2006年まで連続している唯一の指数である「戦前基準指数」(1934年〜1936年を1とする卸売物価指数)を用いると、1930年は0.885、2006年は698.4なので、この間に卸売物価はおよそ789倍になったことになります。ということは70銭の「通叢書」を2006(平成18)年に換算すると552円、安めの文庫本1冊分くらいのお値段ですね。本という特定の商品の価格に総合的包括的な、しかも消費者物価指数でなく卸売物価指数を適用するのはいかがなものか、という問題はありますが、おそらく70銭という価格設定は当時としても手ごろな、たとえば標準的なサラリーマンが月に1, 2冊買ったとしてもそれほど懐具合に響かないものだったのではないでしょうか。こんな洒落た装丁のハンディな本が文庫か新書くらいの感じで買えたなんて羨ましい!しかもその中に、戦前の日本に生きていた「難儀な登山をするようにして生活を背中に負っている現代人」の「楽しみの少ない、現代人の退屈な心臓」がどのように癒されていたかがうかがえるとしたら・・・これから古書店などで気をつけて探してみようと思います。

 おっと肝心の『蕎麦通・天麩羅通』(廣済堂文庫)がすっかり霞んでしまいました。これの読後感は別途アップする予定です。









 
| 本のこと | 09:28 | comments(2) | trackbacks(0) | pookmark |
コメント
はじめまして。
通叢書、最近何冊か手に入れたので、面白く拝読しました。
既刊リストの穴埋めですが、「すし通」巻末のリストには、他に「麻雀通」と「歌劇通」がありました。リスト自体が順不同のため、通番は不明ですが。
どこかの出版社が一括で復刊してくれたら、全巻買いたいくらいです。
| ひろ | 2020/02/22 3:58 PM |
ひろ様、コメントありがとうございます。また「麻雀通」「歌劇通」の情報もありがとうございます。
この通叢書、本文にも書きましたが硬軟取り混ぜて大変広い範囲をカバーしていて、本当に魅力的ですね。私も立ち回り先の古書店で探してはみるのですが、その後出会えていません。もし復刊されたら私も全巻買います!
| ほーほ | 2020/02/23 11:53 AM |
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