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代々木・南新宿界隈の台地と谷を歩く
 コントラバスの弓の具合が悪くなり、修理に出すことにしました。私の行きつけの楽器店はJRの代々木駅から西へ延びる道が小田急の線路をアンダークロスする地点のすぐ手前にありますが、この道はトラック等も利用するので、小田急線をくぐるアンダーパスは頭上を通る線路とのクリアランスを確保するためにぐっと掘り込まれています。そのため先日のゲリラ豪雨の際に車が沈むほど深く冠水し、そこへ突っ込んでしまった車のドライバーの救出を報じたテレビニュースのおかげで一躍有名になった・・・でもないか(笑)。
 現在の地形図では建物が立て込んでいて地形が見にくいですが、建物があまりなかった明治30年頃作成の2万分1迅速測図を見ると、この辺りは多摩地方から伸びてくる武蔵野台地の末端で、南東側からの谷がいくつかに分かれて台地を侵食しており、例の小田急線をアンダークロスする道はこの谷のうちの一つに沿っていて、周囲の台地面より一段低いことがわかります。谷と台地の比高は場所によって10〜15mほどもあり、そのために周りからの雨水が一気にこの谷の道へと流れ込み、小田急線のアンダーパスが急激に冠水したわけですが、台地を刻む谷はこれ以外にもいくつかあって、そのためこの辺りはなかなか起伏に富んでいます。さらに車で入るのがためらわれるような細い道が縦横についていて、ふらりと迷い込めば面白いものが見つかりそうな雰囲気が漂っています。
 というわけで、7月14日の月曜日に弓を修理に出すついでに、このあたりをさまよってみることにしました。時間は正午前後の約1時間、例によってカメラ片手に地図は持たず、太い道より細い道を選んでぶらぶらします。エリアとしては小田急の南新宿駅を中心にほぼ半径100m圏内で、ほとんど代々木二丁目のご町内です。
 ちなみにこの日のカメラはニコマートFTNとニッコールH・Cオート50f2、フィルムはネガカラーの業務用フジカラー100。注記のある一部の写真はコンデジのFUJI X20で撮影しました。

  <左は今回散歩した地域の概念図。歩いた時にはどこを回ってどう歩こうという計画は全然なかったし、そもそも地図もなくスマホのマップも使いませんでしたが、結果的には代々木駅からおおむね時計回りに歩いたことになりますね。緑の線が今回歩いたルート(実際にはもっとちょこちょこ脇道に入ったりしてます)で、赤字は記事中に出てくるポイント。地形的には代々木駅から西(左)へ進む道の途中からと、「谷底」から「肉屋ビル」にかけての北西(左上)ー南東
右下)方向の一帯が谷筋、それ以外のところが台地です。谷筋と台地の間は当然のことながら坂になっていて、たったこれだけしか歩いてないわりにはけっこう上り下りがあったなぁという印象。>


 (左写真)まずは代々木駅西口から西へ延びる通りを楽器店へ向かう途中で発見した外階段付きの barアンネ。職住接近でも分離、みたいな?または2階はVIP席とか?残念なことにこの辺には例の楽器店以外には用事がないので、私はこの街の夜の姿を知らないのですが。

 (右写真)小田急線のアンダーパスの手前から北へ坂を上ると台地上を走る小田急を踏切で渡ります。この踏切を渡ってしばらく行くと台地上のいわばミニ山の手地帯となり、道沿いに建つ横文字名前のマンションの駐車場にはベンツ、レクサス等の高級車がひしめいております。ただこの辺りの道はいずれも細く、向こうから来たベンツとこちらから来たレクサスがすれ違うのはちょっと苦しいかもしれません。
 
 (左写真)やがて前方に別の谷が台地に入り込んできて、北へ向かう道はその谷を目指して下り坂となります。このあたりから高級マンションは影をひそめ、細い道に車を停めると交通を阻害してしまうため宅急便のお兄さんが荷車や自転車で配達している姿が目につきます。

 (右写真)坂を下った谷底から西の方を望みます。右手の薬品店の手前は個人商店の青果店で雰囲気は下町。数十メートルの坂一つ隔ててミニ山の手とミニ下町が隣り合うのがこの地域の特徴でしょう。マンションの向こうに見えるのは文化学園大学の建物群。

 (左写真)北へ向かう道をさらに真っ直ぐたどって行くと道は再び台地上へと上り、そこには西新宿の商業地域が広がります。その手前に、なぜか熊本産の飲料を商う自動販売機が。なぜに代々木で熊本製品?しかも下段の一番右の商品は「何が出るかお楽しみ!」で価格は他商品の半額の50円。うう、買いたい!と思ったが、そういう時に限って小銭の持ち合わせがなく、しかも下の方にあるお札受け入れ口は機能しているのかいないのか何となく頼りない感じで・・・次に行った時にはきっと買います!その隣の、くまもんがバンザイしてるデコポン・オ・レも飲みたい。(この写真はX20で撮影)

 (右写真)西新宿の商業地域を避けUターンして再び谷底へ戻り、今度は谷に沿って南東側へ曲がり込みます。しばらく歩くと渋谷区立代々木小学校があります。先に歩いている人が校庭の外側をたどる細い道へ入っていったので、私もそちらへ行ってみることにしました。道は学校の敷地に沿って何度かジグザグを繰り返し、小学校を迂回するような形で再び南東へ進みます。校庭の塀際に花が咲いていましたが名前はわかりません。

 (左写真)この南東への道はずっと谷に沿っており、この谷は南東へ向かうにつれてだんだんと広くなっていきます。一方小田急は始発の新宿駅が台地上にあり、先ほど渡った踏切も台地上にあるので、坂の上り下りを防ぐためにその間にあるこのやや広い谷を高架でまたいでいます。そこで代々木小学校を迂回した道は小田急の高架下をくぐることになります。真上は南新宿駅のホームです。
 高架下の向こう側には左手に奥の湯(銭湯)、向こうの右手に酒屋。足立区にある私の母の実家の近くの商店街みたいな感じです。高層ビルが建ち並び世界一の乗降者数を誇る新宿駅からほんの数百メートルしか離れていない谷間の一角にこんな商店街と銭湯・・・何だか不思議。
 奥の湯はもちろん現役で営業中(16時から24時、土曜日定休)で、銭湯にはつきもののコインランドリーも高架下をくぐる手前にしっかりありますが、マッサージ椅子や瓶入り牛乳などの小道具があるかどうかまではわかりません。

 (右写真)高架下の先の商店街の通りをそのまま真っ直ぐ進むと最初に歩いた代々木駅から西へ延びる道に出てしまうので、適当な所で左に折れてみると、角に肉屋の入った年代物のビル。背景の新宿駅の南側に建ち並ぶ高層マンションやオフィスビルに負けない、リアルでたくましい存在感がいいですね。私も数年ですが東京都心のオフィスビルで仕事してましたから、あのオフィスビルやマンションの一つ一つの窓の向こうにも、やっぱり泣いたり笑ったり怒ったり怒られたり悩んだり愉しんだりetc. の人生があるのは承知してますが、それでも抗菌消臭防音空調完備のオフィスで流す汗や涙ってやっぱりしょっぱいのかい?という気がどうしてもしてしまいます。しょっぱくなくて変に苦いんじゃないか、とか・・・まあ田舎の四季の花鳥虫が大好きな私には向いてないんです、都心は。

 (左写真)肉屋のビルの前の通りを、さっきまでとは逆に再び小田急の高架へ向かって歩いて行くと、南新宿駅の入口がありました(この写真は肉屋ビル方面を振り返って撮影しています)。そうかここにあったのか、駅の入口。新宿と参宮橋にはさまれた下町の駅。

 (右写真)だいぶ下町地域を逍遥してのども渇いてきたし、お昼休みになったと見えて制服を着た人たちやノーネクタイのサラリーマンが3人5人と連れ立って歩く姿が目立つようになってきました。そんな人の流れの中を台地の方へ上がっていくうちにやや大きなビルの裏手に来ましたが、このビル、そんなに古いとも見えないのに半円形の窓があったり曲面があったりと、震災復興期や戦前昭和の建物のようなデザインが垣間見えます。むむ、これは?と正面側に回ってみると、そこに踏切がありました。新宿駅を出て南西に向きを変えた小田急線を渡る踏切で、脇に歩道橋というか跨線橋がありますが、わざわざ階段を上がって跨線橋を渡る人は誰もいません。しめしめ、この跨線橋の上からなら通過する電車とビルがゆっくり一度に撮れるわいと私は一人跨線橋に上がりました。やって来たのが運悪く下り電車で、架線が邪魔になって電車はきれいに撮れませんでしたが、ビルの正面は半円形の窓枠、曲面の壁、跳ね上げ窓などがあって、当然ながら裏側よりいっそう味わい深いです。
 このビルは小田急南新宿ビルといい、1988年の竣工のようですが、なぜこんな古風なデザインなのか。ひょっとしたら先代のデザインを受け継いだのかな・・・と思ってネットで調べてみたら、ずばりビンゴでした(こちらをご覧ください)!ここにはもともと昭和2(1927)年竣工の小田急電鉄の旧本社があり、これを引き継いだ現在の小田急南新宿ビルは旧本社のデザインをほぼそのまま残しているのです。そしてその旧小田急電鉄本社の設計者は、銀座四丁目のシンボル和光や終戦直後の一時期GHQの本部にもなった第一生命館を手掛けた渡辺仁。和光や第一生命館よりだいぶ小ぶりで地味なのであまり知られていないのでしょうが、まったく偶然に、しかもその裏側を通りすがっただけの私にすらただならぬ気配を感じさせるあたり、間違いなく名品でありますね。改築の際にもこのデザインを残してくれた小田急の英断に感謝です。いやぁいいもの見つけた♪

 (左写真)さて、もうそろそろ代々木へ戻ろうかと歩きながら適当な小道へ曲がり込んでみると、こんな建物発見。びっしりとツタがからんだ人気(ひとけ)のない二階家で、比較的新しく見える煉瓦の構築物にもプレートがはまっていませんが、袖看板には「茶道 表千家 いけ花 池の坊 稽古所」とあります。今も使われているのだろうか。そして着物姿の娘さんがお稽古の合間に2階の窓の手すりにもたれて一息入れたりするのだろうか。いいなあ、そんな光景も見たいものです。(X20で撮影)
 ところがこの道はどうも行き止まりで、アパートやら他人様のお家やらの間をすり抜けないと通り抜けられないようなので、結局元の道へ戻って代々木駅へ向かいました。今日の散歩も、これまで。

 今回は同じご町内の中に台地上のミニ山の手・商業地域と谷間のミニ下町が交錯し隣り合う代々木二丁目を歩き、はからずも渡辺仁の手になる名品に出会うこともできました。出先で気になる所があったら歩いてみるものですね。
| 地域とくらし、旅 | 09:34 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
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