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リヒャルト・シュトラウスのオペラ全集を聞く:1.グントラム
グントラムCD と解説書  先日購入したリヒャルト・シュトラウスのオペラ全集。手始めに彼の最初のオペラ「グントラム」を聞きました。ところがこの「グントラム」、本件のベースノートに書いた通り libretto(台本)が容易に入手できません。しかもこのオペラ、ただ聞いてみた感じでは正直それほど大した作品ではないように感じるのですが、少なくともリヒャルト・シュトラウス自身にとってはなかなか重要な意味を持つ作品のようで、関連資料を読むのにも時間がかかったという・・・まあ読んだ資料が英語だったせいもありますが。

<写真はCDセットの解説書と「グントラム」のCD。CDそのものは紙のジャケットに1枚ずつぽんと入っているだけで、ジャケットにも大した情報は載っていません。まあ1枚あたり300円ですからあまり贅沢は言えない。CD番号が19と20になっているのは、この全集の配列がベースノートに書いた通り「オペラのタイトル中の初出の名詞のアルファベット順」になっているせいです。>

 とりあえず作品の大まかなプロフィールをまとめておきましょう。

グントラム 作品25
全三幕のオペラ
台本:リヒャルト・シュトラウス(作曲者自身)
作曲年:1892(または1888)-1893(初版)
    1934-1939(改訂版)
初演:1894年5月10日 ヴァイマール宮廷歌劇場 作曲者自身の指揮(初版)
   1940年10月29日 ヴァイマール パウル・ジクスト指揮(改訂版)

 上記はCDセット付属の解説書とIMSLPのデータによっています。ここで気になるのはIMSLPのデータで1934年から1939年にかけて改訂が行われたとされている点ですが、改訂の具体的な内容についてはIMSLPにも情報はなく、CDセットの解説書に至っては改訂されたという記述そのものがありません。幸いIMSLPには1903年出版、すなわち改訂前の初稿に基づくスコア(Adolf Fürstner, Berlin)がアップされているので、これを眺めながらCDを聞いてみました。言うまでもなく初見でシュトラウスのスコアを読み取ってCDとの差異を細かく拾い出すなんてことは到底私の手には負えませんが、それでもこのCDの演奏が初版のスコアどおりでないことははっきりわかりました。
 たとえば第一幕では湖に身を投げようとしてグントラムに救われたフライヒルトとグントラムがその直後に交わす会話、第二幕では序曲の後半からそれに続く道化師とロベルトとの会話(スコアではここにリュートが使われている)、グントラムが自らの宗教的心情を切々と訴えて満座を感動させる場面、誤ってロベルトを殺してしまったグントラムが捕えられた後のフライヒルトのモノローグの後半、第三幕では修道僧の聖歌の後半とそれに続くグントラムのモノローグ、結社の規則に従うよう説得するフリートホルトとグントラムの会話のかなりの部分、それに続くフライヒルトに別れを告げるグントラムのモノローグの前半など、舞台上のアクションが少なく歌ばかり延々と続いているであろう箇所を中心に、それぞれ数十小節以上に及ぶ大規模なカットがいくつも加えられていて、第二幕などは目の子ですが半分近くまで刈り込まれているのではないかと思われるほどです。
 また一部のオーケストレーションが変更されている(最もはっきりわかるのは第三幕冒頭の修道僧の聖歌の伴奏のうちティンパニのロール以外の削除)ことも確認できました。歌劇の上演においては特定のナンバーなど一部がカットされることはままありますが、本CDで行われているカットは全体で優に数百小節に及ぶと思われる大規模なものですし、オーケストレーションの変更も作曲者以外にはなかなかやりにくいことであろうと思われます。今のところ私はこの大規模なカットと一部のオーケストレーション変更が1934年から1939年にかけて行われた改訂の内容だと断定できる資料は持っていませんが、少なくとも今回聞いた演奏が1894年初演・1903年出版の初版どおりの演奏ではないことは確かです。この辺の事情はCDまたは解説書にクレジットしておくべきなんじゃないでしょうかね、Deutsche Grammophonさん!

 ・・・しかし初版のスコアと演奏を見比べながら聞く作業はおそろしく疲れました。「あッ今飛んだ!どこどこ、次どこッ!?」って、予告もなくしかも何回もですからねぇ。飛んだことはすぐわかりますが、問題は飛んだ先を見つけることで、かろうじて聞き取った歌詞やオーケストラの特徴的な音型をもとにPC上に映したIMSLPのPDFファイルのスコアをマウスをぐりぐりしながら探す(もったいないのでプリントアウトはしていない)のですが、半日もこれやってると気力・体力とも消耗します。第三幕の最後の方は集中が切れ、一番最後のカットの飛んだ先なんてもうどうでもよくなっちゃって、あらかじめPC上のスコアをCDの最終トラックの始まる所(各トラックの冒頭の歌詞は解説書でわかるので)まで送っといて、音を聞きながら「あ、やっと来た来た♪」なんて具合で・・・はぁ・・・
 さて、順序が後先になってしまいましたが、少なくともネット上には libretto が出回ってないようなので、CDの解説書所載の Synopsis の英語版(一部ドイツ語版も参照)を参考にしながら私がまとめた「あらすじ」を以下に示します。

第一幕
 13世紀中ごろのドイツ。森の中の湖に近い空き地。「愛の戦士団 Bundes der Streiter der Liebe」というキリスト教精神に基づく結社のメンバーであるグントラムとフリートホルトは、専制的で苛酷な領主ロベルトの下で飢えにあえぐ領民たちに食料を配っている。ロベルトは領民たちの反乱を鎮圧したばかりだったが、その反乱も元は彼の苛政が引き起こしたものだった。ロベルトの妻で「貧しき者の母」と讃えられる心優しく美しいフライヒルトも、今や領民たちを援助することを禁じられていた。やがてグントラムから施しを受け取った者たちは四方へ別れてゆき、一人になったグントラムは自然の美しさと人間の惑情がもたらす悪について瞑想に耽る。彼は自分をこの虐げられた人々の地へ導いた主なる神に感謝し、苛酷な領主ロベルトの心を彼の歌で和らげたいという彼の計画への神の加護を祈る。
 と、彼は突然湖に向かって走るフライヒルトに気付き、湖に身を投げようとした彼女を救う。彼は絶望した様子のフライヒルトに同情するが、彼女が貧しい人々の庇護者であるのを知り、同情は愛情に変わる。
 彼女を呼ぶ声が聞こえ、やがて彼女の父親である老領主が現れ、グントラムに娘の命を救ってくれた礼を述べる。老領主はグントラムに対する感謝の気持ちから、貧しい人々に食料を与えてもらいたいというグントラムの希望を聞き入れる。しかしそのことを知った領主ロベルトは激怒し、グントラムに対する猜疑心をつのらせる。

第二幕
 領主の宮廷の広場。反乱に対する勝利の祝宴が開かれている、歌を歌うために招かれているグントラムは、この場の人々に自分の倫理的な信条を理解させ感銘を与える自信が持てず歌うのをためらうが、フライヒルトの悲しそうな様子を見て発奮し、ハープを取り上げると「平和の歌」を歌い、平和の有難さと戦の恐ろしさを対比して見せる。
 そこへ突然使者が駆け込んできて、再び反乱者との戦が始まったことを告げる。人々は平和を求めるグントラムの熱烈な訴えに心を動かされるが、嫉妬に怒り狂った領主ロベルトはグントラムを捕えるよう命じる。家臣らが躊躇したため領主ロベルトは自ら刀を取ってグントラムに襲いかかるが、身を守るため応戦したグントラムによって逆に殺されてしまう。愕然とした老領主はグントラムの逮捕を命じ、グントラムは抵抗せずに捕らわれる。残されたフライヒルトは悲痛なモノローグでグントラムへの愛を歌い上げる

第三幕
 地下牢。殺された領主を弔う修道士たちの聖歌が響き、グントラムは後悔と自責の念に沈んでいる。フライヒルトが現れ、自分を救ってくれたグントラムに対する愛を情熱的に告白し、一緒に逃げてくれるよう懇願する。そこへ結社の仲間フリートホルトが現れ、結社の裁きを受けて殺人の罪を償うようグントラムに迫る。しかしグントラムは、あれは正当防衛で殺人の罪には当たらないから結社の裁きは受けないと釈明し、真の罪は彼がロベルトの妻を愛してしまったことにあり、この罪ゆえに彼はフライヒルトへの愛を断ち切り、残る生涯を孤独のうちに過ごさなければならないと言う。これを聞いたフリートホルトはグントラムから去る。グントラムはフライヒルトに向かって、自分は彼女のもとを去って孤独のうちに過ごすが、これまでロベルトが治めていた領地は今では彼女のものであり、彼女は権限も手段も得たのだから、これからも善行を続けるよう励ます。二人は互いに別れを告げ、音楽は力強く盛り上がり、やがて変ト長調の主和音の弱奏で穏やかに閉じられる。

 あらすじは以上です。
 ちなみに、この歌劇全体を閉じる変ト長調(フラット6つ)という調は微妙な性格の調で、弦楽器の開放弦の音(ド・ソ・レ・ラ・ミ)全てにフラットがついて開放弦の共鳴が完全に封じられ、くすんだ響きになります。オペラの終わりがめでたしめでたし万々歳のハッピーエンドではないことが、この微妙な調性を選択したことで強調されているように思われます。

 この「グントラム」はワーグナーの影響下で書かれたオペラで、所々に交響詩「ドン・ファン」(1888年)を思わせるような才気走った動きや響きが聞かれるものの、基本的にはワーグナーの楽劇の世界そのものと言ってよいでしょう。作曲者自身が台本を書くのもワーグナー流ですし、中世ドイツという設定も「タンホイザー」や「マイスタージンガー」を彷彿とさせます。
 しかしこの「グントラム」は全く成功しませんでした。CDセットの解説書所収のナイジェル・シメオネによる概説によると、初演でフライヒルトを歌ったパウリーネ・デ・アーナとその数か月後に結婚できたのがシュトラウスにとって唯一の収穫で、彼は「グントラム」の失敗をその後6年間にわたって引きずり、その間舞台作品を全く書けなかったということです。それでもシュトラウス自身は「グントラム」を気に入っていたようで、彼が1898年に書いた交響詩「英雄の生涯」の「英雄の業績」の部分には、「グントラム」からの引用が他のどの作品よりも多いのだそうです。

 さらにアメリカの音楽評論家アレックス・ロス Alex Ross(アメリカンコミックのアーティストとは別人!)はその著書 "The Rest is Noise : Listening to the twentieth century"* の中で「グントラム」に触れ、シュトラウスの最初のプランの結末では、グントラムが自分の行動は正当化しながらも自分が属する結社の精神に背いたことを認め、聖地パレスチナへ懺悔の巡礼に出ることになっていたこと、後にシュトラウス自身が今の形、すなわちグントラムが結社からも逃れ、愛する人からも逃れ、キリスト教の神からも逃れるという結末に変更したこと、そしてそれが著書『唯一者とその所有』の中で「あらゆる形態の組織化された宗教は組織化された団体と同じく、道徳規範や義務や法といった幻想の中に個人を閉じ込める」と論じた19世紀初頭のアナーキスト思想家マックス・シュティルナーの影響によるものであったことを示し、シュトラウスの次のオペラは道徳や法に縛られないトリックスターのティル・オイレンシュピーゲルを讃えるものになるはずだったが結局実現せず、しかしその精神は交響詩「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」(1895)に結実した、と論じています、つまり最初のプランでは「タンホイザー」や「マイスタージンガー」のようにワーグナー的であった「グントラム」は、作曲の途中でシュトラウスがアナーキズムに傾倒したため、団体の道徳規範や規則や信仰に従わない、いわば反ワーグナー的な結末を持つ作品に変化し、その延長線上には「ティル」がいたのだというわけで、これはなかなか刺激的な論でした。ロスによると、熱烈なワグネリアンでシュトラウスをもワグネリアンに翻意させ「グントラム」を書かせた張本人であるアレクサンダー・リッターは、「グントラム」の変更後の結末を「反道徳的」「ワーグナーに背くもの」「真のヒーローが自分の属するコミュニティを否定することなどあり得ない」と非難し、シュトラウスはこれに対して、グントラムが属する結社が芸術と宗教を一致させようとしたのが愚かなことだったのだと反論したそうです。

 ロスの論に従えばシュトラウスは「グントラム」を今の形で完成させることでワーグナー的イデオロギーの束縛から脱したわけで、「英雄の生涯」にこのオペラから多くを引いたのも、そうした感慨があったのかも知れませんね。
 それと、「グントラム」がもし最初のプラン通りワーグナー的に聖地への巡礼で終わっていたら、つまりワーグナー的イデオロギーのまま終わっていたとしたら、おそらく変ト長調などという調ではなく、もっとはっきりとした性格の調で終わっていたのではないかとも思いました。たとえば「タンホイザー」でタンホイザーがローマへの巡礼に出る第二幕を閉じるロ長調(シャープ5つ)とか。変ト長調ってあまり使われることがない、多少なりとも特殊な調なので、歌劇全体をこの調で終わらせたことについて、ついついあれこれと考えを巡らせてしまいます。

 さて、作品の説明に膨大な字数(と時間 ^^;)を費やしてしまいました。というわけで、ようやく演奏を聞いた感想を書きます。実は私、リヒャルト・シュトラウスのオペラでは唯一「サロメ」を聞いておりまして、あれに比べると全然おとなしい。とにかくワーグナーの楽劇調です。それでも上に述べた通り所々「ドン・ファン」を思わせるような瞬間はあります。場面々々で特徴的な動機が出てきますが、ライトモチーフという使い方では多分ないと思います。でもスコアのカットのチェックで消耗しながら聞いていたので、全体が見えていません。もう一回聞くか・・・?
 なお演奏者と録音データは次のとおり。

グントラム:ライナー・ゴルトベルク(T)
フライヒルト:イローナ・トコディ(S)
老領主:シャーンドル・ショリョム=ナジ(Bs)
領主ロベルト:イシュトヴァーン・ガーティ(Br)
道化師:ヤーノシュ・バーンディ(T)
老いた男:アッティラ・フューレプ(T)
老いた女:タマラ・タカーチュ(A)
フリートホルト:ヨーセフ・グレゴール(Bs)
使者:パール・コヴァーチュ(Br)
若い男1:タマーシュ・バートル(Bs)
若い男2:ヤーノシュ・トート(Bs)
ハンガリー陸軍合唱団
ハンガリー国立管弦楽団
指揮:イヴ・クウェラー
録音:ブダペスト イタリア協会 1984年
(ハンガリーの方の名前の読みはちょっと自信ありません・・・)

 演奏は大変しっかりしていて、オーケストラ、歌手ともに聞いていて耳に引っ掛かるところは特にありません。ハンガリーの歌手のドイツ語もきれいです。イヴ・クウェラー(ケラーとも)はオペラ、それもあまり演奏されないものも得意にしている指揮者で、歌手とオーケストラの間をよく取り持っていて破綻がありません。
 録音はちょっと淡白で地味な感じで、リヒャルト・シュトラウス感は薄いかなぁという気はしますが、基本的にワーグナー的なオペラだし嫌味がなく聞きやすいと思いました。もっとも普段からオペラは聞かず、録音の良し悪しもあまり気にしない私の感想ですので、「まぁ聞きづらくはないらしい」くらいに聞いておいていただければ間違いないかと思います。
 ただ、使用版の記載がないのは問題ですね。

 もしシュトラウスの最初のプランと初版と改訂版の libretto を比べてそれぞれの出入りを見られたら面白いだろうなぁと思いました。篤志家の方どなたかおやりになりませんか?

 さて、次は第2作「火の危機(火の消えた町)」を聞きますが、いつになるかはまったく予測できません。しかもこれも libretto が手に入っていないオペラなので、スコアと首っ引きで聞かなければならない予感・・・
| リヒャルト・シュトラウスのオペラ全集を聞く | 16:23 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
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