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2014年2月奈良行き 7.登美ヶ丘から大阪経由東京へ エピローグ
(承前) さて、学園前周辺で見ようと思っていたものはこれで全て見たので、学園前駅から伸びる「やすらぎの道」に戻ってさらに北へと歩き、登美ヶ丘を経て近鉄けいはんな線の学研奈良登美ヶ丘駅を目指します。
 小学生時代の私の行動範囲の北限は鶴舞小学校の少し先、今「万代」のある所に広がっていた田んぼと小川までで、大渕池すらせいぜい2、3回、その先の登美ヶ丘はたぶん1回しか行ったことがなかったと思います。登美ヶ丘は鶴舞団地と同じくもともと何もなかった丘陵地を50年ほど前に開いて作られた地域で、登美ヶ丘の「とみ」はトミノナガスネヒコから来ていることは以前このブログでも書きました。小学生の頃に行ってみた時の印象はとにかく一戸建ての家がどこまでも続いているというものでしたが、今回歩いてみてもその印象は全く変わりません。松伯美術館の周辺からして大きくて立派な一戸建てが立ち並ぶ高級住宅地で、団地とは全然違う世界が広がっていますし、「やすらぎの道」を北へ北へと歩くと、道の両側に一戸建てがどこまでも数限りなく建ち並んでいます。
 さて、そのように一戸建てが果てしなく立ち並ぶ中に、鶴舞団地と似た感じの中登美団地という団地群があります。中にショッピングセンターがあるところもかつての鶴舞団地と同じですが、このショッピングセンターに入っているお店の一覧の案内看板を見ていて、何と古書店が入っているのを発見!団地のショッピングセンターに古書店ですよ。意外も意外だし、そもそも古書店とあれば普段なら一も二もなく行ってみるところですが、ショッピングセンターが通りからかなり入ったところにあるのと、とうにお昼を回ったのにまだ朝食を済ませていないのと、JR奈良駅に降りてからは近鉄奈良駅から学園前駅までの電車の中で座ったのと松伯美術館で2、3分座った以外はずっと歩きづめで疲れていたのとで、今回は見送り、しかも案内看板の写真を撮るのも失念してしまいました。次に奈良に来るときは大阪から近鉄けいはんな線を完乗してここに来て、奈良市の古書店めぐりをしようかなあ。そのときはちゃんと朝ご飯食べてから来よう。

学研奈良登美ヶ丘付近  中登美団地は鶴舞団地より少し遅れて1967年頃から入居が始まったようですが、鶴舞団地がリニューアル中であるのに対しここはまだまだ当時の建物が現役(もちろんきちんと手入れされています)で、周囲には幼稚園、小学校、中学校、県立登美ヶ丘高校があります。そして2006(平成18)年3月の近鉄けいはんな線の開通を契機として、中登美団地の北側一帯にマンションや商業施設が続々と建設され、さらに2008(平成20)年度から翌年の2009(平成21)年度にかけて、奈良学園の登美ヶ丘幼稚園・小学校・登美ヶ丘中学・登美ヶ丘高校の開園・開校、大和高田市から奈良文化女子短期大学の移転などもあり、大阪に通勤する子育て世代を呼び込み定着させるインフラが着々と整ってきた結果、この辺りには子供や若い世代の人々の生活が醸し出すどことなく華やいだ雰囲気と活気が感じられます。それはちょうど私が住み暮らしていた頃の40年前の鶴舞団地を思わせ、私はなんとなくほっとしました。
<上の写真は奈良学園幼稚園・小学校・中学・高校と周辺マンション群。40年前の私にもそうだったように、あなたたちの前にも未来の奈良があるよ!>
 学研奈良登美ヶ丘駅 さて、学研奈良登美ヶ丘駅に着きました。駅に向かって左手にはイオンモールがあり、ちょっと離れたところにもライフ、コーナンなどのチェーンストアが集まっているエリアがあります。うーむ、まずは飯だよ飯!ということで、イオンモール2階のフードコートへ。もう午後1時半ですよ。
イオンモール奈良登美ヶ丘を望む<右写真は学研奈良登美ヶ丘駅。左写真は駅前からイオンモールを眺めた図。>

旅鞄いっぱいの京都・奈良  イオンモール2階フードコートの「リンガーハット」でようやくこの日最初の食事を済ませ、せっかくなので3階の旭屋カルチャースクエアで奈良本を物色。 旭屋書店は大阪と東京に展開する大手の本屋さんですから地元だけのローカルな出版物をえぐるような品ぞろえは期待してませんでしたが、『旅鞄いっぱいの京都・奈良 〜文房具と雑貨の旅日記〜』(堤信子 2012 エイ(木へんに世)出版社:右写真)を購入。別に地元の出版社の本じゃないのでその気になればどこでも買えますが、まあ奈良で見つけた奈良の本ということで。(半分 京都だけど)

 学研奈良登美ヶ丘駅に戻り、いよいよ奈良を離れます。この駅は近鉄けいはんな線の終着駅で、けいはんなとは「都・大良」ですが、今の近鉄けいはんな線は京都府域は全く走っておらず、実質的には奈良と大阪をつなぐ通勤路線ですね。学研奈良登美ヶ丘からさらに先へ延伸されれば関西文化学術研究都市(学研都市)の中心である京都府相楽郡精華町に入りますが、それはもう少し先になりそうです。
 この日は学研登美ヶ丘駅から生駒駅までけいはんな線を初体験、そこから近鉄奈良線に乗り換えて大阪のコリアンタウン鶴橋で大阪環状線に乗り換え、さらに大阪駅で東海道線に乗り換えて新大阪駅から新幹線で東京へ戻るつもりです。私が奈良に住んでいた頃に両親の実家(愛知・東京)に行くときは、学園前−鶴橋−大阪−新大阪というルートでした。学園前から大和西大寺で近鉄京都線に乗り換えて京都から新幹線というルートもあり得ましたが、なぜか新幹線にはいつも新大阪から乗っていましたね。実はうちの親も完乗志向の隠れテツだったのか?

車窓から東大阪市街  近鉄けいはんな線は学研奈良登美ヶ丘を出ると学研北生駒、白庭台とそれぞれ1劼販イ譴討い覆け悗魴个董▲肇鵐優襪婆霤諜嵶曜棉瑤鬚ぐって近鉄奈良線の生駒駅に入ります。このまま乗っていくと新石切から長田を経て大阪市営地下鉄のコスモスクエアまで行きますが、私はここで奈良線に乗り換えて、以前こちらにも書いた生駒山の西側に展開する東大阪市の街を見ながら鶴橋へ。この日はまだ時間が早いので夕焼けではありませんが、子供の頃に見慣れた低平な東大阪の街をひさしぶりに見ました。

 その後は鶴橋・大阪・新大阪経由で東京行き「のぞみ」の自由席を首尾よく確保。新大阪駅を出たのが16時10分でまだ明るいけど、ここはやっぱり缶ビールとチーズちくわで一人宴会ですよ。

 思えば今朝の6時過ぎに夜行バスで京都に着いてから10時間しか経っていませんが、濃い一日でした。京都から奈良へ行くJR奈良線では黄檗駅から木津駅までたった一人で通学する謎めいた女子高生に会い、JR奈良駅前で棚田嘉十郎の碑を見て彼を偲び(2.京都からJR奈良駅へ 棚田嘉十郎碑)、昨年12月に亡くなった高校の後輩佐保子さんゆかりの佐保川へ行ったら思いがけず大佛鐵道記念公園に導かれ(3.JR奈良駅から佐保川へ)、車窓から大極殿が再現された平城宮跡を見ながら訪れた学園前では青池は干上がり(4.学園前、青池)、40年前に住んでいた鶴舞団地の41号館はもう壊されていましたが(5.鶴舞団地)、偶然見つけた「おばさんショートカット(仮名)」では奈良のお母さん(笑)に会い、水を落として掃除中の大渕池を渡って訪れた松伯美術館では「根がついていれば、それでいい」という言葉に出会い、美術館の屋根越しに近々リニューアルされて消えてしまうであろう鶴舞団地を眺めました(6.おばさんショートカットと松伯美術館)。学研奈良登美ヶ丘駅周辺では40年前の鶴舞団地のような若々しい雰囲気に触れ、生駒山の西麓からは東大阪の街を眺めました。
 最初この旅を思いついたときには、棚田嘉十郎、佐保子さん、青池、鶴舞団地などとの惜別と鎮魂の旅、ちょっと寂しい暗い旅になりそうだと思っていましたが、思いがけない出会いがいくつもあり、別れと出会いが交錯するいい旅になったなぁ・・・と思っているうちに、ビールの酔いも手伝ってついうとうととしてしまい、おそらくすっきりと見えたであろう夕映えの富士山は完全に見逃して、気づいた時にはもう新横浜の直前でした。

 いつかまた行こう、奈良。
| 地域とくらし、旅 | 16:37 | comments(2) | trackbacks(0) | pookmark |
コメント
ほーほ様

小生 、2010年頃に 貴ブログ「団地の少子化」にコメントを致しました AK でございます。お元気でお過ごしでしょうか。たった今、ほーほ様が2014年に鶴舞団地を再訪された記事を見つけ、遅ればせながら感激してコメントをしております。ブログ発見が遅れコメントのタイミングが悪くすいません。ほーほ様の詳細なレポートのお陰で、またしても記憶がいくつも蘇って参ります。

再訪された2014年当時、41号館がなかったということは 当然ながらわたくしの住んでいた40号館も取り壊されていたのでしょう。遂に、わたくしたちの鶴舞団地は記憶の中で確認するしかない思い出になったわけですね。忙しさにかまけて行ってみなかったこと、改めて大事な機会を逃したと悔いております。ほーほ様が明るい語り口でレポートされているのが救いです。

わたくしは40号館で生まれて小学校2年生迄を過ごしたのですが、記憶は月日を経る毎に美しくなります。特に 今日のように年末の寒い頃は、団地の小さい部屋で、元気だった家族とのクリスマスやら紅白歌合戦やらを思います。2014年に生まれました我が子にもアレと同じくらいの愉快な思い出を残してあげれたらと思っています。

2010年のわたくしのコメントにお返事頂いた中に、40号館にも親しい鉄道ファンのご友人がいらした、とありました。はばかりながら 伺いますが、もしもその方が Inu*さんとか Furum**さんというお名前ではありませんでしょうか(公開コメントですので、念のため一部を*で伏せました)。もしもそうでありましたら、益々懐かしさが増します。と言いますのも、わたくしが赤ん坊のときに、特にInu*さんの妹さんがよくウチに来て随分と可愛がってくださったということを母から聞いたからです。ともあれ、母ともしばし懐かしい話に花が咲いたのもほーほ様のお陰です。
インターネット時代にはなかなか慣れないわたくしですが、昔ならば事後確認の仕様の無い、消えて無くなりそうな一期一会の事実を、ネットを通じてこうして確認出来るというのは、大袈裟かも知れませんが生きる糧になると思います。魂のビッグデータ、とでも言いましょうか。

こんなことばかり書き連ねていると、現在よっぽど充実してないと思われてしまいそうですけども、、、懐かし過ぎて気が狂いそうなわたくしですが、この気分を「あの日々と同じくらいの良質な時間を家族と一緒に持ちたい」という基準になるまで消化・昇華したいと思います。そんな時間が過ごせるよう精進していきたいと思います。

脳の引き出しは偶然によってしか開かないものも御座います、ほーほ様の再訪報告ブログが又してもわたくしの活力となりました。ほーほ様のブログがなければ思い出すきっかけもなかったと思います。ありがとうございました。

寒くなって参りましたが、どうぞお元気でお過ごし下さい。

AK
| AK | 2016/12/16 8:22 PM |
AKさま、コメントありがとうございます。このところ多忙でご返事が遅れてしまい、申し訳ありません。

今回歩いてみて、学園前駅からせいぜい大渕池までのほんのせまい範囲の中に、なんとたくさんの思い出がつまっていたことか、改めて思い知りました。人生の中でおそらく最も多くのことを吸収する年代に、少なくない年数を過ごした場所なのですから、当然といえば当然ですが、わたしたちはその後その場所から切り離されてしまったために、わたしたちが過ごした時間と場所をそっくりそのまま記憶の中に留め、きっかけさえあればそれを取り出して、当時のままの姿で懐かしむことができるのですね。そして今回のようにそれから数十年を経た現地を訪れて現状と記憶を重ね合わせて驚いたり感動したりできるというのは、今となっては幸せなことと思われます。

当時鶴舞団地の東側の42号館から南側は全て取り壊して工事中で、AKさまの40号館も既に取り壊されていました。40号館に住んでいた鉄道模型好きの同級生の名前ですが、残念ながら今はもう思い出せません・・・

それにしても、2014年2月に訪れてからもう3年近くが経つのですね。試しにGoogleのストリートビューで学園前駅から鶴舞団地方面へ歩いてみました。42号館から南側は工事も終わり、もうすっかり建て替えられてきれいになってます。鶴舞ショッピングセンター辺りから見ると42号館は私が訪れたときのままに残っていますが、このストビューの撮影が2015年3月だそうですから、おそらく現状とは違っていることでしょう。シンボルタワー的存在の給水塔も写っていますが、今はどうなんでしょうか。おばさんショートカットの辺りも見てみたいですが、そんなところまで撮影されているはずもなく(笑)・・・小学生時代の記憶と2014年の記憶を携えて、またいつか鶴舞団地を訪れてみたいです。その節はまた詳細なレポートをアップいたします。

2010年のコメントには、AKさまは海外にいらっしゃるように書かれていましたが、その後いかがお過ごしでしょうか。どうぞよいお年をお迎えください。
| ほーほ | 2016/12/22 8:48 AM |
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