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2014年2月奈良行き 6.おばさんショートカットと松伯美術館
(承前) さて、私が鶴舞団地と鶴舞幼稚園の敷地を仕切る柵に施された怪しい工作の写真を撮っていると、そこへ買い物袋を提げた品の良い老婦人がやって来ました。その姿を見た途端、私はこの怪しい工作、幼稚園の柵を越えようとする「試み」の目的を一瞬にして理解したのです。ああ、これは団地のおばさんたちが買い物に行くための近道、「おばさんショートカット(仮名)」や!

 この「おばさんショートカット(仮名)」を説明するには地図の力を借りないとちょっと難しい。
おばさんショートカット関連地図
 上の図の上端近くを見ていただくと、赤い枠で囲った「鶴舞小学校」、その左隣に鶴舞幼稚園(○の中に「幼」の記号)があり、そのさらに左に「万代」と注記された建物があります。この「万代(まんだい)」は○の中に「百」の記号、すなわち「デパート・スーパーマーケット」の記号が示す通り、現在鶴舞団地から最も近いスーパーで、実際に行ってみると郊外型の大型食品スーパーです。
 ところでこの辺りの地形に注目してみると、まず「鶴舞小学校」の字の上に「・122」という表示があり、ここの標高が122mであることがわかります。また「万代」の左下の方に「・110」という表示があるので、ここは標高110m。さらに鶴舞小学校と 「万代」との間に「がけ(土)」の記号が連なっているので、鶴舞小学校や鶴舞幼稚園、鶴舞団地のある面と「万代」がある面は、高さ約12mの土の急斜面で隔てられていることがわかります。実はこの「万代」がある辺りは「万代」の北側を細々と流れている川が作った谷で、私が住んでいた頃は「万代」など影も形もなく、ただ小川と田んぼが広がっているばかりでした。そして鶴舞小学校の校庭の外れからこの谷に向かって、標高差12mの草の急斜面を段ボールをお尻に敷いて滑り降りるのは大変スリルがあって面白かったのですが、これは学校から禁止されていたので禁断の愉しみでありました。
 閑話休題、改めて地図を見ていただくと、「万代」の少し南で学園前駅から来る道から東へ分かれ、「万代」の南側のがけの上を通って鶴舞小学校に至る、緩いS字カーブを描いている道があります。この道は北側の登美ヶ丘方面から鶴舞小学校・幼稚園に来る子供たちのための通学・通園路で、この道が学園前駅からの道から分かれる点から少し北に「万代」に通じる道があります。ところで、学園前駅からの道には「やすらぎの道」という名前がついているらしい(地図の「青池」の左あたりに書いてある)。私が住んでいた頃は誰もそんなこと言ってませんでしたけどね・・・。しかし「やすらぎ」と言えば、近鉄奈良駅前から佐保橋へ行く道が「やすらぎ通り」でした。うーむ、今回の旅のキーワードはどうやら「やすらぎ」らしいぞ。ちなみに「青池」の左側の赤で囲った「水道局西部営業所」というのが前回登場した給水塔の場所です。ご参考まで。
 再び閑話休題、地図でわかるとおり、鶴舞団地からは直接北側へ出ていく道がありません。団地ができた当時、北側には小学校・幼稚園と崖と小川と田んぼしかなく、また商店は鶴舞ショッピングセンター(前回見た通り今は床屋さんしかやってませんが、昔はスーパーと商店がいくつかあった)あるいは学園前の駅前や青池の商店街など全て南側にあったので、団地から北側へ出ていく必要はなかったのです。しかし今では団地に最も近い大型食品スーパー「万代」も、その少し先にあるやはり大型店の生協(ならコープ学園前。そういえば以前参加した研修でここのお店の方に会いました。そのときの話はこちら)も、いずれも団地のすぐ北西側にあり、当然日々の買い物にはこっちへ行きたい。ところが団地から北へ出る道がないので、正規のルートを通ってそちらへ行こうとすると、地図にオレンジの線で表示したようにぐるりと大回りしなければなりません。そこで団地と幼稚園の間の柵をこそっと乗り越え、幼稚園の敷地をちょろっとかすめて、先ほど紹介した登美ヶ丘方面からの通学・通園路に下り、後は何食わぬ顔で「やすらぎの道」まで出てしまえば、「万代」はもうすぐそこ、生協もそのすぐ先です。この団地の北西側にお買い物に出かけるための非公認ルートが、地図上に青線で示した「おばさんショートカット(仮名)」なのです。
 私は買い物袋を提げてやって来たその老婦人に声をかけました。「おばさん、いつもここ通って買い物行かはるんですか?」老婦人は一瞬躊躇しました。そらそうや、「通行ご遠慮ください」の看板の脇に立つ見知らぬ男から「汝常にここを通るや?」と聞かれたら、どうします?「はい」と答えて「汝の眼(まなこ)にはこの看板の文字映らざるか」云々と詰問されてもつまらんし、しかし今さら遠回りするのもいややし・・・そらぁ悩むわ。そこで私は自ら柵を乗り越え、幼稚園の石垣の上を少し先へ進みました。そこで老婦人も「ああ、この男も共犯者やわ」と安心して、意外と身軽に柵を乗り越えると「はいそうです、皆さんここ通りますよ」と答えてくれました。「そうですよねえ、ここなかったらずいぶん遠回りせんならんもんねえ。実は私も40年くらい前までここ住んでたんですけど、さっき久しぶりに見てみたら、私の住んでた41号館はもう壊されてました」「ああそうですか、41いうたらあっちの方ですもんねえ。でもここら辺ももうすぐ出ないといけないんですよ」「もうすぐって、いつ頃ですか?」「予定では今年の秋ですけど、でも工事の様子なんか見てるともうちょっと延びるかも知れませんね」「ええ〜、次に入る所とかは面倒みてもらえてるんですか?」「ええ、私ら後期高齢者は移った先でもあまり家賃が変わらないようにしてもらえてるんですよ。若い人はもっと大変かも知らんけど」そんな話をしながら私たちは幼稚園の石垣から通学・通園路に降りる高さ1m弱の木のハシゴを下りました。私はハシゴに正対して下りましたが、老婦人はハシゴに背を向けて、まるで階段を下りるように下ります。さすが慣れてはる!さらに二人で鶴舞小学校の話(今年創立50周年とのことです、めでたい!)などしながら通学・通園路を歩いて行くと、向こうから買い物を終えたご婦人がやって来ました。どうやら私の相手をしてくださっている老婦人とお知り合いらしく笑顔で挨拶を交わすと、私を見ながら老婦人にいきなり「息子さん?」と。いやー、ちゃうちゃうちゃう!違いますって!

彼は「その人のことは何も知らない」と言って、激しく誓いはじめた。するとすぐ鶏が鳴いた。(マタイ伝26章74)

 さすがにそこまで激しくはないですが(笑)、それにしても5分前に初めて会ったご婦人と親子にさせられるとはびっくりしました。まあこの方ご自分で「後期高齢者」とおっしゃっていた、ということはお年は75歳以上ですから、私と親子でも年齢的にはおかしくはないですけどね。
 老婦人は余裕の笑みで「いえいえ、この方は昔こちらにお住まいだったんですって・・・」とやんわりと受け流し、それからお二人は井戸端会議モードに入ったので、私はそこで失礼して「万代」でトイレを借りました。店内にも興味はありましたが、私が食品スーパーを見ると長くなるので、今日は止めとこう。

万代  トイレを済ませて店の入り口に戻ってくると、何と再びあの老婦人とばったり会いました。老婦人が「あの、これからもっと先まで行くんですか?」と尋ねるので、「ええ、せっかくなんでもうちょっと行ってみようと思ってます」と答えると、「それならあっちに階段があって、上の道路に出られますから」と登美ヶ丘方面への近道を教えてくれました。ありがとうございました。

<写真は老婦人から教わった階段を上って「やすらぎの道」に出たところ。「mandai」という字が見えますが、これは「万代」の屋上の看板で、店舗は橋の下、写真の左外側に広がっています。上に説明したとおり「万代」は鶴舞団地から12mの標高差のある低い谷間に建っているので、「やすらぎの道」からは店舗の屋上の看板しか見えません。>

 さて、私が奈良に住んでいた頃にはまだなかったのですが、この少し先の大渕池の畔に「松伯(しょうはく)美術館」という美術館が1994年にできていて、上村松園(うえむら・しょうえん)・松篁(しょうこう)・淳之(あつし)の三代の作品を収蔵しています。ここは奈良公園周辺や平城宮跡、飛鳥などの一般的な観光スポットからはちょっと外れていてわざわざ来るのも何なので、この機会にぜひ訪ねておこうと思っていました。上の地図の上方の左の図郭外に大渕池を渡る橋があって、美術館はこの橋のたもとにあるのです。
松伯美術館への橋と大渕池  老婦人の教えに従って学園前駅からの「やすらぎの道」に戻り、少し進んで大渕池の南岸をぐるっと回り込んで松伯美術館へ渡る橋を目指しますが・・・あれ、おかしいな、大渕池の水がやけに少ないぞ!大渕池は鶴舞小学校からも近いので奈良に住んでいた頃に何回か来ましたが、いつも満々と水を湛えていました。こんなに水が少ないところは見たことがありません。ひょっとしてここも青池みたいに干上がってしまう?いやーそれはないだろう・・・が、しかし気になる!。
<写真の大渕池にかかる橋を左から右へ渡り切ったたもとの白い建物が「松伯美術館」。白く干上がっている部分は本来は水面下にあるはずなのですが・・・>

松伯美術館入り口  松伯美術館はこじんまりとした美術館で、平日ということもあってか見学者は私と退職後のご夫婦と思しきお二人連れのみ。この日は公募展「第20回 松伯美術館 花鳥画展」の期間中(2月11日〜3月2日)だったので、応募作品のうち大賞受賞作1点、優秀賞受賞作4点と入選作20点の計25点が全館に展示されていて、上村松園・松篁・淳之の作品は数点の小品のみでしたが、公募展の優秀賞受賞作のうち芭蕉の花を描いた作品についての作者のコメントの中に印象的な言葉がありました。芭蕉の花はいろいろな形のものが咲くのだそうですが、それらを丹念に見ているうちに、形はどうでも「根がついていれば、それでいい」と思えるようになった、というのです。何かを見きった人の言葉だなと思えます。私はそこまで物事を見きったこともなく、この言葉の真意をつかめる自信もありませんが、いつかは何かを「根がついていれば、それでいい」というところまで見きれるようになりたいものだと思いました。その他にも見応えのある作品がありました。

<上の写真は松伯美術館の入り口。これの左側にある駐車場を突っ切ってもいいのですが、歩行者用にちょっとしたアプローチが整えられています。正面奥は上村松篁画伯の筆になる万葉集の歌碑。向かって右の黒く高い方の歌は

春雨の しくしくふるに 高まどの 山の桜は いかにかあるらむ(河辺朝臣東人 巻第八 1444)

また向かって左の白く低い方の歌は

山吹の 咲きたる野辺の つぼすみれ この春の雨に さかりなりけり(高田女王 巻第八 1448)

いずれも厳しい冬の後に命を育む優しい春の雨の中にある草木を詠んだ歌で、写実に基づく花鳥画を得意とした松篁画伯らしい選歌。>

 見学後にミュージアムショップで今回の公募展の図録を買い、そのついでにショップのお姉さんに気になっていたことを聞いてみました。「あの、大渕池って普段はもっと水ありますよね?今来るときに見たらものすごく少ないんですけど」するとお姉さんはにっこり笑って「はい、毎年この時期は水を抜いて、底をさらったりして掃除するんです。来月くらいにはまた水がたまってると思いますよ。」とさわやかに答えてくれました。ああ、それはよかった。このまま干上がってしまうわけではなさそうなので、一安心です。

松伯美術館から鶴舞団地を望む  見学後に外へ出るとちょっとした散策路があったので、それを辿って美術館の裏側の高台に上ってみました。南の方を見ると美術館の屋上越しに鶴舞団地が見えます。さっきのおばさん、あの品の良い老婦人は今年の秋には団地を出ないといけないて言うてはった。その後は今残っている団地群も、僕が住んでた41号館のように取り壊されてリニューアルされるんやろな。次にここへ来るのがいつかわからんけど、その時には僕がよう知ってる鶴舞団地、今の姿の鶴舞団地はもうないな。この景色はもうこれが見納めやわ。そう思いながら陽光の中に建ち並ぶ団地の姿を眺めました。


さよなら、鶴舞団地
あのおばさんショートカット(仮名)もいらんようになるんかな
おばさん、いろいろ教えてくれてありがとう
いつまでもお元気でね
ほんまおおきに おおきに

続く…
| 地域とくらし、旅 | 10:03 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
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