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食に関する本:「子どもの味覚を育てる ピュイゼ・メソッドのすべて」
子どもの味覚を育てる この本、今から4年ほど前の記事の終わりの方に参考図書として一度紹介してますが、そのときは未読でした。それから4年経って読了しましたが、勿論4年もかけないと読めない難しい本ではなく、その間ずっと積ん読になっていただけです(笑)。

 本書はジャック・ピュイゼ氏が12年間の試行錯誤を重ねて開発した、1時間半の授業10回で構成される「味覚の目覚め」の授業(対象としては小学校5年生前後を想定)を中心に書かれています。
 ところで本書を読み始めてすぐに「あ、そう言えば」と目からうろこが落ちるのは、「味覚」とはただ単に舌の表面の味蕾(みらい)で感受される感覚だけを指すのではなく、眼(視覚)耳(聴覚)鼻(嗅覚)舌(狭義の味覚)身(触角)で感じられる五感すべてが複合した感覚であるということです。そのことは10回コースの各回のタイトルにも表れています。

第1回 五感について
第2回 味覚と4つの基本味
第3回 一食のメニューを構築する
第4回 嗅覚
第5回 視覚
第6回 触覚
第7回 味覚を妨害するもの
第8回 私たちの地方
第9回 まとめ
第10回 息抜き

 五感といいながら聴覚の回がありませんが、独立した回として立てられていないだけで、特に第7回「味覚を妨害するもの」で口の中でさまざまな種類の食べ物を噛むときの音の違い、耳をふさいだりイヤホンをつけて食べ物を噛んだ時の音の変化、騒音による味の感じ方の変化が簡単な実験付きで扱われています。
 味覚に対するこのような総合的な認識に基づいて、各回の授業は「味覚の全体図」や「五感の図」、フランスの地方の白地図などの視覚教材による座学の他に、4つの違った香りを持つ4色のフルーツゼリー菓子、ソムリエの訓練用に使う匂いのサンプル45種類、ふつうの水と発泡性の水、さまざな食材、ゆで卵やローストビーフなどの食品といった多種多様な教材を使った実験や体験を通して、実際に自分たちの感覚を活用しながら進められます。また子供たちが感じたことをカードに書いたり発表したりして、自分の経験を言語化することも重視されています。最後の第10回「息抜き」はレストランでのパーティーですが、これも授業の一環なので、これまで学んだことの総集編といった趣きです。子供たちはこれらの授業を通じて五感を開発し、言語化によって他人の経験を共有しながら自分と他人の違いを知ってそれらを受け入れることを学び、興味の範囲を広げていきます。

 さらにこの10回コースの授業は一年目のもので、2年目はフランスの各地方を代表する特産物と料理について、3年目は世界の各国々を代表する特産物と料理について、そして最後の4年目はこれまでに得た知識と現在置かれている状況を踏まえながら、現在の食卓のあり方について考えるというプランが示されています。そしてこれらの授業を通じて「味覚をいろいろな面から見ていくことで、人間はお互いをよく知り合い、より近づくことができる」ことを目指す、としています。

 こうした授業プランに続いて、本書にはさらに家庭や毎日の生活の中でも子どもの味覚を開花させるためのキーワード集が収められています。このキーワード集は、たとえば
味わう 子どもたちは、料理の味わい方を知らなければなりません。こんなことは言わなくてもわかるでしょうか?それがそうともかぎらないのですね。あなたの子どもを美食家にするには、食べ物に飛びつく前に、味わうとは何かを教えなければなりません。食卓では決して急いではいけないこと、ものを食べるには注意が必要なことをわからせなければなりません。食べるときは、感覚をすべて総動員しなければいけないのです。
 食事のあいだは、本を読んだり、ウォークマンを聞いてはいけません。食べ物の味を十分に満喫する邪魔になります。
 そしてできれば、台所に嫌な匂いをさせないようにします(フライの匂いなど)。
 さらに、食事の前に余分なものを食べてはいけません(クッキーや、コカコーラ、甘い炭酸飲料など)。食欲がなくなり、口のなかの味も変わってくるはずです。
 最後に、もうひとつ心がけたいのは、子どもに供するものはすべてまず、あなた自身で味見をすることです。これは薬を与えるときもそうですね。こうして賢くふるまえば、子どもが嫌がって泣くこともないでしょう。」
といった具合。解説の内容にはそれ以前の総論や味覚の授業で扱ったものに加えて個々のキーワードに特有の情報が含まれ、その中には
 フランスの子どもは酢が大好きなのですが、サラダドレッシングにもっと酢を加えたがるのを叱ってもムダです。(後略)」などという、日本人にとっては衝撃(!?)の事実も含まれています。ちなみにこの項目に関する三國メモ(監修の三國清三シェフによる注)で、この衝撃の事実について「日本の子どもは酢っぱいものが嫌いなのに、フランスの子どもは酢が好きなのですね。日本は米酢で、フランスはフルーツビネガーですから、酢そのものが全然違います。向こうの酢はバリエーションも豊かですし、香りも楽しめます。(攻略)」と謎解きがされています。キーワード集は味覚の授業のように体系立ってはいませんが、それだけに気が向くままにあちこち拾い読みするのも楽しいです。

 日本の子どもに対する「食育」がどこでどのように行われているのか、私は承知していないのですが、このピュイゼ・メソッドの味覚の授業はとにかくおっそろしく本気で真剣なものです。まず「料理は五感を総動員して初めて十全に味わうことができる」というテーゼからして凄いし、実際にそのことを実験を通して子どもたちに実感させちゃうのも凄い。単なる座学だけの授業とは、厚みや迫力が全然違います。日本で小学校3年生と6年生を対象に「味覚の授業」を行っている三國清三シェフのように、このメソッドを参考にした授業を行いたいという動きが出てくるのも当然と思います。
 しかもピュイゼ・メソッドは内容の凄さにもかかわらず、全体が明快で風通しがよくて楽しそう!私は本書を読みながら、つくづく「ああ、これがフランスか!」と思いました。観念論哲学の国ドイツでも、ファストフードチェーンの本場アメリカでも、武士は食わねど高楊枝の日本でも、鼠を捕るのがよい猫だの中国でも、おそらくこのような「学校で五感を統合した味覚を教える授業」は発想し得ないし、その発想に科学的・人文学的な裏付けを与えて、体験を中心とした体系だった形にまとめ上げることもできないだろうと思います。そう、これはまさにブリア=サヴァランやパストゥールやルソーやブラーシュや・・・の国フランスならではの営為なのですよ。著者はおそらくそんなこと考えてなかったでしょうけど、私は本書は食育の面からだけでなく、フランスという国のある一面を知り、フランスの文化について考えるきっかけとしても読める本だなあと思いました。

 ところでフランス語がわからない私が言うのも何ですが、本書の訳には日本語としてこなれていないところが時々見受けられ、また会話でない地の文での「 」の使用頻度が某週刊誌の中吊り広告なみに多くて、ちょっと不自然な感じを受けます。ひょっとしたら原書でイタリックになっている単語を「 」で囲むことにしているのかも知れませんが、日本語の場合イタリックと「 」ではその意味合いが少々違うように思います(そう感じるのは某週刊誌の影響かも…)。たとえば

これらの温度の変化は、人それぞれの温感閾値によって、まあ「耐えられます」。(p.76)



子どもたちには、できるだけ早く、「美味しい」果物と、そうではない果物の違いがわかるように教えます。(p.173)

あるいは

パーティー用のメニューを、少し「劇的に」演出するのも悪くありませんね。(p.202)

といった「 」の使われ方は、何か「意味深に」(おっとこれは悪ふざけ ^^;)感じられてしまうのですよ私には。「 」でくくってあるからといって不必要に深読みしないよう注意しないとね…。
| 食に関する本 | 19:12 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
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