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心が綻びること

 ここ一週間ほど、たちの悪い後ろ向きの仕事に見も心も囚われて鬱々としていました。よく「忙しいと心が滅びる」といいますが、物理的に忙しくはなくても、感動も共感もできず、意欲も創意もなく、世間が妙に物遠くモノクロームに感じられ、自分の行為や能力に積極的な意義を見出せなくて、ちょっと心が亡びかけていたかなあと思います。しかし心が亡びるというとかなり深刻な事態も含むので、そこまで深刻でなかった私の場合は一字違いで綻(ほころ)びかけていたくらいなのかな。幸いそんなたちの悪い仕事も一段落して、モノクロームだった自分の周りの世界にも今はようやく色が戻ってきたような気がしています。さてまたこの週末はオケやら何やらで忙しいんだよな・・・でも自分が受け入れられる忙しさなら、心は亡んだり綻んだりはしないのです。

  心が綻びかけていた一週間にも実はいろんなことが起きていました。特に10月10日(月・祝)に行われた筑波大学管弦楽団の第70回記念定期演奏会の新宿公演に行って、久しぶりに母校の後輩たちの演奏を聞き、自分が現役の頃の顧問の先生や同期や先輩や後輩やトレーナーの先生方にお会いできたことは、本来であれば大きな喜びであったはずでした。残念なことにその時まだ綻びかけていた私の心は鈍く頑なで、外からは冷淡でぼーっとしているように見えたことでしょう。本当に残念なことです。今後はこういう事態に陥らないように注意しないと。

| 暮らしの中から | 21:56 | comments(6) | trackbacks(0) | pookmark |
コメント
ほーほさんっ!しばらく、更新されてないから、ちょっぴり心配していたところですぜ。酒の飲みすぎかなぁって。大概の場合、仕事は選べないのが多いから、そこからして自分の心パワーが奪われますわね。さらに、同じ仕事をしている人たちの関係、とか、影響、とか。結構、人間してる生活って、複雑。心が軽石のようになっているときには、その石に緑の水をあふれさせる曲が必ずあります。ほーほさんライブラリーは普通の人よりはずっと豊かだから、必ずあります。
こんなときって、ある意味、いつでもそこいらに転がっているから、「軽石になってる!」って気づくことがまず重要。期限があるものならすばやくそこから去る。無いものなら、乗っている電車を変える。自分が幸せじゃないと、なにもできないからね。今週末はゆっくり、か、楽しい、がたくさんありますように。
| とらのすけ | 2011/10/15 9:08 AM |
ほーほさまでも、そうした無気力に陥ることがあるのですね…うちの主人がここ1・2年まさにそれで、綻びが大きくなりすぎないように祈っているOKARでした。

いつかみんなで元気に笑いあいましょう♪
| OKAR | 2011/10/15 4:09 PM |
とらのすけさん、ご心配いただきましてありがとうございます。幸い私の場合は相手とある程度の信頼関係を持てていたこともあり、解決することができました。昨日の土曜日は昼間4時間弦楽合奏の練習でコントラバスを弾き、別オケに移動して来週本番のリハーサルの指揮を3時間半やって、すっかり元気になりましたので、どうかご心配なく。
ちなみに来週の本番は所沢の国立障害者リハビリテーションセンターのお祭「リハ並木祭」での演奏。その3日後には小学校での音楽教室。両方とも小曲や歌の伴奏をいっぱいやります。

20年以上前ですが、やはり仕事の関係で行き詰っていたことがありまして、その時に心のコリをほぐしてくれたのはシベリウスの交響曲第6番でした。それ以来愛聴曲になっています。きれいな曲ですよ。
| ほーほ | 2011/10/16 9:30 AM |
OKARさま、私の場合はごく短期間で済みましたが、ご主人様の方は長く続いていらっしゃるようで、ご心配ですね。たとえ少しずつでも事態が解決の方向へ動いていけば、安心とともにエネルギーもわいてくることと思いますよ。早くそうなりますようにお祈り申し上げます。
| ほーほ | 2011/10/16 9:44 AM |
<その時に心のコリをほぐしてくれたのはシベリウスの交響曲第6番でした。それ以来愛聴曲になっています。きれいな曲ですよ。>と、ほーほさんがおっしゃるので、さっそく月曜日、Cityでの仕事の帰りに例のおじいちゃん、おばあちゃんばかりの厳かなCD屋へ行って、物色してきましたよ。たったの10豪ドル(時価約800円かい?)だったから、評がでるようなものではないのでしょうが(記録によれば、New Zealand Symphony Orchestra, Pietari Inkinen、録音は2007年The Michael Fowler centre, Wllingtonです)、美しいなぁと聞いています。私、S先生の「ここのとこはくら〜くて、さむ〜い感じのするところよ。そんな風に弾いて。」と両腕を組みながらシベ2の第2楽章入りについてのコメントが忘れられません。で、こんなことは月並みな表現だけれど、本当に彼の交響曲にはいずれも、雪、氷、透明な空気、高緯度の影を感ぜずにはいられません。
| とらのすけ | 2011/10/20 4:02 PM |
S先生のシベリウス2番第二楽章といえば、私が思い出すのは「つめた〜い」です。音楽でそんな「感覚」が伝えられる、というのは、私にとっては斬新でした。

6番については2年前に書いてましたが、「清澄で大きな広がりを感じさせる第一楽章の序奏・・・水と光と風と草木の実りの無口でしかもにぎやかな饗宴・・・それが容赦なく過ぎ去った寂しさ」という聞き方は今でも変わってません。「風の又三郎」を思い出すのも同じです(進歩ないなぁ)。そう、おっしゃるとおり高緯度な音楽、身の引き締まる冷涼な空気を感じる音楽ですね。
http://hoch.jugem.jp/?eid=306
| ほーほ | 2011/10/20 9:32 PM |
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