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トラヴェルソを吹いてみてフルートのシステムを再発見
 角海浜関連が続いたのですっかり霞んでしまった観のあるトラヴェルソですが、折に触れて吹いてみています。といっても教則本を1日1ページ、とかいうふうではなく、正直なところ気が向いたときに手に取っては吹いて遊んでるという感じなのですが(汗)
 しかし言い訳するわけではないですが、このプラスチック管のトラヴェルソは、気が向いたときにいつでも手に取れるという点では非常に優れているのです。あの金属管の、キーがいっぱいついているフルートは、吹いた後は中だけでなく表面も、しかもキーの間の狭くてバネが混んだりしているところも拭いておかないと、次第に変色したりほこりがたまったりしますし、何かのはずみで落っことしたりしようものなら管が凹んだりキーが狂ったりしかねないので、演奏後は必ず分解してきれいに拭いてケースにしまわなければなりません。何かの団体に所属していたり、そうでなくても常に一定以上の演奏レベルを求められて毎日練習を欠かさない方にとっては、それくらい何でもない、当然のこととして習慣になっているのでしょうが、私のようにもっぱら自分の楽しみのために吹いている無精者は、この演奏後の掃除のことを考えただけで億劫になって、フルートをケースから出すのも面倒になってしまいます。実際のところ私が今年になってフルートをケースから出したのは、本ブログの記事のフルートとトラヴェルソの比較写真を撮るために組み立てたのが唯一で、まだ一度も唇に当ててないです、たぶん。

traverso_vs_flute<これがその「比較写真」。フルート君ごくろうさま。>

 ところがプラスチック管のトラヴェルソは、演奏が終わっても中の水分を取れば御の字で、その都度きれいに拭かなくたって変色もしなければほこりもたまらない、万一落としても、まあ打ち所が悪ければ割れたり欠けたりするかもしれませんが、フルートより軽いし壊れるところもほとんどないし、なんといってもプラスチックですから多少傷が付いたとしても気になりません。極端な話、吹いたら吹きっぱなしでその辺に置いといて、しばらくしてまた気が向いたら取り上げて吹くという、極めてわがままで無精な取り扱いにも耐えられる楽器なのです。実際購入して以来、分解して胴部管の両端にちゃんとキャップをはめて(ソフトケースなので保護用のキャップが付属しています)ケースに入れたのは、先日某オケの飲み会の座興にと持ち出したのが最初でして、自宅ではいつでもすぐ吹ける状態でスタンバってます、というよりほとんど吹きっぱなしで放置されています(^^;)。「楽器を大事にしない人は上達しない!」という声もあるかと思いますが、そこが私の場合はそもそもフルート吹きではないので「ヘンだ、上達しなくたっていいもんねー」と横向いて舌出しても許されるという・・・あぁ卑怯者ですね。
 そんなわけで、あまりにも簡単に手に取れる楽器であるがゆえに、「ダイエットは明日から」と同じ思考回路で「教則本は明日から」と自分に言い訳をして、今日も簡単に吹けそうな旋律を聴き覚えで吹いたり吹けなかったり、という自分だけの楽しみに耽ってしまうのであります。

 そういう扱い方が良いか悪いかは別にして、上のような状況で頻繁にトラヴェルソを手にとって聞き覚えのメロディーを吹いてみたりしていると、あの金属のキーがいっぱいついたフルートのキーシステムが、いかにシンプルでうまくできているかに感心します。
 このシステムの原型は1840年代にドイツのテオバルト・ベームが開発したもので、トラヴェルソが基本的にニ長調のドレミファソラ(D-E-Fis-G-A-H)に対応する6つのトーンホール(指穴のこと;シに当たるCisは全部のトーンホールを開けて得られる)を持ち、間の半音はクロスフィンガリングで出す(ただし最低音の半音上のDis/Esはクロスフィンガリングができないので、それ用にキー付きのトーンホールがあり、実際の楽器にはトーンホールが7つ開いている)という方式を採っていたのに対し、ベームのシステムは半音ごとに一つずつのトーンホールを割り当てて、正確な音程と均質な音質を得やすくしたものです。しかし半音に一つずつトーンホールを割り当てると最低11のトーンホールが必要で、しかもベームは最低音をCまたはHまで拡張したので、全部で13ないし14のトーンホールを10本の指、実際には楽器を支えるためだけに使われる右親指を除いた9本の指でコントロールしなければなりません。指の数より多いトーンホールの開閉を行うために、キーシステムが必要になったのです。

 ベームのキーシステムは指の動きと音の動きを一致させる(全開放から指を順に閉じていくと音も順に下がっていく)のを基本としながら、指の数が少ないためにそれだけでは都合のつかない音、具体的には 1) B/Ais(変ロ/嬰イ)、2) Fis/Ges(嬰ヘ/変ト)、3) Es/Dis(変ホ/嬰ニ) 4) トラヴェルソより拡張された低音側のCis/Des(嬰ハ/変ニ)・C(ハ)・H(ロ)については次のように対処しています。

1) B/Ais(変ロ/嬰イ)
 半音上のH(ロ)に加えて右人差し指を押さえて半音下げます。これはトラヴェルソ吹きやリコーダー吹きに馴染みの深いクロスフィンガリングの形に似ていて、しかもトラヴェルソの本来のクロスフィンガリングならHに加えて左薬指・右人差し指・右中指の3本を押さえなければならなかったところを右人差し指1本だけで済むようにしたものです。ここではこの方法を仮に「擬似クロスフィンガリング」と呼びましょう。
2) Fis/Ges(嬰ヘ/変ト)
 これも1)と同様、半音上のG(ト)に加えて右薬指を押さえて半音下げる擬似クロスフィンガリングです。
3) Es/Dis(変ホ/嬰ニ)
 これはトラヴェルソと全く同様に、右小指を押さえると開くクローズドEsキーで対応しています。
4) 低音側のCis/Des(嬰ハ/変ニ)・C(ハ)・H(ロ)
 他に空いている指がないので、すべて右小指で対応します。

 以上見たとおり、トラヴェルソより拡張された低音側をカバーする 4) は別として、1), 2), 3) はいずれも擬似クロスフィンガリングと右小指のEsキーという、トラヴェルソ吹きにとって直感的に馴染みやすく簡便な方法が採られています。
 注意しておきたいのは、ここで言っている「擬似クロスフィンガリング」は、指の数が足りないために直接閉じられないトーンホールを閉じるための指の形がクロスフィンガリングに似ているということで、実際にクロスフィンガリングで半音を生成しているのではないということです。
 私たちは先にフルートに出会って「Fisはこう、Bはこう」と丸覚えするのですが、トラヴェルソをかじってみると、ベームのシステムはトラヴェルソ吹きにとって乗り換えやすいものでありながら、機能性が飛躍的に向上している優れたものだということが改めて感じられるのです。

 説明が少々長いですが、以上が私の素直な感動でした。以下はさらにややこしい補足。

 フルートを吹く方は上に挙げた「指の数が少ないためにそれだけでは都合のつかない音」を見て「おやおやGis/Asが漏れてるよ」と思われたことと思います。確かにAから左薬指を押さえるとGisを飛ばしてGに下がってしまうので、Gisは左小指のGisレバーを押さえなければなりません。ところがベームのオリジナルのシステムでは、Gisキーは現在の左小指のクローズドGisキー(左小指でレバーを押さえると開く=普段は閉じている)ではなく、左薬指のキーでした。今のシステムは左薬指のGisキーとその隣のGキーが連動しているので左薬指を押さえるとGまで下がってしまうのですが、ベームのオリジナルのシステムではこの二つは連動しておらず、Aから左薬指を押さえるとGis、さらに左小指で現在のGisレバーと同じような形状のレバーを押さえるとGが出たのです。これなら指の動きと音の動きが一致するし、管の裏側にもうひとつクローズドGisキー用の穴を開ける必要もなく、強いバネで閉じているクローズドGisキーを一番力の弱い小指に開けさせるという無理を強いることもなく、システムとしては現在のクローズドGisキーのシステムよりシンプルで合理的なものです。
 ではなぜこのシンプルで合理的なシステムが普及せず、現在のクローズドGisキーが主流となったのでしょうか。ベーム以前の多鍵フルートでクローズドGisキーが普及していた等の事情があったようですが、私はこのシステムがGisキー以外に以下の点でも保守的な奏者たちから不評だったのではないかと想像しております。
 現在のクローズドGisのシステムはD, E, G, A, H, Cisなどニ長調の主要な音がトラヴェルソと同じ指で吹けます。またトラヴェルソでは左小指は全く使いませんが、クローズドGisシステムでも左小指はGisの音で押さえるだけ(第3オクターブは除く)で使用頻度は高くありません。
 これに対してベームのオリジナルのオープンGisのシステムですと、まず使用頻度の高いGの指がトラヴェルソと違ってしまいます。さらにFis以下の音もトラヴェルソでは全く使われなかった左小指をずっと押さえ続けていなければなりません。この辺がトラヴェルソやそれから派生した古いタイプのフルートに慣れた保守層から嫌われて、シンプルさと合理性の面では劣るクローズドGisのシステムが好評を博したのではないでしょうか。調べたわけではないので証拠はありませんが、トラヴェルソとフルートを吹き比べてみるとそういう気がします。

| オーケストラ活動と音楽のこと | 22:10 | comments(2) | trackbacks(0) | pookmark |
コメント
はじめまして。
トラヴェルソ、ベーム式、運指を検索していたら、このブログにたどり着きました♪

ベーム式のキーの仕組みや論理で意図がわかならい機構が30年年前からあって悩んでいたのですが、「ほーほ」さんの解説を読んで理解しました。

トラヴェルソ・・・・・
音色が気に入り、2012年からアウロス蛍光灯を買ってやってみるとテレマン、ブラーヴェ、ボアモルティエ、CPEバッハといった1700年代のスコアはトラヴェルソ運指にマッチしていてベーム式現代フルートでは難しいことをやっているような気がしてきました。

また 訪問させてもらいます!


最近 この連続記事を 参考文献に読んでいます。
ドイツ在中のプロ奏者が書かれているので 結構 おもしろいです。
http://ameblo.jp/taolino77/entry-12097141083.html



| いぶき | 2015/11/24 1:20 AM |
いぶき様、コメントありがとうございます。
この記事は実際に両方を吹き比べてみての感想から来たもので、全然学術的なものではありませんが、かえってフルート吹きにはわかりやすくなっているかも知れません。

私のトラヴェルソはここに書いている通り自己流で気が向いた時に吹いているだけなので一向に上達しませんが(苦笑)、金属管のフルートより音量がないので、あまり周囲に気兼ねなく吹けるのが何よりありがたいです。

おもしろいブログをご紹介いただきましてありがとうございます。レッスンを受けたりはしていないので、プロの方の記事はとてもありがたいです。
お互い楽しみましょう!
| ほーほ | 2015/11/24 6:33 PM |
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