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50歳になって天命を知るか?
 今日で満50歳になりました。こういう切り番の年になると思い出すのが例の「論語」の「吾十有五而志于学、 三十而立、 四十而不惑、 五十而知天命、 六十而耳順、 七十而従心所欲、不踰矩。」です。50歳は「五十にして天命を知る」ですよ。
 以前も書いたとおり、今の会社の事業清算により、社員は2月10日で私を含め全員解雇されるのです。ドイツ語では職業を「Beruf」と言い、これは直接には動詞 berufen 「任命する、任用する」と同根の語ですが、もともとは動詞 rufen 「呼ぶ」から来ている語だろう、「お前はこれをせよ」と神様から呼ばれた仕事が Berufなんだろう、っていう感じが、私はするんです。だからきっと Beruf 「職業」もある意味天命(天の命じるところ)なんじゃないか。で、50歳になった途端に現在の職から離れるということは、現在の職は天命ではないぞ、これから一年かけて天命と呼ぶに足る仕事 Beruf を探せよ、ということなんだろうと思うことにしました。さて見つかるかな、天命・・・。

 ところでこの「吾十有五・・・」を、普通は「私は15歳で学問を志し、30歳で自立し・・・」と読むのですが、この間ネットで「私は15歳まで勉強したいなんて思わなかった。30歳まで自立できなかった。40歳まではよく惑ったし、50歳まで自分の天命を知らなかった。60歳までは人の意見を素直に聞けなかったし、70歳になるまでは我を張っては失敗したものだ。」という風に読んでいるのを見ました。なるほど、こちらの方が説教臭くなくて「あぁ孔子さんでもそうなんだ」と素直に同感でき、「及ばぬながら孔子さんを見習ってみよう」という気になれる気がしませんか。

 ちなみに「論語集注」の「五十而知天命」への注は次のとおり。
「天命。即天道之流行而賦於物者。乃事物所以当然之故也。知此則知極其精。而不惑又不足言矣。」
ここでの天命のポイントは「賦」の字でしょう。いろいろな意味を持つ字ですが、ここはおそらく「さずける、与える」意で、そうであればこの注の前半は「天命とは天の道が広く行きわたって物に授け、それによって事物がそのようにある原因であるところのもの」といった意味になるでしょうか。ただこの注だと、「天命」というより「天理」に近い感じもするが、如何。
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