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食に関する本 その8:「スローフードな人生! イタリアの食卓から始まる」(島村菜津)
スローフードな人生 4,5年前のある日のこと、JR田町駅の構内の出店で古書のワゴンをあさっていて見つけたのが『スローフードな人生!―イタリアの食卓から始まる』(島村菜津 平成12(2000)年 新潮社:2003年 新潮文庫)。スローフードという言葉には何となく聞き覚えがあったものの、その内容についてはほとんど知らなかったし、特別に興味があったわけでもありません。ただ単に食に関する本で安かったから買ったと言ってもいいのですが、見事にハマりました。

 本書は、中味はよくわからないけれど「スローフード運動」というものに興味を持った著者が、北イタリアの田舎町ブラにあるスローフード協会の本部を単身訪ねるところから始まります。ところがせっかく訪ねた本部は翌日のイベントの準備でごった返していて、とてもまとまった説明を受けられる状況ではなく、断片的な話は聞けたものの、それではどうもピンとこない。そこで著者は本部での出会いやその人脈をたどって、実際にいろいろな人たちと食事をともにしながら、スローフード運動について考えていきます。
 食事をともにする場面では各地のいろいろな料理やワイン、チーズなどが紹介され、もちろんそれぞれがおいしそうで、その場所を訪ねたりイベントに参加したくなりますが、それにもまして印象に残るのは、人と人が食事をともにして同じ時間を過ごすこと、一緒に食卓について同じものを食べ、飲み、語り合うことの楽しさ、おもしろさ、意味深さ。「スローフードとは何ぞや」みたいな正面切ったリクツっぽい話は最初に少しだけ、その代わり要点を突いたものがあるだけで、あとはスローフード運動のさまざまな側面が、それに携わる人々の話や姿を通して展開されていきますが、これがとにかくおもしろい。私がこのシリーズの原稿を書くときには、本は一度読んだ内容を思い出したり確認したりするために数箇所パラパラめくってみるだけなのがふつうですが、この本は一度読んでいるにもかかわらず読み始めたらおもしろくて、けっきょく最初から最後までしっかり読み通してしまいました。最後に読んでからけっこう時間がたっていたせいもありますけど(笑)。

 スローフード運動の中味については本書を読んでいただきたいのですが、読みながら傍線を引くようなつもりで自分なりにチェックした部分をいくつか抜き書きしてみます。

―「スローライフの奴隷になってしまったんじゃ馬鹿げてるとは思わんかね。腹がへって死にそうな時は、会員だってやむなくバーガーをほおばることもあるさ。いいかい。スローフードは、あくまでもファーストフード反対などという狭い範疇にはとどまらないんだ。そこのところはよく覚えておいてほしいな。なぜか。うまいものを食べることは、人を寛容にするからだ。違うかね。(中略)僕らが戦っているのは、強いていえばファーストフードな考え方だ。世界的規模の食の均質化だ。(後略)」(pp.49-50)
―「それは単に注意をはらうか否かの問題である。素材の選択と、その結果としての味に気をつけ、食べ方に気をつけ、食べているものが伝える感覚的メッセージに心を配り、その姿に、食べ物を分かち合う人々の選択に気を配る……そうした無限の注意を傾けることで、いかなる環境も同様の尊厳をもって対応することができる……選ぶことなく、評価もせず、理解しようともしない。食べ物に対して、まったく注意をはらうことなく、それを考えもなく口に運ぶ。思うに、それこそが真のファーストフードである」(pp.125-126)
― トリノの会合で、社会学者のマッシモ・モンタナーリは、ともすれば、スローフード協会がこの伝統料理の保護ばかりを強調し過ぎることを懸念していた
「豊かな農村のイメージなんてものは、都会人が思い描く幻影に過ぎないんです。つい最近まで、農村の暮らしは飢えとの戦いだったんですから。(中略)」旬の作物だとか、新鮮な肉といった発想もまた、いたって現代的な傾向なのだと言う。(中略)モンタナーリは、「現代社会に溢れかえる加工食品は、過去の人類の願望の産物であることをよく踏まえた上で、我々はそのどこが問題なのかをよくよく論議していく必要があるだろう」とも言った。(pp.250-251

―「(子供たちに対する「味の教育」を)長年やってみて、わかってきたことは、親や学校が身体にいいものを食べさせようと躍起になっても、今の子供たちの側に偏食や工業生産品を好む傾向があって、なかなか難しいってことなんだ。じゃあ、何に問題があるのかなと考えてみて、これは子供以上に、我々大人から教育しなければダメなんだと気づいたわけさ。子供たちの偏食傾向には、様々な要因が絡み合っている。たとえば、家庭での悪しき食習慣、親たちが出来合いのものやインスタント食品に頼って手料理をしなくなってきていること、たべものについての正しい情報の欠如なんかだ。さっきも言ったように、学校という場での食教育における栄養学、統計学への偏りも大きな問題だが、もっと深刻なのは、テレビや雑誌を通じて嵐のように子供たちの上に降り注ぐ工業製品の広告。そして、近頃の子供に見られる集団行動を好む傾向なんかにあるんじゃないかな。(後略)」(p.272)
―「まず、アメリカの食をめぐる一番目の特徴は、何といってもダイエットね。アメリカの約六割の若者が、ダイエットというものを必要不可欠なことだと考えているの。そして無意識のうちに、これを基準にして食品を選んでいる。(中略)たくさんの主婦たちが、私たちが行ったアンケート調査で“人生における最大の関心事は何ですか”と訊かれて、それは“ボディー・ウェイト”だと答えたわ。人生の課題は?という質問にまで同じように答えた人が大勢いた。人生の課題が、あなた、“ボディー・ウェイト”よ。(中略)でもね、あなた、それはアメリカ人が馬鹿だからじゃないのよ。工業生産とダイエットというものの関係が、あまりに密接になっているから。広告だけでも天文学的資金を投下されるからなの。たとえば、シンディー・クロフォードの写真の腰のラインを修正して、雑誌に掲載する。生身の人間には不可能なイメージを、マスコミに提供するわけよ。これじゃ、いつまでがんばったって近づけるはずがない。(中略)二つめのポイントは距離ね。第一素材と消費者とのあまりにも遠すぎる距離よ。もはやアメリカの消費者の多くは、自分が本当は何を食べているのかが見えないし、知りえない情況にあるの。(中略)三つめは、アメリカのオピニオン・リーダーたちの堕落ね。食についてマスメディアで語られることといったら、工業生産でろくでもない食べ物を作っている当事者たちか、彼らに買われたジャーナリストやフードライターたちのコメントが大半だわ。しかも彼らは、食というものの背景についてあまりにも無知なのよ。(中略)四つめは、安さよ。大量生産は安い。安いから、大量に買って、どんどん掻き込む。掻き込んで、またダイエットへ走る。その恐るべき悪循環が、今のアメリカを深く蝕んでいるのよ。なぜ、安いのかをよく考えてみもせずにね。牛も、鶏も、空間を最小限に節約した、ものすごい環境で育っている。労働力にしたって、たとえばメキシコのような国からの季節労働者を、保険もかけずにこき使う。手間をかけない、見かけ重視のステレオタイプな食品、形だけの中身がスカスカな食品なのよ。でも、消費者たちはなかなか目を覚まそうとはしない。なぜって、自分で時間をかけて作るよりもずっと早いし、それに安くつく、そう信じこんでしまっているからよ。(後略)」(pp.341-345

 いやー、引用がすいぶん長くなってしまいました。しかし人生の課題が、あなた、“ボディー・ウェイト”ですかぁ、ふふ、ふ…うッ、笑い飛ばしたいけど笑い飛ばせない…(汗)

 ところで、本書を見る限りイタリアのスローフード運動はなんとかうまくいっているようですが、日本でもこうした運動が成果を収めることができるのだろうかと考えてみると、まず食事に何時間もかけるというイタリアと、「早い・安い・うまい」をよしとする日本では、食事にかけるエネルギー、食事に置かれる価値の重さがもともとずいぶん違う上に、前回紹介した『変わる家庭 変わる食卓』での指摘によれば、日本では食の価値がますます軽視される傾向にあるらしい。さらに食料自給率が高くアメリカからの輸入=食糧支配に屈する必要のないEUと、自給率40%そこそこの日本とでは事情が違って、日本の地場産品は価格・流通量の面で輸入食品にとても太刀打ちできません。地産地消とか食育という動きも出てきてますが、それらが成功するためには、子どもより先にオトナたちがもうちょっと食を大事に考えて、いろんな点で「食い改め」ないとね。上に延々と引いた味の教育へのコメントとかアメリカの食の情況は、日本にもかなり当てはまると思うぞ(^^;)。

 だから私は、日本はイタリアと同じ状態にはならないと思いますが、たとえば子供に対する味の教育は日本でも、但ししかるべくアレンジした上で、必要なんじゃないかと思うし、旅先ではその土地に伝わる料理を良心的な内容と値段で食べたいと思うし、ファーストフードな考え方や食の均質化には気をつけていたいとは思います。
 実は本書を読んだのは私自身が外食チェーンという、まさに味の均質化を推進する側で仕事をしていて、そのことにいろいろな疑問や違和感を感じている時期だったので、地域のローカルな食材や料理を愛で喜び、多様性を幅広く享受することを力強く肯定する本書の内容がいっそうこたえました。日本でも全国にそれぞれの地域を代表するおいしい料理や食べ物が健在で、しかもそれらを簡単にリーズナブルに楽しめるような方向に進んでほしいものです。おぉそうそう、酒もね(笑)



子どもの味覚を育てる<本書にはイタリアのニストリ氏が学校で行っている「味の授業」が出てきますが、同氏も参考にしたというフランスのジャック・ピュイゼ氏の『子どもの味覚を育てる―ピュイゼ・メソッドのすべて』の日本語版が、しかも日本で「味覚の授業」(キッズ・シェフ)に取り組んでいる三國清三(みくに・きよみ 「オテル・ドゥ・ミクニ」等のレストランを運営するシェフ)氏のコメント(三國メモ)入りで出ています。実はまだ読み終わってないんですが(汗)、まぁいいや、とりあえず出すだけ出しとこう(苦笑)。
子どもの味覚を育てる―ピュイゼ・メソッドのすべて』(ジャック・ピュイゼ・著 三國清三・監修 鳥取絹子・訳 2004 紀伊國屋書店)>

スローフード・バイブル<スローフード運動のバックグラウンドや理屈についてもっと知りたい向きにはこちらがいいでしょう。なんといっても国際スローフード協会会長による「スローフード」本の決定版!(ここには写ってないが、帯にあるコピーから借用)ですから。
しかしオリジナルタイトルは「スローフード 食の理(ことわり)」くらいの意味だし、内容からいっても「バイブル」って書名はちょっとアリガタ過ぎなんじゃないかと思いますが(苦笑)。
イタリア流・もっと「食」を愉しむ術 スローフード・バイブル』(カルロ・ペトリーニ・著・中村浩子・訳 2002 日本放送出版協会)>



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