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食に関する本 その3:「豆腐百珍」(とんぼの本)
 豆腐百珍
 ものごとを歴史的に通観しようとすると、古いことは書物や文書、絵画等の史料に頼らざるを得ません。食についても同じことで、日本の食をさかのぼってみようとすると、貝塚や住居址、花粉やプラントオパールなどの考古資料を除けば、古くは魏志倭人伝の記述に始まり「群書類従 飲食部」に収める諸文献から、絵巻物や絵草紙、旧家が持ち伝えた古文書などを経て、近世になると意識的に食材や料理そのものを扱う「料理書」と呼べるものが出現します。寛永20(1643)年刊の『料理物語』あたりがその嚆矢ですが、天明2(1782)年に出版された『豆腐百珍』は豆腐料理100種類のレシピ集で、『豆腐百珍続編』『豆腐百珍余録』、さらにこれに倣って甘藷、蒟蒻など食材ごとに「○○百珍」と題した、いわゆる「百珍もの」と呼ばれる料理書が次々に刊行されるきっかけとなりました。今回ご紹介する本の解説でも述べられているとおり、豆腐というごく平凡な食材を百通りに展開するという趣向が当時の人々に受けたのでしょう。日本の食文化史をたどる上で落とせない、エポックメーキングな料理本のひとつです。
 ちなみにその年には大バッハの末子ヨハン・クリスティアン・バッハが世を去り、ハイドン50歳、モーツァルト26歳、ベートーヴェンは12歳。フランス革命の火蓋を切ったバスティーユ襲撃はこの7年後の1789年のこと…ま、関係ないといえばないですけど。

 史料は史料として置いとく限りどこまでも史料ですが、『豆腐百珍』はレシピ集なので「これ実際に作ってみたらどうなんだろう」と思う人がいて当然。実際にいくつか試してみた人も多いと思いますが、今回紹介するのは「いくつか」なんてケチなことは言わず100種類全部を実際に作って写真撮って食べてみたという『豆腐百珍』(福田浩(料理・解説)、杉本伸子(作り方)、松藤庄平(撮影) 1998年 新潮社(とんぼの本))。まあ遅かれ早かれ誰かやるだろうとは思ってましたが…。

豆腐百珍新装版<上の写真は1998年の初版。昨年リニューアル版になってデザインが右の写真のように変わっています。>

  本書のカバー見返しの惹句に曰く「江戸は天明、つまり約二百年前にベストセラーとなった料理書が、二十世紀末の今よみがえる! 百品すべてを実際に作ってお見せします。(後略)」とにかく全部作ってみるということで、原書にガチガチに忠実ではなく、現代ふうにアレンジしたところもあります。何せレシピ集とはいっても原文は非常に簡単なメモのようなもので、今のように分量や手順や調理時間なんか書いてないので、どうしても想像力を働かせて読み解き、ある程度のアレンジもしなければならないわけですね。で、本書にはそのようにして再現、ものによっては再創造されたレシピと、それに基づいて作られた料理の写真と、実際に食べた感想(ないものも数点ある)が載ってます。ただしその再創造バージョンのレシピにも分量は載ってませんから、そこは原書を前にした江戸時代の好事家がそうだったように、想像力を働かせて試行錯誤が必要。ただ完成予想図が写真で与えられているので、料理メモの域を出ない原書よりはるかにとっつきやすいし、「食べてみました」という食後の感想もおおむねポジティブで、「へぇー、作ってみようかな」と思わせてくれます。

 参考までに、「再創造」がどのように行われているか、原文と対照させてみましょう。例は53番の「釈迦とうふ」。なお原文の( )内はほーほ注、カタカナで表記した語はもともと第二水準以下の漢字が当てられていることを示します。

【原文】
五三 釈迦とうふ  中サイ(サイコロのこと)にきり、イカキ(竹で編んだざる)にてふりまはして、角とり、葛をあらりと、米粒ほどに砕き、豆腐に纏(まぶ)しつけ、其まま油にてアグる(揚げる)なり。
【再創造レシピ】
五十三 釈迦豆腐
材料●木綿豆腐。葛。揚げ油。塩。
作り方●(1)葛は米粒の大きさに砕く。あらたか砕いて粗目のざるに通し、次に細かいざるに通すといい(2)豆腐は九「霰豆腐」と同じ要領(1〜2センチのさいの目に切り、10個くらいずつざるに入れ、水にひたしながら丸くなるまでやさしく振る)で下拵えをし、水気を切る。が、水分を取りすぎると葛粉がつきにくくなるので、表面は湿っている感じが頃合い(3)豆腐全体に葛粉をまぶし、すぐに揚げ油で全体に色がつくまで揚げる。豆腐をそのまま置いておくと、豆腐から水分が出て葛粉が溶ける。好みで塩をふり、熱いうちに供する。
○食べてみました――からりと揚がった豆腐は、甘みが際立ち美味。あられ感覚でついつい手がのびる。

 再創造レシピの方は葛粉の砕き方、豆腐の水気の切り加減、葛粉をつけたら水気が出ないうちにすぐ揚げることなど、実際に作る上での細かいサジェスチョンが充実し、さらに原文では味付けがされてないので「好みで塩をふり」と補っています。また写真を見ると丸い豆腐の表面の粗い葛粉がちょうど仏像の螺髪(らほつ)のように見えて、「なるほど、それで釈迦豆腐なのか」と納得できる仕組み。

 川上行藏(日本食文化史)氏らの指導を受けた福田浩氏の解説も簡にして要を得ており秀れたもの。ただ「飛龍頭(ひりょうず、関東のがんもどき)」について、「現在では豆腐全体に加薬を混ぜてから揚げるが、当時は饅頭のあんのように、加薬を豆腐で包んで揚げた(ほーほ注:「豆腐百珍」の作り方ではそうなっている)。口の中で野菜のうまさと揚げた豆腐の衣が混ざり合い、こちらの方が格段においしい。手間をはぶくために、次第に現在のような料理法になってしまったのだろうが、残念なことである。」と延べておられるのについては、僭越ながら疑問符をつけさせていただきたいと思います。
 というのは、私は「飛龍頭」という名は豆腐に混ぜた繊切りの野菜が表面に現れたり所々でつんつん飛び出したりしているところをヒゲに見立てて「飛龍の頭」としゃれたもので、したがって野菜は豆腐に包むのではなく、混ぜるのが本来の製法だったのではないかと考えるからです。野菜を豆腐に包む「豆腐百珍」の製法は、食味に重きをおくあまり、かえって「飛龍頭」の原義を失っているのではないだろうか。原書の著者は不明(篆刻家の曽谷学川(そたに・がくせん)と見る説が有力)ですが、その書きぶりから日常調理の現場に携わっている者ではなく、いずれ文人・好事家の類であろうと考えられていることからしても、本書の製法がそのまま市井一般に行われていたと見ることには慎重であるべきと思います。

料理百珍集<「日本の食文化史をたどる上で落とせない、エポックメーキングな料理本」なんて持ち上げてしまったからには、やはり原書も紹介しないわけにはいきません、というか、原書の方を本文で紹介するべきだったかな〜と思わないでもなかったけど、読んで面白いのは現代版の方なので、そちらを本文にしました。
 『料理百珍集』(写真左 原田信男校註 1997年 八坂書房)は「豆腐百珍」とそれに続く「百珍もの」の信頼できるテクストを、新字・旧かなづかいで読みやすく提供してくれています。
新撰豆腐百珍・野菜百珍
 また「百珍」の名称が後世にまで引き継がれた例に、林春隆(はやし・はるたか)の『新撰 豆腐百珍』(原書は昭和10(1935)年 岡倉書房 写真右上は昭和57(1982)年 中公文庫)と『食味宝典 野菜百珍』(原書は『食味随筆 野菜百珍』 昭和5(1930)年 大阪時事新報社 写真右下は昭和59(1984)年 中公文庫)があります。
 ただし内容を見ると、『新撰 豆腐百珍』は数百の豆腐料理のレシピをいろは順に並べ、さらに豆腐に関する随筆数編を併載したもので、レシピ集の部分が元祖(本家?)「豆腐百珍」の面影を伝えていますが、『野菜百珍』の方は野菜を中心とした食材その他に関する324の項目をいろは順に配列したもので、基本的な食材や「料理」「酒」といった項目には数十ページを割きつつ、反対に「246 さんやくの話」のように「山薬は山の薯(いも)の異名」だけで終わる項目もありというぐあいで、書名こそ「百珍」ながら、実質的には食の事典兼随筆集といった趣のもの。近世の百珍ものとは別物です。>
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