先日、やまがたすみこの「ゴールデン☆ベスト」をiTunes Storeでまったく衝動的に買ってしまいました。本当に軽い気持ちで買って聞き始めたのですが・・・
私が中学生だった1970年代前半は、ちょうど1枚1,000円から1,300円くらいのクラシックの廉価盤LPが出始めた時期でもあり、この頃から自分でレコードを買うようになりました。それに伴って各レコード会社の無料のカタログや情報紙・誌をむさぼるように読み始め、急速に耳年増化していくわけですが、そんな情報源の一つに「レコードマンスリー」という月刊誌がありました。
これは歌謡曲から洋楽からクラシックから落語から学校の運動会用レ
コードまであらゆる分野の毎月の新譜のジャンル別リストと広告、アーティストやアルバムの紹介記事などが詰まった小冊子で、中には水着女性どアップのバッキー白片のアルバムジャケット写真などもあり、中学生男子の前頭葉(と視床下部
;;)を刺激する情報に満ちあふれておりましたのです。そのある号に、たぶん「カレッジフォークの○○」(○○は思い出せないが・・・)というキャッチフレーズとともに「やまがたすみこ」という歌手のアルバムだかシングルだかの広告がありました。それがこの人の名前を知った始めでした。
やまがたすみこさんの代表曲というと、フォーク系のコンピレーションアルバムにはたいてい「風に吹かれていこう」(1973年)が採られていますが、私が初めて聞いたこの人の歌は、もう思い出せないけどこれではなかったと思う・・・でもそれはたいした問題ではない、というのは、私は何よりもその「声」に魅せられたからです。高く澄んで、複雑な倍音が少ない、純音に近い声。
概して私はこの系統の声に弱いんです。本田路津子とか八神純子とかチェリッシュのえっちゃんとか、クラシックならグンドゥラ・ヤノヴィッツとか古楽派の、ソプラノ・リリコであまり表情が濃くない系ですね。やまがたすみこさんの声と歌い方は、本田路津子さんのすっきりと上品な苦味を含んだ声よりさらに純音っぽくてヴィブラートも控えめだし、八神純子さんのようにしなやかに力強く歌い込んでいくわけでもなく、クラシックのソプラノ・リリコのように声の輪郭や言葉の立上げがかっちりしてなくて、ふんわりと柔らかい乳白色のにじみがあります。ちょっと前に流行った言い回しですが、「癒し系」の歌声とでも言いましょうか。いや〜しびれます。
さらに1975年12月から76年1月にかけて、NHK「みんなのうた」で「くいしんぼうのカレンダー」が放送されました。歌はやまがたすみこと杉並児童合唱団・・・おぉ、ひさしぶりにこの声と再会!この曲はエアチェック(死語か(笑)・・・ラジオ放送をカセットテープに録音すること)して、繰り返し繰り返し愛聴しました。
ところで、「レコードマンスリー」のキャッチフレーズにあったカレッジフォークというジャンルは、ネットで見ると「GS(グループサウンズ)が流行っていた前後に主に大学生の間で流行っていた」ものだそうで、ただし大学生ったって筑波大生や茨大生じゃねぇみてぇだよ(笑)。この「大学生」は良家のお坊ちゃまお嬢様が通う都心の私立大学の学生さんのことらしい。
やまがたすみこさんも「風に吹かれていこう」からしばらくの間は、あっけらかんと「好き」とか「会いたい」とか歌い込んだ天真爛漫な歌詞とあのすてきな声で、カレッジフォーク路線でいけてたと思います。しかしこの可憐にして脳天気なカレッジフォークはけっきょく一過性のもので早々と消え去ってしまい、これ以後のシンガーソングライターのテリトリーは、シリアスな内容やメッセージを歌うフォークと、旋律やアレンジのエラボレーションに重きを置くニューミュージックに分化しながら、カレッジフォークよりは社会状況や感情の内側に踏み込んだものになっていきます。そして私は、ここにきてやまがたすみこさんのあの「声」が、やまがたさん自身にとって問題になってきたのではないかと思うのです。
管楽器でも弦楽器でも広い音域をカバーするために「倍音」を利用します(弦楽器は弦長を変えるので一見倍音とは無縁に見えますが、フラジオ(ハーモニクス)は倍音を利用します)。それから類推して、人間の歌う声を「地声」と「裏声」に分けて考えてみましょう。
地声は声帯の基本振動の範囲内で出せる音域をカバーします。声帯が強靭だったり柔軟だったりすればするほど、地声でかなりの範囲の音域をカバーできるでしょう。
しかしその範囲を超えて高い音を要求された場合、声帯は基本振動の上の倍音を使ってカバーするだろうと思う。この上の倍音を使った声を裏声と呼ぶことにします。
地声と裏声は滑らかに段差なくつながり、声質的にも全く変化がないのが理想でしょう。しかし地声と裏声がはっきり違う人も中にはいる。たとえば太田裕美さんがそうで、裏声になるとはっきりと力や張り(音のテンション)が落ちますね。
倍音が変わると音質が大きく変わるということは、管楽器奏者の方にはあまりピンとこないかもしれません。しかし弦楽器奏者なら、フラジオ(ハーモニクス)の音が表情や力のない、いわば「死んだ」音になることは体験から理解できるでしょう。これは振動体自体の振動が音になる弦楽器と、振動体自体ではなく振動体が作る空気柱内の振動が音になる管楽器の違いじゃないかと思う。私はなんせ日本民俗学専攻なんでわかりませんが、振動体の振動から発生する音の強さを決めるファクター(何でしょうね、たとえば振幅?)を s とすると、振動体の波長 w と s の関係 s = f(w) の f を記述する公式があるんじゃないかと思うんですがねぇ、どうでしょう物理専攻の方?
閑話休題。理屈はともかくとして、弦楽器や太田裕美さんの場合、高次の倍音に移ると音や声のテンションが落ちます。私はやまがたすみこさんも、太田裕美さんほど極端ではないが、もともと裏声の声域が多少「死ぬ」タイプの人だったんじゃないかと思うのです。あの澄んだ、純音に近い、ヴィブラートの少ない高音は、裏声のテンションがあまり上がらないことと引き換えにもたらされていたのではないのか、と。
もしそうであれば身振りの大きい、強い表情の歌は、あの声域では歌えない。実際「ゴールデン☆ベスト」を順番に聴いていくと、やまがたすみこさんは1975,6年あたりから、カレッジフォーク時代の歌のほとんどを歌っていたあの高い裏声声域を次第に制限し、それより低い地声の声域で歌うようにシフトしていってます。それと同時に以前より大きいヴィブラートを使ったり逆にヴィブラートをほとんどなくしたり、息の音を混ぜたり、声の圧力を上げたり、音程を微妙に上下に揺らしたり、いろいろな手段を駆使して、地声声域での表現手段を多彩にしていくのです。もちろん歌の内容もカレッジフォークの世界を超え、愛の喜び、悲しみ、嫉妬、別れ、寂しさ etc. に踏み込んでいて、それを表現するためにあの美しい高音を捨ててかかっている。
この人にしてこの模索と努力。歌を歌い続けていくって大変なことなんだなぁ・・・
ところでこのアルバムには、やまがたすみこさんのオリジナルだけでなくカバー曲もいくつか収められています。アルバム1枚目の「秋でもないのに」や「この広い野原いっぱい」といった「いかにも」という曲たちもよいですが、アルバム2枚目に収められた曲が興味深い。中でも「神田川」ですね。カレッジフォーク以後はニューミュージックの側へ進んだこの人が、路線的には袂を分かった四畳半フォークの代表格「神田川」を、しかもカレッジフォーク時代のあの声で歌っています。実際の録音時期はわかりませんが、アルバムの2枚目を通してカレッジフォーク以後の模索と苦闘を聞いた後に、昔どおりのあの声、あの歌い方で、そんなに素直に「♪若かったあの頃♪」なんて・・・私ゃもうそれだけで涙です。
「神田川」に続いては「想い出まくら」「あの日にかえりたい」(ユーミンそっくり!)の後、「ざんげの値打ちもない」の北原ミレイ風(こんな歌い方もするんだ!)に歌われる「望郷」をはさんで、「くいしんぼうのカレンダー」のソロバージョンが収められています。伴奏は杉並児童合唱団と共演した「みんなのうた」バージョンと基本的に同じものですが、テンポが心持ち上がっていて、やまがたすみこさんもくつろいで、のびのびすっきりと気持ちよさそうに歌ってる。ここまで張り詰めてアルバムを聞いてきた私も、なんだかほっと救われる思いがします。
ああ、この人にこの歌があって本当によかった。34年前に「みんなのうた」のカセットテープを繰り返し聞いたように、今はこのトラックを愛おしんで聞いています。
・・・いやー、こんなことになるとは思わなかった。どうもベスト盤という本来の意図と違う聞き方をしてしまったみたいです。でも、すごく感動しました。