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川の立体交差(新潟市西区)
 このお正月は、例によって新潟市西区、JR越後線の内野駅近くの家内の実家で過ごしました。新潟の冬というと暗くて吹雪で日本海の波だっぱ〜ん!というイメージですが、内野とその周辺は日本海にごく近く、せいぜい1〜2kmで浜に出てしまうため雪はあまり降りませんし、岩場でなく砂浜なので波だっぱ〜んも、ちょっと・・・。もっとも浜は北西に面してもろに季節風を受けるため、天気が荒れれば港の突堤の波だっぱ〜んは期待できそうですが、なぜか私が行くときは天気がそこそこ穏やかで、今年のお正月もけっこう晴れ間が出たりしてました。
 天気が穏やかで酒も海の幸も文句なしに美味いときちゃ、もう言うことなし♪というわけで、三が日は毎日朝からお昼過ぎまで駅伝三昧で過ごしてしまい、正月太りが少々気になったので、この機会に内野にある「川の立体交差」を見に行ってきました。

 「川の立体交差」というのは、文字通り川が別の川の上を横切って流れているもので、自然にはまず起こらないだろうと思います。ここの立体交差も人工的なものですが、もちろん伊達や酔狂でやってるわけではなく、歴史的な背景があるのが面白いところ。まずは現況を見ていただきましょう。
説明板写真
<立体交差のたもとにある案内板の解説写真。新川の右岸からの絵。二つの川の位置関係と流れる方向がわかる。>全景
<案内板の写真の対岸、新川の左岸から全景を見る。新川は向かって右から左へ、西川は手前から向こうへ流れている。>
西川水道橋 ご覧のとおり、大きな川(新川)を別の川(西川)が鉄道の鉄橋のような形の小ぶりのトラス橋(西川水路橋)でまたいで流れています。新川の方は流れがわからないくらいゆったりと流れていたのに対して、上をまたぐ西川はかなり速い流れです。
<再び新川の右岸から。>

 現状を見るともともと新川が流れていて、それを横切って水路橋をかけたように見えるのですが、この立体交差のたもとにある案内板によると話は逆で、もともとここを流れていたのは今は水路橋を流れている西川の方でした(図参照)。
新川開削前の西蒲原
<案内板にある新川開削前のようす。絵図をもとに加描。図の上側が日本海で、信濃川・西川は図の左側から右側へ流れている。>

 西川は信濃川から分かれて越後平野を流れ、新潟の手前で再び信濃川に合流する川で、江戸時代には越後平野と新潟を結ぶ舟運と用水に大きな役割を果たしていました。いっぽう越後平野は水はけが悪く低湿で耕作に適さなかったため、日本海へ悪水(田から排水しなければならない不要な水)を抜く排水路が計画されました。しかし越後平野から日本海へ排水路を通すにはどうしても西川を越えなければならず、西川の舟運や用水の機能を妨げないように、天井川となっていた西川の川底に底樋(そこひ・木製のトンネル状のもの)を埋め込んで立体交差としました。この排水路が新川で、工事が完成したのが1820年、すなわち今から約190年前、明治維新の約50年前という時期です。
新川・西川の役割の変化 その後舟運が廃れて西川は用水機能が主となり、一方土地改良事業の進展により新川の排水能力の向上が必要となって二つの川の力関係が逆転、「西川の邪魔にならないように底をくぐる新川」から「大きな新川に橋をかけて越える細い西川」という今の姿になったのですと。
 川を立体交差させるという発想やそれに伴う技術的な工夫もさることながら、私はこの二つの川の力関係の変化がおもしろかったです。
<再び案内板から。二つの川の役割の変化が説明されている。>

 申し遅れましたが現場はJR越後線の内野駅からぶらぶら歩いても15分くらい。水路橋は国道116号線が新川を渡る槇尾橋の下流側(海側)に並行してかかっています。ここに摘記した案内板は内容豊富でよくできています。

六区集会所前の幟 実は川の立体交差自体はそれほど珍しいものではなく、耕地整理や幹線用水の工事などにからんでしばしば発生し、越後平野でも地図上で何箇所か見つけることができます。しかしそれらが重機や近代的な工法を駆使したものなのに対し、西川・新川の立体交差は近世に行われ、しかもその形や機能を時代の要請に合わせて変えながら今日まで利用されているという点で特筆されるのですね。内野の町おこしに利用しようという動きもあるようです。
<内野駅から立体交差へ行く途中の、六区集会所前の幟。>


<おまけ>
小野寺よ やはり内野駅から立体交差へ行く途中で見かけたクリーニング屋さん(お正月休み中)。ママクリーニング小野寺までは「ふむふむ」と特にひっかかるところもありませんが、最後の小さい「よ」は何?会社に小野寺さんが何人かいると、小野寺よし子さんは「小野寺(よ)」、小野寺太郎左衛門君は「小野寺(た)」というハンコを使ってることがあるが、それ?それとも、ママクリーニング小野寺チェーンの1番店が「小野寺あ」、2番店が「小野寺い」以下続く(「いろは」かも)・・・となっている?
 実はこれ、女の子がママに呼びかけてる声なんだそうで、そういわれると全体が「燹´瓠廚任くられ、「ママ」と「クリーニング」の間に小さい点も入ってるのでした。本社は新潟県のお隣、山形県鶴岡市。リンクは会社案内のページに飛びますが、ご用とお急ぎでない方はぜひトップページに飛び、その一番下の子どものボタンをクリックして実際の声をご確認ください。昭和39年から続いているCMのキャッチフレーズなのだそうです。コマーシャルソングの歌唱付バージョンもアップされていて、おねえさんの歌声がさわやか♪

| 地域とくらし、旅 | 23:38 | comments(0) | trackbacks(1) | pookmark |
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| ごんの新潟日記 | 2010/08/22 7:20 AM |

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