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「仮面舞踏会」の「ギャロップ」と組曲の全体構成
 どうやら「仮面舞踏会」組曲の終曲「ギャロップ」の正体が見えた、と思います。私の結論は、この曲は「舞踏会でのぶざまな息切れ」の音楽、テンポの速い踊りについて行けず、足がもつれ、息は上がり、次第に音楽から取り残されていきながら、それでも「あぁらアタクシってば、まだまだ踊れるザァマスことよ」と見栄を張り続けるロシア貴族・上流社会を皮肉った曲です。
galop thema

 そもそもこの曲は最初からおかしな調子で書かれています。短二度でぶつかりながら不恰好に進む旋律、ミュート付きトランペットの調子はずれな合いの手…どうやら舞踏会にお集まりの紳士淑女のみなさまは、実はあまり踊りが得意ではないらしい。恰幅が良すぎるのかも?

※スコアは9(練習番号1)〜12小節。木管が短二度すなわち半音でぶつかりながら上行しきったところでトランペットが合いの手。


galop 5 bars

 それでもなんとか4小節フレーズで進んできたのに、キメるところを決め損なってぐずぐずと崩れ、1小節の余分がはみ出して、4小節周期から外れてしまいます。踊りについていけてないのです。

※スコアは16〜22小節。20小節(練習番号2)でキメれば4小節フレーズが維持されたのに、だらしなくぐじゃぐじゃと次の小節になだれ込んでしまった。


galop 1.5 beat

 さらに中間部に入る直前、それまで2/4拍子、すなわち1小節2拍で進んできたのに、突然1.5拍の小節が割り込んで来ます。踊りの足がもつれてよろけ、相手の足かスカートの裾を踏んでしまったようです。

※スコアは90〜93小節。90小節と91小節は本来2/4拍子のままで直前の88−89小節を繰り返すべきだったのに、あと1拍というところで足取りがもつれてしまう。
88-89小節  2/4+2/4の4拍
90-91小節  3/4+3/8+3/8+3/8で7拍半
この“半”が利いている!


galop fainting

 中間部で踊りはいっそう激しくなりますが、疲れてふらふらになってしまいます。一度はなんとか立ち直るものの・・・

※スコアは106〜112小節。106小節から ritardando の指示によりふらふらと減速、しかしここは110小節の sf 付の音符で立ち直り、(a tempo) となる。


galop clarinet
 ついに踊り続けることができずへたり込んでしまいます。そこへ情け容赦なく浴びせられるクラリネットの嘲笑!
※スコアは123〜132小節。123小節で再び ritardando が指示されふらふら減速、今回はそのまま立ち直れずに127小節からのクラリネット・ソロの餌食に・・・

galop re-entry

 仕方なくふらふらと立ち上がり、再び踊りの輪の中へと向かいますが…

※スコアは133〜138小節。133から136小節のフルート・ソロはいかにも力なくふらつきながらもとの部屋へ立ち戻るような感じ。


galop 4 bars

 もう普通の速さで踊ることができず、最初は2小節でできていた上行部分に倍の4小節かかってしまう始末。もはやヘロヘロですね。

※スコアは137(練習番号14)〜142小節。最初の譜例(練習番号1〜)では「タタタタ|タタタタ」と2小節で上がりきったのに、今回は息切れしながら「・タ・タ|・タ・タ|・タ・タ|・タ・タ」と4小節かかってやっと上がりきる。


 以上のようにこの曲を解釈すると、舞台上で華やかに着飾った紳士淑女たちのドタバタ喜劇が演じられているのが見えるようで、「仮面舞踏会」がもともとは劇音楽だったことが改めて思い出されます。
 また、レールモントフの原作自体も上流社会の価値観に対する批判的な調子で書かれていますが、こうして見るとハチャトゥリアンもそうした反ブルジョア的な視点をしっかり受け継いでいる、というか、皮肉っぽさという点ではさらに磨きがかかってます。

 実は舞踏会とそれに象徴される上流社会に対する反感、というか疑問符は、既に第3曲「マズルカ」に表れています。ただここでは皮肉な調子ではなくて、華やかな舞踏会に集まる人たちも実はそれぞれに悩みや苦しみを抱えていて、決して見た目どおりの華やかで幸福な世界ではないのだということを、マズルカ主題の反行形による短調の中間部で暗示するにとどまっています。

 では組曲中のもうひとつの舞踏会関係の曲である冒頭の「ワルツ」はどうでしょうか。この曲は特に打楽器が厚過ぎてゴテゴテと飾り立てたような印象があり、その趣味の悪さが作曲者のブルジョア階級に対する辛辣さを示していると思われますが、夫に毒を盛られたとも知らずにニーナがうっとりと回想するワルツがこの曲であることから、音楽の内容としてはあからさまな皮肉や疑問を表してはおらず、むしろ舞踏会にあこがれています。

 そうするとこの組曲は、第一曲「ワルツ」→第三曲「マズルカ」→第五曲「ギャロップ」と進むにつれて、舞踏会によって象徴されるロシア貴族・上流社会への反感をつのらせ尖鋭化していくように組み立てられていると考えることができます。
 また第二曲「ノクターン」が以前考えたように漠然とした不安を表し、第四曲「ロマンス」が相手に対する嫉妬を表している(これは歌詞から明白*)とすれば、組曲全体の構成を次のように示すことができます。

第一曲「ワルツ」   対象:舞踏会−貴族・上流社会 内容:憧れ(ただし表現は反ブルジョア)
第二曲「ノクターン」 対象:自分自身の内面  内容:漠然とした不安
第三曲「マズルカ」  対象:舞踏会−貴族・上流社会 内容:疑問符
第四曲「ロマンス」  対象:自分自身の内面  内容:嫉妬
第五曲「ギャロップ」 対象:舞踏会−貴族・上流社会 内容:皮肉

 舞踏会−貴族・上流社会に対する目(舞曲系の曲)と自分自身の内面に向かう目(緩徐系の曲)が交互に現れながら、そのいずれもが次第に激しく、とんがったものになっていくという全体の構成といい、また以前に指摘したとおり舞曲系の曲全てが「動機2回+断片3回」という構造を共有していることといい、見れば見るほど意外と凝った作りになっているのですよこの組曲は。

*「ロマンス」の歌詞を全音楽譜出版社版のスコアの解説(寺原伸夫氏による)から引用すると次のとおり。

かなしみがわれ知らず ひとすじの涙となり
きみの瞳を走りぬけても
僕の心は痛みはしない
別な男といて不幸なきみをみても

けれども ふっと仕合わせが
きみの瞳に輝いて見えたら
そのときは人知れず、悶え苦しむだろう
僕の胸はまるで地獄だ

男が女に嫉妬する歌詞ですが、劇中ではニーナ(アルベーニンの妻)が人々のリクエストに応えて歌うことになっている。
| 定演指揮者奮戦記! | 00:14 | comments(2) | trackbacks(0) | pookmark |
コメント
突然のコメント失礼いたします。
私は一応指揮者を生業としております佐藤和男と申します。
この年末に栃木の真岡市民交響楽団と言うオケでこの曲を取り上げるにあたり、資料を検索しておりました所、ほーほ様の投稿を読ませて頂き、どうしてもお礼を申し上げたく、コメントさせて頂く次第です。
どんなプロの音楽家の方かと思いプロフィールを拝見いたしましたところ、何とアマチュア! 本当に驚き感動いたしました。
作品に対する真摯な姿勢と探究心は多いに見習わせて頂きます。
お陰様でこの曲に対する興味が倍増いたしました。
ありがとうございました。
| 佐藤和男 | 2016/07/19 5:34 PM |
佐藤和男さま、コメントありがとうございます。
お褒めに与りまして光栄です。しかもプロの方から!今日は一日いいことありそうです(笑)。
拙論は妄想半分のものですが、少しでもお役に立てれば幸いです。演奏会のご成功を心よりお祈り申し上げます。
ありがとうございました。
| ほーほ | 2016/07/20 9:56 AM |
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