最近読んだ本(短評):『精読 アレント『全体主義の起源』』(牧野雅彦 2015 講談社新書メチエ 604)

 『全体主義の起源 The Origin of Totalitarianism』(1951/1955/1958;以下「原著」という)はハンナ・アーレントの主著の一つであり、私としてもぜひ読んでおきたいものではあるが、邦訳本はハードカバーで三分冊という大部なものであり、安価な原著の Kndle 版にかじりついてはみたものの私の英語力では到底歯が立たず、取り組みかねていた。その点で原著の構成や内容を概ね知ることのできる本書の出版は大変ありがたかった。

 

 本書は原著の構成に従って、全体主義の要素となった「反ユダヤ主義」と「帝国主義」を順次検討し、それらが全体主義に結果したというクロノロジカルな構成をとっている。これはアーレントの問題意識が「(全体主義の)諸要素が急に結晶した出来事」(本書「注」p.10)にあったからで、つまりアーレントは諸要素が出そろえば必然的・自動的に全体主義になるわけではなく、何かの出来事をきっかけにしてそれら諸要素が一斉に結晶して全体主義になる、と考えていたようである。私は今回の読みではこの結晶過程をとらえ損なっている。要再読。

 

 原著で扱われている「全体主義」はヒトラーのナチス・ドイツとスターリンのソヴィエト・ロシアである。ところで本書で「そもそも日本では―シベリアに抑留された兵士など一部の人々を例外とすれば―「全体主義」と正面から向き合ったことがなかった」(p.267)と指摘されているとおり、私自身にも全体主義に対するイメージがほとんどなかった。しかしアーレント自身やアーレントが読者として想定していたであろう1950年代の欧米人にとってヒトラーやスターリンの全体主義は決して他人事ではなく、自分たちが身をもって対決した、あるいは今対決している現実であったわけで、原著を読もうとする私を含む日本の読者はこの点でハンデを負っていると言えよう。
 このハンデを軽減する手段として、カール・ヤスパースが原著ドイツ語版(1955)の序言で推奨したという、第一部「反ユダヤ主義」と第二部「帝国主義」をとばして全体主義を扱った第三部「全体主義」を先に読むという読み方も「あり」かと思われる。今回の読みでも、最も興味深く圧倒的な印象を与えられたのは原著の第三部「全体主義」及び初版の結語を扱った第四章「全体主義の成立」と第五章「イデオロギーとテロル」であった。

 

 今回の読みは原著及び本書の内容を的確にとらえきれず、いささか皮相なものにとどまったため、いずれにしても要再読なのだが、それでも本書で示された全体主義の諸相やその分析からは、我々の現実生活の中にある様々な問題を考える上での示唆を得られたように思う。それは現実の問題を打ち当てて火花を出す火打ち石のようなものか。その火花を何に移しどんな炎に育てるのかは我々自身の問題となる。

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最近読んだ本:『新編 日本思想史研究 村岡典嗣論文選』(村岡典嗣著 前田勉編 2004 平凡社 東洋文庫726)
 最初に、本文中では敬称を省略したことをお断りしておきます。

 本書を読むまでは、私にとって村岡典嗣(むらおか・つねつぐ)という人は岩波文庫の本居宣長(もとおり・のりなが)の著書の校訂者に過ぎませんでしたが、本書巻末の前田勉氏による解説によると、村岡は「日本思想史学の生みの親」(p.414)であり、そういえば最近読んだばかりの家永三郎『日本道徳思想史』(1954/1977 岩波全書)巻末の「参考文献補遺」にも名前がありました。曰く
 
通史ではないけれど、村岡典嗣「日本思想史研究」四冊にも、参照すべき論文が多く含まれている。特に方法論に関する論文は、津田前引書(注:津田左右吉『文学に現はれたる我が国民思想の研究』四冊をさす)の序文と共に、道徳思想史の方法論を考えるに当って教えられるところが多い。何といっても、津田・村岡両者は日本思想史学を独立の学問的体系として樹立した草創者であり、たといその学問の内容や思想的立脚点にまったく同意し得ないとしても、日本思想史を研究しようとする学徒は、まずこの両先学の業績から出発するのが順路であると思う。(家永『日本道徳思想史』 p.240)

このように、津田左右吉と並んで村岡典嗣の業績を讃えています。。
 ところが、おもしろいことに前田勉による本書解説には、逆に家永三郎に言及した部分があるのです。曰く
 
この点、家永三郎が、村岡は「概して研究の対象に温い同情を注ぎつつその精神の理解につとめ、短所の暴露よりも特色の発見に重きをおいた」と、「限界の指摘に重きをおいて仮借なき批判を急とした」津田左右吉と対比しつつ、指摘していることが参考になる(「日本思想史学の過去と将来」、『家永三郎集』第一巻)。(p.425)

とのこと。前田はこの点に関連して
 
思想家を分析する立場には、弁護士型と検察官型の二つのタイプがあるが(内田義彦「方法としての思想史」、『内田義彦著作集』六巻)、自己の人生観・世界観からする超越的批評をしばしば行っている津田左右吉は明らかに検察官型であったのにたいして、村岡は、「本人が口ごもっている言い分を何とか聞きただしてみよう、本人の自覚にあるものよりもいま少し明確にその言い分を聞いてみよう」(同右)とする弁護士型に属していたといえよう。(p.426)

とも述べています。同じジャンルに属する本同士ですから当たり前かも知れませんが、村岡典嗣と津田左右吉を仲立ちにして本書とその前に読んだ本とがけっこうピンポイントで響き合うというのは、ちょっとおもしろい経験でした。

<東洋文庫の常として、表紙・背・裏表紙は落ち着いたグリーンのクロス装で大変手触りがよい。表紙には書名をはじめ字は何もありませんが、背に金で書名・著者名等が押されているので、本棚から取り出すには困りません。>
 
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最近読んだ本:『日本道徳思想史』(家永三郎 1954(初版)1977(改版) 岩波全書194)
 このところ、海外から大量に日本に押しかける観光客の、日本人の目には傍若無人で非礼に映る行動に関する報道を目にする機会が増えました。これらの人々だって、わざわざ日本人に迷惑をかけ自国の面目を貶(おとし)めようとしてこうした振舞をするわけではないのでしょうが、どうも彼我の公衆道徳には大きな違いがあるようです。そこでまずは我ら日本人の道徳律のよって来るところを考えてみようと、本書を繙(ひもと)きました。例によってまずは目次を掲げます。

改版にあたって
はしがき
序 章 日本道徳思想史とは何か
第一章 原始社会人の道徳思想
第二章 氏姓階級の道徳思想
宗教思想
政治思想
階級意識
家族道徳思想
人生観
第三章 貴族の道徳思想(上)
政治思想
階級意識
家族道徳思想
宗教思想
第四章 貴族の道徳思想(下)
階級意識および政治思想
生活目標
家族道徳思想
宗教意識
第五章 僧侶の道徳思想
出家意識
出家精神の喪失
第六章 武士の道徳思想(上)
主従道徳
家族道徳思想
政治思想
階級意識
宗教思想
第七章 武士の道徳思想(下)
封建意識
家族道徳思想
政治思想
経済思想
武士道
宗教思想
封建道徳の伝統
第八章 町人の道徳思想
階級的自覚
家族道徳思想
経済思想
宗教思想
享楽主義
封建思想
町人精神の伝統
第九章 農民の道徳思想
政治思想および社会意識
人生観
家族道徳思想
参考文献補遺
時代一覧
年表
書名索引
人名索引

 本書は基本的には時代区分に従って原始時代(先史時代)から江戸時代とその直後の明治時代あたりまでを扱いながら、僧侶と農民に関しては時代で区分せず通史的に扱っています。町人(商人と職人を含むが、主に商人)についても時代区分でなく独立した章を立てていますが、これは主に江戸時代の道徳思想を武家のそれと町人のそれに分けた、その町人の分で、従って江戸時代の町人を扱っています。巻末の「時代一覧」が時代区分と本書の構成を一覧できる表になっていますので、これを下に掲げます。
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最近読んだ本:『山の思想史』(三田博雄・著 1973 岩波新書(青版)860 F104)
 書名からは、山に関する思想、つまり山というものがどのように考えられてきたかに関する通史かと思われそうですが、次に掲げる目次を見るとわかるとおり、本書は「I なぜ山へ登る」に続いて山に関係の深い人々9人を取り上げ、その各人の山に対する向き合い方とその遍歴を追ったものです。

I     なぜ山へ登る
II  北村透谷
III   志賀重昂
IV   木暮理汰郎
V    武田久吉
VI   田部重治
VII  大島亮吉
VIII 加藤文太郎
IX   高村光太郎
X    今西錦司
あとがき

  II 以下は各章で取り上げられている人の名前がそのまま出ていて内容が容易に想像されますが、I だけは人名ではなく「なぜ山へ登る」という総論めいたタイトルがつけられています。この章は『若きウェルテルの悩み』や多くの文学作品を書く一方で官僚として鉱山経営の事務等を取り仕切り、また自然科学の研究にも取り組んだゲーテを取り上げながら、本書の全体を通底する「科学技術と人の心とのそれぞれに宿るデーモンの克服」という基調を設定した章なのです。つまり II 以下の各章が本書の本論に当たりますが、「I なぜ山へ登る」の章は II 以下で扱う人々の人選やその取り上げ方といった本書の基調を定めた章でもあり、また論の進め方が私にはやや難解でもあったので、自分自身の復習を兼ねてここに紹介しておこうと思います。
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最近読んだ本:『日本人の音楽教育』(ロナルド・カヴァイエ 西山志風(にしやま・しふ) 1987 新潮選書)
 裏表紙側のカバーに音楽評論家の遠山一行(とおやま・かずゆき)氏の短評が載っているので、そこから引用します。
 
(前略)イギリスから音楽学校の教師として我が国に来た若いピアニストであるカヴァイエさんは、自分の眼にうつった光景を率直に語っている。それは、日本の音楽家たちにもある意味ではわかっていることだが、状況は変わらずに進んでゆく。私はこの本を、むしろ、自分の子供にピアノを習わせるお母様たちに読んでいただきたいと思う。音楽教育、ピアノ教育についての具体的な―そして有益な―指針も少なくないが、何よりもカヴァイエさんのもった素朴なおどろきや疑問や忠告を成心なく受け入れて状況を変革する力は―専門家よりも―そうした人々の手のなかにあるとおもうからである。

 遠山氏の文中に「若い」とありますが、略歴によるとカヴァイエ氏は出版時に36歳。ウィンチェスター音楽院を経て王立音楽院(RCM:Royal Collage of Music。英国には「王立音楽院」と訳される教育機関が二つある。もう一つはRAM:Royal Academy of Music)を修了後、ハノーヴァー音楽大学、リスト音楽院で学び、武蔵野音楽大学の招きで1979年にやはりピアニストである夫人のヴァレリア・セルヴァンスキーさんとともに来日し、1986年帰英とのこと。本書は言語学者の西山志風(にしやま・しふ)氏とカヴァイエ氏の対談という体裁をとっていますが、実際には1984年4月から1985年11月にかけて10回にわたって行われた対話(1回あたり約2時間)をもとに、その後の質疑や追加の対話、カヴァイエ氏の帰英後の文通等によって補足・編集して対談の形にまとめられたものだそうです。

 本書の目次は次のとおり。本書は目次だけで5ページとっていますが、これは章立てだけでなく文中の小見出しまで拾っているためで、この小見出しが詳細につけられているので、本書のおおよその内容を知ることができます(その分長いのでご注意!)。
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最近読んだ本:『音楽の鑑賞 ―職場の音楽アルバム解説―』(文部省社会教育局 昭和25(1950))
 本書によると、戦後復興が一段落したかと思われる昭和25(1950)年、国が労働者教育の一環としてレコードアルバムを企画・作成し、労働組合を通じて各会社に配ったことがあったというのです。そんなことがあったとは私は全く知りませんでしたし、ネット上をちょっと探してみましたがこれに関する情報は見当たらず、文科省のHPで公開されている「学制百年史」にもこれに関する記述はありませんでした。埋もれた歴史発掘か?

本書の「序」に本書出版の事情が説明されているので、まずはこれを引用します。
 
            序
 今日では音楽は、あらゆる階層をとわず生活の一部となつているが、終戦後現在にいたるまで、外来の音楽をほとんど無批判、無反省に取り入れた結果、音楽自体のもついろいろな特色が曲解せられて、低給な面に特に強い影響を与えてきている。
 そこで文部省においては、本省に設置されてある労働者教育分科審議会でこの問題について、協議した結果、労働者に対して、より健全な音楽を与え、その教養を高める一助として、さきに職場の音楽レコードアルバムを編集し、これを組合組織を通して全国的に配布した。
 そしてさらにこのレコードの曲目その他についての解説と、音楽の鑑賞について、本書を作成して広く頒布することとした次第である。
  昭和二十五年七月
                              文部省社会教育局
※文中の「なつているが」「低給な」は原文のまま

 1950年といえば、それに伴う戦争特需がその後の高度経済成長の基盤となったともいわれる朝鮮戦争(1950〜1953、現在休戦中)の始まった年。日本はまだ連合国軍の占領統治下にあり、この年には連合国軍最高司令官マッカーサーの要請により警察予備隊(後に保安隊を経て陸上自衛隊に改組)が発足、第1回さっぽろ雪まつり開催、2リーグ制となったプロ野球で初の日本シリーズ開催(毎日オリオンズ(現・千葉ロッテマリーンズ)が優勝)、「サントリーオールド」「江戸むらさき」発売、池田勇人蔵相(当時)の「貧乏人は麦を食え」発言等がありました。
 ところでネット上の資料によると、この年のレコード(SP盤)の価格は170円、人事院の「国家公務員の初任給の変遷(行政職俸給表(一))によると、大卒程度に相当する六級職の初任給は昭和24年4月から昭和25年12月までは4,233円でした。つまり当時のSPレコードは大卒の初任給を全部つぎ込んでも25枚は買えなかったわけです。現在ではどうかと見てみると、先ほどの人事院資料では平成27年度の大卒初任給は総合職181,200円、一般職176,700円ですから、CD1枚を1,800円とすると100枚くらい買えそうです。しかもSP盤は片面3分からせいぜい5分程度、両面でその倍ですから、大卒初任給をつぎ込んで25枚買ったって演奏時間は最大250分程度で、CDなら3〜4枚分に過ぎません。当時のレコードというのは大変高価なものだったのです。
 そのような高価なレコードをこの時期に、しかもこのときに配布した第一集で22面すなわち11枚組のアルバムにして配布した理由や経緯は本書からは詳しくはわかりませんが、GHQ(連合国軍総司令部)の指導とともに、国民精神総動員運動や敵性音楽(=米英の音楽、特にジャズや軽音楽)の禁止への反省と反動、また戦後怒涛の勢いで無秩序的に流入したであろう娯楽音楽の当時の社会に対する影響への懸念等が考えられます。組合組織を通して配布したというのも異例で、GHQの指導や当時の労働運動の状況(この年にGHQの主導で、労働組合のナショナルセンターとして反共色の強い「総評」(日本労働組合総評議会)が結成される)との関連があったのでしょうか。とにかく1950年はまだ連合国軍の占領下ですから、現在では考えられないような政策も行われ得たもののようです。

 本書の「第四章 職場の音楽アルバムの構想」には、この職場の音楽アルバムの構想について次のように述べられています。
 
 今度皆さんの音楽鑑賞力を向上させるため職場の音楽アルバムが編集されることになりました。そこで実際の音楽家や労働組合の人々が集まって委員会を作り、音楽アルバムを編集する基礎となるべき、音楽鑑賞の教科課程を作成し、それに基いてレコードの編集もすることとしました。わたくしたちは何回も会合して案を練り、ようやく教科課程とそれに基くアルバムの内容を決定したのです。したがってこのアルバムは一回だけで終ってしまうものではなく、全体で五回位にわたって刊行され、全部では六十枚くらいのものになる予定です。(以下略)

 「全体で5回、60枚くらい」とはお金の面でも時間・労力の面でもけっこうな規模と言えるでしょう。しかもここに言う「音楽鑑賞の教科課程」は後で見る通り、中世から20世紀までのクラシック音楽、世界の民謡、映画音楽やダンス音楽等までを網羅し非常に広い範囲に開かれた、今日見ても立派なものであると思います。ただ実際にこのアルバムが完結したのかどうかは、今のところ私は確認できていないのですが。

 本書はB6判、上に示した「序」と目次等を除いた本文123ページの冊子で、内容は音楽鑑賞の意義とその方法について述べる「前編 音楽鑑賞の手引き」と、配布した職場の音楽アルバムの構成と曲の解説等について述べる「後編 職場の音楽アルバムの解説」の二部構成。参考のために目次と小見出しを示します。
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最近読んだ本:『1960年5月19日』(日高六郎編 1960 岩波新書青版395)
 書名の「1960年5月19日」は、1951年9月8日にサンフランシスコ講和条約とともに結ばれ在日米軍の駐留を可能にした日米安全保障条約に、日米共同防衛の明文化、在日米軍の配置・装備に関する事前協議制度の導入などの改定を加えた新安保条約の国会承認をめぐり、当時の岸信介内閣が衆議院の特別委員会と本会議で強行採決を行った日です。この日の前後に起こったデモ・スト等一連の大規模な安保改定反対運動は一般に「60年安保闘争」と呼ばれています。
 本書は主にこの「60年安保闘争」、すなわち反対運動の経緯と内容について書かれたもので、新安保条約の内容や政府側の主張などは安保闘争の叙述に必要な場合・必要な内容に限って触れられているだけですので、この一冊で60年安保改定問題の全体像をつかむことはできません。「あとがき」にはこの点について次のように述べられています。

「 1960年5月19日は、日本の大衆運動の歴史のなかで、象徴的な意味をもつ日付となった。戦前戦後を通じて最大の規模となった国民運動は、この日を契機に展開された。もちろん足かけ2ヵ年にわたる安保条約改定反対闘争の蓄積こそが、この日以後の一大国民運動を準備したことはいうまでもないが、同時にこの日をきっかけに、運動は保守政権の専制独裁に反対する民主主義擁護闘争としての要素を強く加え、5月・6月、日本をゆり動かしたのだった。『1960年5月19日』という書名は、5月19日以後の運動だけに力点をおいて、「安保改定反対・民主主義擁護」の闘争を評価すべきだと考えてつけられたものではない。前後2年間にわたる闘争を象徴する日付として、5・19を歴史のなかに刻印したかったということにつきる。」(p.257)

 本書の内容を概観するために目次を転載します。本書の目次ページには大きな章立てしか載せていませんが、それでは本書の内容を伺うには大まかすぎるので、その下のレベルの見出しと小見出しも加えました。

前史
1 戦後日本の支配過程
戦後日本の国家と国民/日本の官僚制と官僚政治家
2 戦後日本の抵抗運動の過程
戦後の「自然状態」と私生活主義/戦後の民衆運動の構造
3 5月19日まで
5月19日以前の安保闘争の概略/安保改定の問題点/
※本章の末尾に1960年1月19日締結、6月23日批准交換・発効した新安保条約と、それに関する交換公文、さらに改定前の安保条約の前文が掲載されています。

I  5・19と議会政治
5月19日/議会政治/院内多数を支えるもの/岸信介の行動原理―官僚政治家の典型―/与党内の反対派/野党と「院外大衆」
※本章の末尾に「新安保条約賛否議員一覧表」が掲載されています。表のタイトルからは賛成した議員と反対した議員に分けて対照させた表が想像されますが、実態は選挙区ごとに議員名を列挙し、それぞれに賛成と反対を表示したものです。ただし衆議院本会議で行われた採決は投票ではなく起立採決によって行われ、欠席議員も多かったため、本表では「個々の出欠賛否は正確を期しがたい。」としながらも、自民党議員は「賛成」と見なし、特に不参加を明らかにした自民党反主流派と野党の欠席議員を「反対」としています。

II  市民は起ち上がる
市民は起ち上がる/新しい組織/動いたものと動かなかったものとのあいだ/学者・研究者の動き/「安保批判の会」/政党・組合と市民組織

III デモとスト
「空前のデモ、国会を囲む」/デモと職場/国民会議と全学連主流派/6・4ストの反響/6・15ストと6・22スト/企業別組合とスト

IV  ハガティ事件とアイク招待中止
5・19運動の国際性/U2機事件/ハガティ事件/アイク招待取消にいたる経緯/新しい外交の可能性/アイク訪日中止と世界の動き

V   海外の反響
先入見の歴史/アメリカと前進基地/自由主義諸国/アジア・アフリカ諸国の反響/ソ連・中国/国際語としての日本人の言葉/外交術の変化/むすび

VI  6・15と7社共同宣言
事件とその背景/右翼の襲撃/警察権力と警察官/学生と全学連/「暴力」と「言論」

VII 「自然承認」以後
「自然承認」から池田内閣まで/〈平和〉と〈民主主義〉/多様性と統一/自主独立の民

あとがき
日録

なお「あとがき」によると、本書の執筆分担は次のとおりです。
前史 1および2 藤田省三
   3     荒瀬豊
I        石田雄
IIおよびIII   日高六郎
IV       鶴見良行・日高六郎
V        鶴見俊輔
VI       荒瀬豊
VII       日高六郎
 
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最近読んだ本:『近代日本思想案内』(鹿野政直 1999 岩波文庫別冊14)
 岩波文庫別冊ということで、読む前には「どうせ岩波文庫からの引用をつなぎ合わせた販促モノであろうよ」と正直ナメていましたが、実際に読んてみるとどうしてどうしてそんなものではありませんでした。「幕末維新から戦後まで、近代日本百年の間に日本人によって生みだされた思想とそれを担った思想家について簡潔に記した近代日本思想入門。」というカバー見返しの惹句どおりの内容で、ほぼ時間軸に沿いながら、目次からわかるとおり主な思想を網羅的に扱い、それぞれの代表的な著作を引用を交えて紹介しています。著作や引用は岩波文庫・岩波出版物に限らず公平に(笑)選ばれていて、ただし岩波文庫に収められている書目には「*」が付けられています。

<カバーカットは福沢諭吉「世界国尽」からのもの。真ん中にユーラシア大陸がどんと置かれ、日本は右隅に追いやられています。「イヤ世界は広いナァ」と思わせる絵柄です。しかしよく見ると、沖縄や佐渡は縮尺の関係でまあ我慢するとしても、四国が描かれてない!まあ台湾もないから、いいか・・・って、そういう問題かい!世界に目を奪われる前に、まず日本のことをちゃんとしたいです。>
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最近読んだ本:『死角 巨大事故の現場』(柳田邦男 昭和60 新潮社 / 昭和63 新潮文庫)
 柳田邦男氏の多くの著作の中で、私はこれまで主に『マッハの恐怖』正・続『航空事故』『恐怖の2時間18分』など航空事故関係のものを読んできました。本書は昭和53(1978)年から昭和60(1985)年にかけて、防災専門誌『セキュリティ』を中心に『土木学会誌』「建設業界』といった専門誌から一般週刊誌・新聞等に発表された論説をもとに編まれたもので、取り上げられた事例はやはり航空事故が多いのですが、そればかりではなく鉄道事故、原発事故、火災、商品事故、風水害など多岐にわたっています。しかし「一つ一つの事故・災害の形態は違っていても、事故原因を構成する諸要因とその連鎖関係という本質的な部分においては、普遍的とさえいえる共通項がある」(「あとがき」p.327)という指摘どおり、ほとんどの事故や災害においてはそれがたった一つの原因で起きることはまれで、多くの場合は複数の諸要因の連鎖が最終的に事故や災害に至るのであって、したがってこれらの連鎖のどれか一つでも断ち切ることができていれば事故や災害という破局に立ち至るのを防ぐことができたはずであり、そのためには問題となった事故や災害に関するあらゆる諸要因を拾い出し、それらの連鎖関係を時系列に沿って樹形図状に整理して原因を究明するとともに、大事故や災害(アクシデント)にまで至らなかった小事故(インシデント)から教訓を引き出すことが大切である、という著者の主張は明快で力強いものです。
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最近読んだ本:『戦争責任・戦後責任 日本とドイツはどう違うか』(栗屋憲太郎 田中宏 三島憲一 広渡清吾 望田幸男 山口定 1994 朝日選書506) 
 まず断っておくべきは、本書は同志社大学人文科学研究所が1992年11月に行った公開シンポジウム「過去の克服と二つの戦後―日本とドイツ―」がきっかけとなって取りまとめられたもので、出版日は1994年7月25日、すなわち朝日新聞がいわゆる「従軍慰安婦問題」の元となった吉田清治の虚偽の証言等に関する一連の記事を誤報として撤回した2014年8月のはるか前に書かれたものであるということです。そのため本書は従軍慰安婦問題を報道のとおり実在したと考えており、その点に関して極めて「痛い」ものになってしまっています。
 現在では本書は絶版となっているようで、普通の書店の店頭で本書を手に取る機会はほとんどないと思われますが、古書としては流通しており(私も今回古書で購入しました)、収蔵している図書館も多いと思われます。本書を読まれる際にはこの点に関してくれぐれもご注意ください。
 ただし本書執筆当時には従軍慰安婦の強制徴用は実在したと信じられていたのであって、そうした(事実としては誤った)認識に基づいて社会が動いていたという歴史は今さら変えようもなく、またそうした認識や社会のあり方に基づいてなされた本書の分析や提言の中にも有益で示唆に富むものは多く、その全てを誤謬であり無意味なものであると切って捨てることは適切ではありません。むしろ逆に、当時の社会が吉田清治の虚偽と朝日新聞の誤報にどれほど振り回され晦(くら)まされていたか、そしてそれにもかかわらずどれほど真摯な反省と考察が行われたかという一つの記録・資料という観点から本書を読むことも可能であることは指摘しておきたいと思います。

 本書は本書で扱う問題の概観である序章に続いて、日本の戦後補償の実態と問題点を扱った第一章、東京裁判を扱った第二章、ドイツの戦後補償に関する思想的背景を扱った第三章、ドイツの戦後補償の内容を扱った第四章と、全体の総括てある終章という6つの部分から成っています。つまり序章が導入、第一章と第二章が日本に関する各論、第三章と第四章がドイツに関する各論、終章がまとめという流れです。
以下に目次とそれぞれの執筆者を掲げます。

序 章 「戦争責任・戦後責任」問題の水域 望田幸男
「過去の克服」とは何か ドイツにおける「戦後責任」の履行 「加害の論理」を欠いてきた日本 政治的道義の高み 問われている「第二の罪」 戦後史の歩みのなかに相違をさぐる 「過去の克服」への逆流=大国主義 過去と現在と未来との対話

第一章 日本の戦後補償と歴史認識 田中宏
はじめに
一 日本の戦後補償に通底する恩給法思想
占領下での軍人恩給の廃止 ついに軍人恩給が復活 自己の意思によらない国籍喪失 すでに33兆円を支出
二 「対外支払い」と歴史認識
「対外支払い」は約1兆円 日中間における戦後処理 日韓請求権協定と個人の権利
おわりに

第二章 東京裁判にみる戦後処理 粟屋憲太郎
はじめに
一 訴追と免責
重要資料の焼却と検察側による収集 流産した自主裁判構想 日本人判事・検事登用問題 「人道に関する罪」の軽視 昭和天皇の免責 化学戦・生物戦の免責 A級戦犯容疑者の釈放 日本軍の人肉食の免責 裁いた側の戦争犯罪
二 東京裁判と世論
敗戦直後の戦争責任論 天皇助命と天皇訴追の投書 判決と世論

第三章 ドイツ知識人の果たした役割 三島憲一
はじめに
一 忘却と復古主義の風潮
非ナチ化の盲点と限界 冷戦下に再生するドイツ教養主義
二 政治文化そのものへの問い
忘却を批判する知性 便乗の「反ファシズム」との分岐 日本の戦後民主主義の「正」と「負」
三 フランクフルト学派の「批判の立場」
フランクフルト学派の立場 人間理性の逆説
四 文化・生活の風土の変化
変わりはじめた文化的風土 「論争と抗議の文化」という自己理解 生活形式への批判 知識人像の転換
おわりに

第四章 ドイツにおける戦後責任と戦後補償 広渡清吾
はじめに
一 「前後社会」における軍事力の保持と行使
基本法における軍事力の位置づけ ドイツと日本の違いをどう理解するか 国連平和維持活動と大国化
二 ドイツにおける戦後補償
国民に対する補償 ドイツの国家賠償 ナチズムの迫害の犠牲者に対する補償―ドイツの戦後補償の特徴 連邦補償法の問題点と補償の終結 「共産主義者排除条項」と「戦う民主主義」 80年代の新たな展開―「忘れられた犠牲者」の補償
三 旧東ドイツにおける「過去の克服」
二重の「過去の克服」 「ベルリンの壁」での射殺行為の責任追及 不法の被害者の名誉回復
四 統一ドイツ社会における模索―「過去」と「未来」への責任
国家・体制と個人 庇護権規定の改正問題

終 章 二つの現代史―歴史の新たな転換点に立って 山口定
はじめに
一 戦争責任・戦後責任・未来責任
持ち越された戦後責任 「過去は未来の一次元」 日韓問題の重要性 「ドイツ人不変論」でも「日本人ダメ論」でもなく
二 ドイツの戦後と日本の戦後―戦争責任問題を中心として
「被害者」意識が蔓延した戦後日本 「大東亜戦争」は「アジアの解放」に寄与したか 「太平洋戦争」論と「十五年戦争」論の問題点 問題だったマルクス主義のファシズム論 アメリカの占領政策と冷戦―戦争責任問題の歪み 国家犯罪と「人道に対する罪」―ドイツと日本の違い 60年代末以降の転換の明暗 日本の軍部ファシズムの特質と戦争責任問題 責任問題をあいまいにした日本文化論ブーム
おわりに―新たな転換点

あとがき
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