さて、「ブラームスのセレナード17枚+2枚を聞く」プロジェクトです。お久しぶりです。コロナ禍その他によりおよそ3年半にわたって滞っておりましたが、このたび復活してまいりました。第8弾の今回は、ガリ・ベルティーニ指揮ウィーン交響楽団の演奏で第1番・第2番の両方を聞きます。
指揮のガリ・ベルティーニ Gary Bertini は1927年モルドバ生まれのイスラエルの指揮者で、1998年から2005年に亡くなるまでの7年間にわたって東京都交響楽団の音楽監督を務めたことから日本の音楽ファンにもおなじみ。ケルン放送交響楽団と録音した全集や都響との連続演奏会でのマーラーの交響曲の演奏が高く評価されています。
CDはORFEO C008101 で、1982年5月28日から30日にかけてウィーンのスタジオで録音されています。拝借したCDにはドイツレコード批評家賞 Preis der Deutschen Schallplatten Kritik を受賞したことを示すシールが金色に輝いています。
演奏の全体を通じて丁寧にしっかりと取り組まれ、個々の部分の音楽の面白さや表情、さらにそれらの変化・対照が鮮やかに表現されていて、幾分かは私の先入観のせいもあるでしょうが、マーラーの交響曲に対するのと同様のアプローチが感じられます。そうしたアプローチの結果として初期のブラームスの作品の特徴である「人懐(ひとなつ)っこさ」を表現するよりも、しっかりと確立された作品として、いわば「一人前の大人」な音楽に対するように扱っているなあ、と感じられました。速い楽章はしっかりと落ち着いたテンポで、ゆっくりの楽章は音楽の流れが感じられるようにやや速めのテンポで演奏されていて、全体に硬派な印象です。
ベルティーニの特徴がよく出ているなあと思われる箇所がありまして、それは第1番のセレナードの第1楽章の84小節から90小節にかけて(楽式的にいうと提示部の、第1主題が67小節から全オーケストラで確保されてから第2小節の提示に至る途中の推移部)、木管楽器に「たらら|たたたたら|たらら|たたたたら」というフレーズが繰り返されます(「|」は小節線ではなくフレーズの切れ目を表しています)。この「たらら」「たら」はスラーで、「たたた」は一音ずつ切って演奏するのですが、ベルティーニはこの「たたた」を「タッタッタッ」とスタッカートで吹かせています。譜面にはスタッカートの指示はなく、ここをこれほどはっきりとスタッカートで吹かせている演奏も他に聞いたことがないので、とても耳について「え、そこそんなにする?」と違和感を覚えます。
この謎はソナタ形式の再現部の相応箇所である387小節から395小節を聞くと解けます。ここの前半は「たららら|たららら」というスラー主体の滑らかなフレージングですが、391小節から「たらら|たたたたら」のフレージングが復活し、しかもここの「たたた」にはスタッカートを示す「・」がつけられているのです。つまりベルティーニは再現部のこのスタッカートを見て、それを提示部の(もともとスタッカートはついてない)「たたた」に遡及的に適用したと考えられるのです。うーん、これは気がつかなかった・・・さすがはマーラー指揮者、細部の読み取りと全体の構成に対する目配りがすごい!