「赤瀬川原平の芸術原論展 1960年代から現在まで」(千葉市美術館)
 この展覧会、しばらく前から「ああ行かなくちゃ」と思ってはいたのですが、いつしか世事に紛れ、気づいたらもう会期終了が迫っている!慌てて最終日の前日の12月22日に行ってきました。

<後述のとおり図録が売り切れだったので、左写真は展覧会チラシと入場券。千葉市美術館(千葉市中央区)で2014年10月28日から12月23日まで開催。この後2015年1月7日(水)から2月22日(日)まで大分市美術館、2015年3月21日(土)から5月31日(日)まで広島市現代美術館へ巡回します。>

 この展覧会の部立ては次のようになっています。
1.   赤瀬川克彦のころ
2.   ネオ・ダダと読売アンデパンダン
3.   ハイレッド・センター
4.   千円札裁判の展開
5.   60年代のコラボレーション
6.   「櫻画報」とパロディ・ジャーナリズム
7.   美学校という実験場
8.   尾辻克彦の誕生
9.   トマソンから路上観察へ
10. ライカ同盟と中古カメラ
11. 縄文建築団以後の活動
 本展のサブタイトルには「1960年代から現在まで」とありますが、実際には1952年に描かれた「父の肖像」など1950年代の作品も展示されていて、出品数は550点以上。それら全てが赤瀬川氏の作品というわけではなく、展覧会の会場写真や案内状、「千円札裁判」の裁判資料なども含まれますが、1952年から2013年までの氏の活動全般を俯瞰する大規模な展覧会です。本展の開会直前の10月26日に赤瀬川氏が逝去されたため、図らずも氏の回顧展となってしまいましたし、またそれにふさわしい広がりと規模と内容を持っていたと思いました。
 
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東京国立博物館「日本国宝展」
 いやー、完全にチェック漏れてましたよ「日本国宝展」。11月23日の夜の「日曜美術館」(NHK教育)で初めて開催中(というか、会期は12月7日までなのでもはや終盤)なのを知り、慌てて「行かなきゃ!」ということになりました。いや〜失敗々々・・・
 なぜ失敗々々かと言うと、期間限定(初日の10月15日から11月3日まで)で正倉院宝物の国宝である「鳥毛立女屏風」や「楓蘇芳染螺鈿槽琵琶」など11点の名品も展示されていたのでした。うーむ残念、以前に見た「台北國立故宮博物院 神品至宝」で、私が見に行く前に台湾に帰ってしまった「白菜(翠玉白菜)」を見られなかったことなんかとは比べ物にならないくらい残念だあ〜!
<左写真は図録。写真がちょっと暗いですが黒地に金の箔押しで高級感あふれております。>

 ま、済んだことは仕方がないので、11月も押し詰まった28日の金曜日、つくばから高速バスに乗って出かけました。上野駅に着いたのがほぼ午前10時。上野公園を突っ切って東京国立博物館に来ると券売機の前にたむろする人々の姿。まあこれは以前の「台北國立故宮博物院 神品至宝」のときもそうだったし、入場券は数分で買えました。その入場券を握りしめて「平成館」へと向かうと・・・おお〜っと、これは「台北國立故宮博物院 神品至宝」のときとは勝手が違うぞ!

<左:「日本国宝展」が行われている平成館は本館の左手の奥まったところにあるので正門からは見通せません。本館を過ぎて平成館の全貌と行列が見えた瞬間、思わず絶句しました。この長さならまだたいしたことはないか、と思って近づいて見たら、行列はS字状に三重に蛇行していた・・・(つまり実際の長さはこの3倍)>

<普通は行列最後尾にこういう看板を持った人がいるのですが、この日は行列の途中、「このへんから70分くらい」というポイントに立っていました。最後尾についてしまうと数字が大きくなりすぎるから?ちなみに実際には40分ちょっとくらいで入場できました。よかったよかった。会期終盤とはいえ平日の午前でこれですから、休日はさぞかしと思いやられますが、並んでも見る価値はありました(後述)。>


 
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ふたたび「ディスカバー、ディスカバー・ジャパン 「遠く」へ行きたい」展
 「ディスカバー、ディスカバー・ジャパン 「遠く」へ行きたい」展の図録を読み終えて、その印象が鮮やかなうちにもう一度展覧会を見ておきたいと、10月16日(木)の午後再び東京ステーションギャラリーを訪れました。今回の目的は図録の「II 「遠く」へ行きたい」の部に相当する展示、特に「遠くへ行きたい」のビデオ上映にあったので、図録の「I ディスカバー、ディスカバー・ジャパン」の部に相当する3階展示室の展示はほぼスルーで2階展示室へ直行。
<写真は今回ビデオ上映で見た「遠くへ行きたい」第124回「伊丹十三の天が近い村〜伊那谷の冬〜」(1973年2月25日放送)の舞台である下栗(しもぐり)集落。これは現在の様子ですが、40年前の1973年の映像では道も舗装されてないし家々も畑ももっと荒涼とした感じでした。>

 いきなりですが図録から引用します。まずは「遠くへ行きたい」を制作するテレビマンユニオンのディレクターを務めた今野勉氏へのインタビューの一部です。
 
「ドキュメンタリーとは何か?」を考えざるをえなくなったのはね、『遠くへ行きたい』を撮っている間のことで、具体的には「伊丹十三の天が近い村」がきっかけだったと思います。我々が頼んでもいないのに村中で婚礼をやっちゃって、撮影せざるをえなくなった。それで撮影したはいいけれど、「こういうのってまずいんじゃないの?」っていうことになって(笑)しかしながら我々が頼んだわけじゃなくて、村人たちが自分たちの意思でやったわけだから、その村人たちの意思の結果としての出来事として示せればそれが真実なんじゃないかと、僕と伊丹さんでさんざん話し合ったわけです。この意思をどうやって伝えるか、表現するのかを考えることから、僕はドキュメンタリーの問題を意識するようになった気がしますね。」(p.171)

 続いて、今野勉氏の『今野勉のテレビズム宣言』(1976年、フィルムアート社)から図録に引用されている一節。
 
「ぼくは伊丹さんと相談のうえ、その婚礼を視聴者に紹介するにあたって「たまたまわたしたちは、村の結婚式に出会った」というナレーションを入れた。そして婚礼を紹介し終わってから「実は、今のは、すべて、村の人のお芝居であった」と真相を告げた。[…]
 このときの『遠くへ行きたい』の中で旅する伊丹十三は俳優であるし、村人のなかに紛れこんで花嫁になっているのはモデルだし、村人もお芝居をしているとすれば、世にいう“ドキュメンタリー”の用件(ママ)をこのシーンはまったくもちあわせていないといえる。
 にもかかわらず、テレビのスタッフのために、村人がこぞって婚礼の式のお芝居に熱中したという事実(「事実」に傍点)を伝えることができる、というところに、ぼくらがつねに凝視していなければならない鍵があるのである。」(p.165 改行を変更しました)

 上の二つの引用で問題になっているのは『遠くへ行きたい』の第124回「伊丹十三の天が近い村〜伊那谷の冬〜」(1973年2月25日放送)です。村を訪れた伊丹十三氏がたまたま行われた村の婚礼に立ち会った・・・はずなのに、最後に「実は今のは全部お芝居でした」とネタバレしちゃうというのですから、これは見たい!というわけで、今回はこれが会場でビデオ上映されているのを見に行ったのです。
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「ディスカバー、ディスカバー・ジャパン 「遠く」へ行きたい」展の図録
 先月の末つ方、東京ステーションギャラリーで開催中(9月13日から11月9日まで)の「ディスカバー、ディスカバー・ジャパン 「遠く」へ行きたい」展へ行った記事の中で、この展覧会の図録について触れました(ちなみに写真がその図録。前回の写真は表紙だけしか写ってないので、今度は厚みがわかるように背表紙と、図録には珍しく入っている「しおりひも」も入れました)。その時点ではまだこの図録をほとんど読んでいませんでしたが、次のように書いています。
 
そしてこの展覧会の図録『ディスカバー、ディスカバー・ジャパン 「遠く」へ行きたい』(東京ステーションギャラリー 2014)がまた優れモノで、出品目録と展示物の写真以外に、この展覧会を企画した東京ステーションギャラリー学芸員の成相肇氏の「まえがき」、立教大学日本学研究所特任研究員の川勝麻里氏による「「どこか遠く」へ行きたい日本人たち―70年代文化的装置としてのディスカバー・ジャパン・キャンペーン広告―」と、季刊「広告」2010年7月号に掲載されたキャンペーン仕掛け人の藤岡和賀夫氏の「私の分身だった「脱広告」」の2本の論文、当時の関係者へのインタビュー等を収め、さらに随所に挿入された展示物の的確な解説など、「読む」ところが大変多い。普通は図録につけない「しおりひも」がついていることからしても、製作者側がぜひこの図録を「読んでほしい」と考えていることがわかります。

・・・というわけで、このたび図録読み終わりました!前回書き忘れましたが、この図録は目次2ページ、謝辞と「ごあいさつ」各1ページ、それに続く展示物の写真含む本文が202ページ、出品目録9ページ、関連文献目録7ページ(!)という本格的なもの。しかも論文やインタビューの「読む」ページは写真でおわかりのようにけっこうびっしり組んであり、なかなか読み応えありました。で、今回はその読後感をば。

 
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「ディスカバー、ディスカバー・ジャパン 「遠く」へ行きたい」展
 私が旅が好きになったのは、小学校の同級生で時刻表と蒸気機関車をこよなく愛する、今で言うテツな友人がいたことが最大の原因ですが、ちょうどその頃は「旅」がブームになった時代でもありました。そのブームの火付け役となったのが、当時の日本国有鉄道(国鉄:現JR)が1970年10月から展開したキャンペーン「DISCOVER JAPAN ―美しい日本と私―」で、駅には一目でそれとわかるロゴ入りのカラー写真を使った美麗ポスターが貼られ、決められたエリアの中で乗降自由な「周遊券」が発売され、全国の駅にスタンプが設置されました。私も小学生から中学生にかけてこの流れにどっぷりとはまり、周遊券とユースホステルを組み合わせて友人と泊りがけの旅を楽しみ、駅スタンプの収集にも熱中したものです。
 そんな「ディスカバー・ジャパン」キャンペーンとその時代を再発見しようという展覧会「ディスカバー、ディスカバー・ジャパン 「遠く」へ行きたい」(JR東京駅丸の内駅舎内の東京ステーションギャラリーで11月9日まで開催)を見てきました。

<上写真の左側は展覧会のチラシ、右は図録。図柄は美麗ポスターのうちの一枚。>
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「生誕120年記念 デザイナー芹沢げ陲寮こε検
 9月21日に見たNHK「日曜美術館」が芹沢げ陲鯑箪犬靴討い泙靴拭おもしろかったのでどこで展覧会をやっているのか確認すると、今まさに日本橋高島屋でやっていることがわかりましたが、なんと期日が9月23日(水・祝)まで!(その後横浜高島屋・京都高島屋・大阪高島屋・東北福祉大学(仙台)へ巡回)
 これは大変、時間はあるけどお金はない失業者としては遠くまで見に行くわけにもいかないので、なんとしても日本橋高島屋でやってる期日中に見に行かなくちゃ!というわけで、あいにく翌22日は外せない用事があるため最終日の23日に見に行くことにしました。しかしこの日は午後1時半から土浦でオケの練習があるので、遅くとも正午には東京駅発のバスに乗らなければなりません。そこで日本橋高島屋の開店と同時に入って見られるように、8時40分つくばセンター発の高速バスに乗りました。
<上写真はチラシ(日本橋高島屋開催分)>

 祝日の朝ということで道路の渋滞もなく、無事開店前に日本橋高島屋の前に着き、開店と同時に入ってエスカレーターで8階催事場へ上ると、早くも先にエレベーターで上がった方々が発券所に十数人並んでいます。やはり最終日、ここで見られるのは今日限りですからね。幸い会場内はそれほど混み合わず、展示物を一点ずつしっかり見ることができました。

<上写真は当日の開店直前の日本橋高島屋正面。オレンジ色の大きな垂れ幕がかかっています。正面入口前では数十人が開店を待っていて、小さな紙コップでお茶のサービスも行われていました。このうちの少なくとも何人か、ひょっとしたら大多数が「芹沢げ陲寮こε検廚鯡榲てに開店を待っていたのではなかろうか。
右写真は正面のディスプレイ。今回展示される「いろは文六曲屏風」を背景に、同時開催の「民藝展」(展示即売会)に出品されている商品を紹介しています。>

 様々な種類の作品が展示されていましたが、私が今回最も興味を持って見たのは型染めに使う型(「ばんどり図四曲屏風」の型の実物)でした。漆か柿渋を塗ったと思しき紙に彫刻刀のような刃物で模様を切り出し、全体に紗を貼りつけて固定しています。沖縄の「紅型(びんがた)」と同じ技法です。芹沢は紅型から独自の型絵染めを創始したと言われているのですから、技法が共通しているのは当然と言えば当然ですが、それだけでなく特に着物作品の色使いに紅型を思わせるものが多く見られたように思います。たとえば今回買ったクリアファイル(3種:写真)の図柄はいずれも出展されていた着物や帯地からとられたものですが、赤・黄・青・茶・緑などで山中の庵を取り巻く景物を表したと思われる「津村小庵文帯地」(写真右側)も、青地に大小さまざまな文様をちりばめた「苗代川文着物」(写真左側)も、またモチーフとしては沖縄とは関係ありませんが白地に色鮮やかに染め分けられたひらがなが躍る「いろは文着物」(写真中央)も、私にとっては以前見た紅型の着物たちを彷彿とさせるものでした。

 出展されていた作品はどれも見ごたえがあり楽しめるものでしたが、私としては芹沢げ陲虜酩覆伐縄の紅型のつながりを確かめることができたのが一番の収穫でした。
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「台北國立故宮博物院 神品至宝」と法隆寺宝物館
 東京国立博物館で6月24日から9月15日まで台北國立故宮博物院展「神品秘宝」が行われています。特に7月7日までは「翠玉白菜」が来ていたので大変な人気だったようです。混んでいそうなのであまり気がすすみませんでしたが、8月31日放送の「日曜美術館」(NHK Eテレ)で特集していたのを見て、やっぱり見たい気がしてきました。ちょうど夏休みも終わり、平日ならそれほど混んではいないだろうと考えて、9月3日(水)の午前中に見に行きました。

 さすがに入館時の行列はなかったものの、どこでも自由に見て回れるほど空(す)いているわけではなく、特に入口近くの展示室は混み合ってなかなか展示品に近づけませんでした。特に書や絵画はお客様の中にご自分でなさっている方が多いようで、最前列がなかなか動きません。また展示品の保護のために照明を絞っているので、絵画はみんなどよーんと薄暗く、人の肩越しでは図柄すらよくわからない。どうせ図録を買う予定にしていたので、書画については肩越しに見えればラッキーくらいの感じで、ほどんどまじめに見ませんでした。

<上写真は国立西洋美術館の前あたりから動物園方面を望む図。週末や夏休み中は子供も大人もごった返すこの辺りも、夏休み明けの平日なんてこんなもんです。左側の東京文化会館は6月1日から11月30日まで改修工事のため休館中です。>

 これに対して白磁の器や絵付の壺などの焼き物は照明が明るくてよく見え、書画に比べると人の動きもスムーズで、比較的近くから色合いや質感を楽しめました。また刺繍による絵画「刺繍咸池浴日図軸」の、絹の艶や影のつき方が光の向きによって変わり、まるで波がうねるように見えるさまはさながら3Dの動画で、これは図録では到底再生できません。実物を見ることができてよかったです。
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「沖縄 復帰40周年記念 紅型 BINGATA 琉球王朝のいろとかたち」展
美術館入口 高校の同級生で沖縄で芭蕉布を織っている工房風苧(ふう)の平山ふさえさんが5月に沖縄県立博物館・美術館で見て感動したという「沖縄復帰40周年記念 紅型 BINGATA 琉球王朝のいろとかたち」展が東京に回ってきたので、6月29日(土)にサントリー美術館へ見に行きました。紅型そのもの以外に、このところ追いかけていたルクジュー(紅型の型を彫る際の下敷に使われる乾燥した豆腐)についての情報が何か得られるかもしれないという期待もありました。
<写真はサントリー美術館入り口。この展覧会の会期は7月22日までで、東京ミッドタウン内の対象ショップで紅型展の入場券の半券を提示するとお得なサービスを受けられるというタイアップ企画実施中。>

 紅型には正直言ってこれまであまり関心がなかったのですが、大変美しいものですね。王族の色である黄色地や白地のものが特に気に入りました。また紅型の型紙も美しいものでした。

 会場の一角にルクジューの現物が展示されていました。ガラスケースに入っていたので触ることはできませんが、ちょうど切り餅くらいの大きさのミルクコーヒー色の塊でした。
 また会場内で紅型の製作過程を紹介するビデオが上映されていますが、これは必見です。会場に展示されている型紙には縦横に細い線が見られ、紅型には全く素人の私は「この線は何だろう」と不思議に思っていましたが、これが「糸掛け」の糸であること、さらに現在では「糸掛け」は行われていないことを知ることができました。またルクジュー作りの映像も入っていて、食パンの3斤棒くらいありそうな豆腐を分厚く切り、防腐剤を塗りながら乾燥させる様子を見ることができました。「あの大きな一切れがこんなに縮むのか!」と驚きました。
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| 美術に関すること | 20:33 | comments(2) | trackbacks(0) | pookmark |
天心記念五浦美術館「万葉のこころを描く」展
万葉のこころを描く 連休後半の5月4日(みどりの日)、長引く不況で手元不如意ながら、せっかくの連休だし季節もよし、高速料金のETC割引を利用して、夫婦で北茨城市の茨城県天心記念五浦(いずら)美術館へ出かけました。
 今年は大伴家持が万葉集の最終歌を詠んでからちょうど1250年に当たるとのことで、この美術館で企画展「万葉集1250年記念 万葉のこころを描く」展を開催中。奈良県立万葉文化館所蔵の万葉集をテーマに描かれた日本画のコレクションの中から50点を展示ということで、かつてその研究を志した万葉集ゆかりの、しかも普通なら奈良まで出か けないと見られない絵が見られるということで、これは行かないわけにはいきません。

 奈良県立万葉文化館は万葉集をテーマとして大家・中堅・新進の日本画家に制作を依頼した「万葉日本画」150余点を収集しており、今回の企画展ではそのうち50点と素描等15点が展示されているとのこと。どれも平成8年以後の新作ということで、その点も楽しみです。

美術館入口 茨城県天心記念五浦美術館はふつうに茨城県立の美術館ですが、場所がいい。岡倉天心が五浦に創建した日本美術院跡地に近い、太平洋に面する断崖絶壁の上にあるため、窓の外には太平洋の向こうに福島県いわき市小名浜を望む絶景が広がり、絵を楽しんだ後は海を見ながらの散策もできる観光スポットです。

断崖1

断崖2 美術館から5分ほど歩くと、断崖の上に出られます。帰りは上り坂ですが・・・(写真はいずれもクリックで拡大)

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桃井知子 木版画遺作展
 先週の土曜日(5/26)、都内某所でオケの練習後にメンバーの何人かで呑んでいると、そのうちの一人が「すごく良かったですよぉ」と言いながら「桃井知子 木版画遺作展」のリーフレットとカードを見せてくれました。ちょっと不思議な絵柄、一味違う色使いに惹かれました。たまたまその翌日に池袋の芸術劇場へ行く用事があったのと、この展覧会の会場が芸術劇場のすぐ近くだというので、行ってみることにしました。

 その翌日の日曜日(5/27)、正午過ぎに会場へ行ってみますと、そこはこじんまりとした明るいギャラリーで、お客様もけっこういらっしゃったし、さらに桃井さんのご家族の方が何人か会場にいらっしゃって、お茶を勧めてくださったり、気さくにお話をしてくださったり、またお客様もあちこちで静かにあるいは楽しそうにお喋りしていたりして、会場が和やかにくつろいで、何だか桃井さんのお宅のホームパーティーのような雰囲気だったのです。さらに、展示してあるもの以外の作品や習作を収めた大型のクリアブックが会場の4箇所ほどに分けて置かれていて、それらをひとつひとつ見ていると、前の晩までお名前も知らなかった桃井知子さんという方が見たものや感じたことと素直に向き合えて、不思議に充実したひと時を過ごすことができました。
 この方の作品にそれくらいすっと近づくことができたのは、作品自体の中にテーマというかモチーフというか、とにかく作品を通じて訴えたいこと大事なことがしっかりとわかりやすく描かれていること、さらに展示作品の配列とクリアブックの配置もそれに基づいて、効果的によく考えてグルーピングされていたためであろうと思われました。また習作の余白に鉛筆で書かれたメモのようなものの中に、黒と白の比率が同じくらいだと面白くない、黒っぽいか白っぽいかだ、という内容のものが複数あって、ジャンルは異なっても同じく表現活動に携わる者として、それはとてもとても示唆に富みinspiringでした。
 とにかくこの展覧会は、私にはとても居心地のよい時間であり空間であったのです。

 ところでこのオレンジギャラリーでの遺作展は、私が行った5月27日が最終日だったので、この記事を読んで「じゃあ行ってみようか」と思ってももうやっていないのですが、リーフレットに「桃井知子のWEB SITE」のURLが載っていましたのでご紹介します。作品をじっくり楽しめるのがうれしいです。

http://www.eonet.ne.jp/~momoi/

 私はどの絵を見ても「しあわせ」について考えたくなります。じかに「しあわせ」を感じるものもありますし、そうでないものもやはりそれぞれの仕方で「しあわせ」についてまじめにひたむきに問いかけたり、訴えたりしているように思います。
| 美術に関すること | 23:35 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

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