ブランデンブルク選帝侯とブランデンブルク辺境伯

 ここ一月ほど、ずっとバッハのブランデンブルク協奏曲のいろいろな演奏、中でも英国の音楽学者サーストン・ダート(1921〜1971)が関係した録音を中心に聞いていました。
 このダートのブランデンブルク協奏曲についてはまた別の記事で触れることにして、今回は別のネタで書きます。

 

 ヨハン・セバスティアン・バッハの全作品とそれぞれの作品に関する情報を網羅した「バッハ作品総目録」(Bach-Werke-Verzeichnis : BWV)はヴォルフガング・シュミーダーが編纂したもので、1950年に初版が刊行され、現在では1990年刊行の第2版が広く用いられています。しかしこれは当然のことながらドイツ語ですし、1990年以降の研究成果は反映されていません。

 そこで私は1997年に白水社の「バッハ叢書」(全10巻)の別巻2として刊行された『バッハ作品総目録』(角倉一朗・著)を愛用しております。箱に付けられた帯には「シュミーダーの作品目録(BWV)第二版を完全に凌駕した決定版総目録。」の大文字が眩しい!(写真)

 ところがこの「決定版総目録」の、よりにもよってバッハの管弦楽作品の代表作である「ブランデンブルク協奏曲」の解説に問題があることを発見してしまいました。しかも調べてみると、この問題なかなか奥が深い。今回は1871年のプロイセンによるドイツ統一のはるか前、神聖ローマ帝国の支配下にあって多くの領邦国家が分立し、30年戦争(1618−1648)による疲弊・荒廃から次第に立ち直りつつあったドイツの北東部、ブランデンブルク地方の歴史の片隅を訪ねます。ちょっとややこしい話にもなりますが、よろしかったらおつきあいください。

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| オーケストラ活動と音楽のこと | 08:32 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
メグデンって誰?

 本ブログではこれまで時々クラシック音楽界にはびこる「なんだかなあ」についてブツブツ言ってきましたが(以前の分はこちらの文末にまとめて紹介してます)、また新しい「なんだかなあ」を発見してしまいました。

 

 ここ数日ムソルグスキーの交響詩「はげ山の一夜」の曲目紹介を書くために資料に当たっていました。手元にある『ON BOOKS SPECIAL 5 名曲ガイドシリーズ 管弦楽曲(下)ベルク→ワルトトイフェル』(音楽之友社 1984;以下「音友資料」という)と『Kleine Partitur No.23 交響詩曲「禿山の一夜」』(解説 溝部国光 日本楽譜出版社;以下「日譜資料」という)、"The Musician's Guide To Symphonic Music - Essays from the Eulenburg Scores" (Ed. Corey Field, Schott Music Corporation 1997;以下「オイレンブルク資料」という)だけでなく、Wikipedia の日本語版英語版等ネットの情報も参考にしました。

 

 これらの資料の多くがこの曲の作曲のきっかけとして「妖婆」という戯曲への付曲を挙げているのですが、問題はこの「妖婆」の作者の名前。音友資料、日譜資料、Wikipedia 日本語版など日本語の資料ではいずれも「メグデン」となっていて、日譜資料は「メグデン(Megden)」と綴りまで出しています。ところがオイレンブルク資料や Wikipedia 英語版など英語の資料ではいずれも Mengden となっていて、発音は「メングデン」ないし「メンデン」でしょうか。音も綴りも日本語の資料と一致しません。何じゃこりゃぁー!?

 

<オイレンブルク資料。下線のとおり Mengden と書かれています。>
 

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| オーケストラ活動と音楽のこと | 08:48 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
アンダンテ・フェスティーヴォ(シベリウス)

 先日、所属オケの団内演奏会でシベリウスの「アンダンテ・フェスティーヴォ」(弦楽合奏版 JS 34b)を指揮する機会があり、一夜漬けとは言わず二夜漬けくらいの (^^;; にわか勉強をしました。それでもありがたいことに何がしか得られたものはあったので、自分用の備忘録的に書き留めておきます。

 

作品の成立
 とりあえず Wikipedia で調べたところによりますと、「アンダンテ・フェスティーヴォ」の弦楽四重奏版(JS 34a)はシベリウス57歳の1922年に作曲され、1930年にコントラバスを含む弦楽合奏(ティンパニを任意で加えることができる)用に編曲されたとのこと。弦楽四重奏版と弦楽合奏版は旋律・和声・構成等基本的に同一の音楽です。
 なお1924年に作曲されたピアノのための「5つの印象的小品」Op.103 の第1曲「村の教会」に「アンダンテ・フェスティーヴォ」の旋律が引用されています(後述)。

 

楽曲の構成
 全曲は81小節から成り、テンポの指示はありませんが曲名から Andante で演奏されることは明らかで、私が使ったスコアには演奏時間5分と表示されています。ト長調、2/2拍子で書かれており、曲中にテンポ変更の指示はなく、転調も途中4小節間だけ臨時記号で変ロ長調−イ長調に転調する以外はト長調−ホ短調という平行調間のそれに限られているのでシャープやフラットの増減もありません。全パートが同時にほぼ同じリズムで動くことが多く、和声的にもあまり複雑な和声や意表をついた進行は用いられていません。それらのことが相俟って、曲は全体に聖歌や賛美歌のような簡潔さと慎ましさをたたえており、フェスティーヴォ(祝祭的)という言葉から連想される華やかで浮き立つような感じは全くありません。前述のとおり「村の教会」というタイトルを持つピアノ曲に旋律が引用されていることから、むしろ宗教的なものが込められていると考えてよいのではないでしょうか。

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| オーケストラ活動と音楽のこと | 09:17 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
バッハのフルート・ソナタ ホ短調 BWV1034 第一楽章15小節目の改変
あれ、音が違う!?
 特にこれという原因も思い当たりませんが、ある日突然といった感じでバッハのホ短調のフルート・ソナタ BWV1034 が大好きになってしまいました。有田正広さんがトラヴェルソ(バロック時代のフルート)で吹いたCDを持っていますが、他にもいろんな演奏を聞いてみようと Naxos Music Library で古今のさまざまな録音を聞いているうちに、録音によってある音が違っていることに気づきました。
 その音とは第一楽章の15小節目のフルートの、十六分音符が16個あるうちの最初から7番目の音(以下この音符を Fl:15/n.7(フルートの15小節の7番目の音符( note )の意)と書くことにします)で、私が持っている新バッハ全集(ハンス=ペーター・シュミッツ Hans-Peter Schmitz 校訂 1963年)準拠の全音ベーレンライター原典版シリースの譜面ではこの音は a(ラ)なのですが、この音を半音高い ais(ラ#)で吹いている録音があるのです。たった半音の違いですが、この違いはいろいろな問題を提供していますので、以下検討していきます。
<譜例は新バッハ全集の15小節目と16小節目の前半。赤丸で囲った音はこの譜例では a(ラ)ですが、この音が半音高い ais(ラ#)になっていることがある。>

 私が最初にこの違いに気づいたのは、ジュリアス・ベイカーが吹いた1947年録音の演奏を聞いたときでした。さらに他の演奏を聞いてみると、アラン・マリオン、ペーター=ルーカス・グラーフ、ジャン=ピエール・ランパル、マクサンス・ラリュー、ヨハネス・ワルター、ポーラ・ロビソンなど、いずれも少年時代の私がまぶしく見上げた錚々たるビッグネームたちが、私の持っている新バッハ全集の音より半音高い ais(ラ#)で吹いていたのです。
 ところがおもしろいことに、一度は ais(ラ#)で吹いていたペーター=ルーカス・グラーフは、その後娘のピアノと入れた新しい録音では新バッハ全集の音 a(ラ)で吹いており、さらにランパルも後年の録音では a(ラ)で吹いています。つまり問題の音を ais(ラ#)で吹いていた奏者たちのうち、少なくともこの二人はその後 a(ラ)に乗り換えたというわけです。
 ais(ラ#)で吹いている演奏家の顔ぶれがいずれも比較的古い(失礼!)人であることと、グラーフおよびランパルの「乗り換え」から考えるに、どうもこの音は古い譜面の音らしい。そこでクラシック音楽の譜面のデータベース IMSLP でこの曲を探してみると、この推測は当たりでした。この ais(ラ#)は旧バッハ全集(パウル・ヴァルダーゼー Paul Graf Waldersee 校訂 1894年)の音だったのです。
<譜例は旧バッハ全集の15小節目と16小節目の前半。赤丸で囲った音は新バッハ全集の譜例では a(ラ)だったが、こちらでは臨時記号シャープがついて半音上がっている。>
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| オーケストラ活動と音楽のこと | 17:36 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
馬頭琴とモンゴルの音楽について
 先週のことですが、馬頭琴のコンサートを聞きに行きました。馬頭琴はモンゴルの弦楽器で、写真で見る通り四角い胴に棹がつき、その先端が馬の頭の形をしているので「馬頭琴」の名があります。全体の形は日本の三味線に似ていますが、三味線がばちで弦を弾(はじ)く撥弦(はつげん)楽器なのに対して、馬頭琴は弓で弦を弾(ひ)く擦弦(さつげん)楽器です。弦の数も三味線は3本なのに対して馬頭琴は2本です。全長は1mほどになり、胴体を膝の間にはさんで弓で弾く演奏姿勢から「草原のチェロ」と呼ばれます。
 この日の演奏会は土浦在住の作曲家兼バンドネオン奏者兼その他多くの楽器のマルチプレイヤーの啼鵬(ていほう)氏と、同じく土浦在住の弦楽器工房の幹弓(かんきゅう)氏と一緒に聞きました。幹弓氏は今回の演奏会に使われている楽器のメンテナンスをなさったそうで、楽器や弓の構造に関しての幹弓氏の実見談も参考にさせていただきながら、馬頭琴やモンゴル音楽についてわかったこと、考えたことをこちらに書いておきます。
<写真は馬頭琴コンサートのチラシ。ちなみにこのコンサートは2月19日に神奈川県の藤沢市勤労会館、3月17日に千葉県のアミュゼ柏(私が行ったのはコレ)、3月20日に東京都の瑞穂町郷土資料館、4月2日に埼玉県の北本市文化センターを巡回して開催されます / ました。最後の4月2日のコンサートなら今からでも間に合いますよ。>
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| オーケストラ活動と音楽のこと | 17:07 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
ルロイ・アンダーソンの Plink, Plank, Plunk という曲名について
 アメリカの作曲家ルロイ・アンダーソン Leroy Anderson(1908-1975)の作品に Plink, Plank, Plunk という弦楽合奏のためのかわいい曲があります。弦楽合奏といってもこの曲は初めから終わりまで弦を指で弾くピツィカートという奏法が指定されているため、弓は全く使いません。
 この曲名、日本語では「プリンク、プレンク、プランク」「プリンク、プランク、プランク」「プリンク、プランク、プルンク」等の数種類の表記があります。英語の発音に近い表記として Plink はプリンク、Plunk はプランクでほぼよいのですが、真ん中の Plank が問題です。この a は [ae] みたいな発音記号で表される、中学校で初めて英語を習うときに(今では小学校から習うらしいが)「アとエの中間の音」みたいに教わる音、have とか can のあの発音です。
 ところで私は中学2年のときは名古屋市千種区(現在は名東区)の中学校にいたのですが、この中学校の英語のK先生は have を「ひゃぶ」と発音していらっしゃって、転校生の私(1年のときは岡山県倉敷市の木造校舎の中学校でした)は「さすがは名古屋だぎぁ」と思ったものです・・・ああ、これはもう半世紀以上昔の話ですから、今の名古屋市の中学校では勿論そんなことないと思いますよ (^^;;
 で、この have とか can の a の音ですが、日本語にするときには have だと「ハブ」、 can は「キャン」というふうに、概ね「ア」段を当てるのが通例になっていますので、このルールを Plank にすなおーに当てはめると「プランク」となるわけですが、これだと次の Plunk の「プランク」とかぶってしまいます。そこで Plank と Plunk を何とか区別しようとして、Plank の方をもちょっと蓮っ葉な(死語?)感じにして「プレンク」にしたり、逆に Plunk の方に遠慮してもらって「プルンク」とローマ字ふうに書いてみたりするために、いくつかのヴァリエーションが生まれているわけですね。ちなみにこれを K先生ふうに言いわけるなら「プリンク、プリャンク、プランク」となって、三つが明確に区別されるわけで・・・わーK先生ごめんなさい☆

 さて、この Plink, Plank, Plunk という曲名ですが、これはどういう意味なのでしょうか?ネット上にはたとえば

  • 曲名の Plink, Plank, Plunk! は、「ぽろん、ばたん、どすん!」といった擬音語を表す。(こちら

  • プリンク・プレンク・プランクとは物がカタン、ポトンと落ちる音のことだそうです。辞書には「Plunk」はそういう意味で載っていましたが「Plink」「Plank」は無かったです、動詞の活用形でもなさそうなので意味不明ですスラングかも知れません。(こちら

  • PLINK(プリンク)、PLUNK(プランク)ともに英語では弦楽器をポロンと弾くという意味、これにPLANK(プレンク)という語呂合わせと思われる言葉を加え洒落を効かせたこの曲は、あたかも弦楽器を一斉にはじく擬音語を捩って「プリン!プレン!プラン!」がもっとも原語の発音に近いのではないだろうか?(こちら


  •  

といった諸説が見られます。いずれもまずは辞書を引いて、それを取捨選択敷衍していらっしゃるようで、私も後述のとおり辞書で plink、plank、plunk の3語を引いてみて、それぞれの説にそれぞれの根拠があることがわかりました。
 しかしこれらの説は、この曲名が擬音語であるという点では大きく一致するものの、細部はなおまちまちであり、しかもなぜ似たようで微妙に違う擬音語が3つ、この順番で並んでいるのかということまでは説明されていません。私も以前から漠然と弦のピツィカートの擬音であろうなぁと思って済ませていましたが、一昨日の夜、風呂に入っているときに、なぜこの3語がこの順番で並んでいるのかという理由を「発見」したのです! まあ「発見」とは言っても内容は他愛もないことなので、「なに、そんなの今頃わかったの?」と呆れる方もいらっしゃるかとは思いますが、とにかく独力で「発見」したことではありますので、一応ここに書いておきます。
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| オーケストラ活動と音楽のこと | 11:03 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
アーノンクールのブルックナー交響曲第5番と校訂報告
 ニコラウス・アーノンクールがウィーン・フィルを振って2004年に録音したブルックナーの交響曲第5番のCDを買ったのは数年前で、その時に一度聞いていたはずですが、最近改めて聞き直してみたところショッキングな事実に気づきました。学者肌のアーノンクールのことですから当然原典版(この曲の場合ノヴァーク版はハース版の誤植を訂正した程度で事実上同一なので、両方まとめて「原典版」とします)を使用しているだろうのに、驚いたことに第二楽章の終わり方が原典版ではなく改訂版の終わり方になっている!うーむ、買った時にちゃんと聞いていればその場ですぐ気づいたはずだが・・・どうやらいい加減に聞いていたようです。いけませんね!
<おそらく日本語解説のついた国内盤もあるのでしょうが、私のは価格重視の輸入盤(こっちの方が安かった)。82876 60749 2 (RCA/BMG)。2枚組ですが2枚目はリハーサルを収録しています。お客が入っていないムジークフェライン・ザールでのリハーサルは残響が長くて、ちょっと教会みたいな音がしています。この響き、いいなぁ。本番の方はライブ(ただし編集してある)でお客が普通に入っているので、ここまでの残響はない。>

<左の譜例は原典版の第二楽章の終わり。赤枠で囲ったのは上からフルート、オーボエ、クラリネット。右の譜例は同じ箇所の改訂版のフルート、オーボエ、クラリネット。楽器が3種類なのに譜面が4段になっているのはフルートで上2段を使っているからです。耳で聞いて両者の違いが一番わかりやすいのは一番上の段のフルートで、左の原典版では |たーらら|たらら(休)|(全休)|なのに、右の改訂版では |たーらら」たーーら|らーーー|と吹く長さが伸びてるし音の高さも違います。アーノンクールのCDのこの部分はほぼ右側でした。>
 
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| オーケストラ活動と音楽のこと | 08:21 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
土浦交響楽団第72回定期演奏会の演奏曲目について
 来る2016年5月29日につくば市のノバホールにて開催予する土浦交響楽団第72回定期演奏会で演奏する予定の曲目について、妄想を繰り広げてみました。

○古風なメヌエット(ラヴェル)
 冒頭から出る「たーあっ、たーあっ」というせかすような動機が音楽を前へ駆り立て、これに対して「たん・たん」と跳躍する決めつけるような動機が音楽を引き締める。メヌエット主部はこれらの動機があちこちに出てきて賑やかだが、そのたびに枠をはめられるような若干の窮屈さも漂う。

<左譜例が「たーあっ、たーあっ」動機(赤枠)、右譜例が「たん・たん」動機(青枠)。これらの動機は、譜面上にわかりやすく独立して書かれていることもありますが、一連のパッセージの途中にさり気なく織り込まれていることもあるので、演奏者は要注意です。>

 トリオ(と譜面には書いてないが、練習番号8で曲想が変わるところから冒頭が再現する前まで)ではこれらの動機が影をひそめ、音楽は伸びやかで穏やかな動きとなるが、そんな中にも練習番号11と14のあたりでクラリネット、ファゴットと弦の内声に例のせかすような動機が出て、いやな記憶、思い出したくない過去のようにつきまとう(左譜例)。続いてメヌエット主部が几帳面に再現される。

 メヌエット主部の練習番号2と18の前後に2拍子で動く部分があったりするが、原曲がピアノ曲だけに指10本でできないような複雑怪奇なことは書かれていないので、仕掛けが呑み込めれば単純明快、フランス音楽の真髄であるクラルテ clarté(明晰さ)とエレガンス élégance を満喫できる。
<右譜例は2拍子の動きの例。譜割りの関係で練習番号18前後の方を掲載しましたが、練習番号2前後も動きとしては全く同じです。アウフタクトがあるのでちょっと見にくいですが、3拍子が実質2小節ある中に2拍子の動きが3回繰り返されます。ヘミオラと呼ばれる形です。>
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| オーケストラ活動と音楽のこと | 09:49 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
なんかちゃんとしてない音楽関連情報
 先日投稿した「バッハ「フーガの技法」付属のコラール」をほぼ書き上げた頃になって気づいたことがあって、もっとも記事の内容にはあまり影響がないのであえて触れませんでしたが、新バッハ全集の「フーガの技法」 BWV1080 付属のコラールの注は、実はちょっと間違っているのです。
 問題のページは下左。音楽之友社版です。
 これの左肩の Erstausgabe: Choral, Wenn wir in höchsten Noethen sein という注は「初版では Choral, Wenn wir höchsten Noethen sein」と言っているわけですが、実際に初版を見るとこのコラールはそういうタイトルではありません。
 右が初版のコラールの最初のページですが、タイトルは Choral  Wenn wir in hoechsten Noethen となっています。新バッハ全集の注と見比べてみると höchsten ではなく hoechsten だし、最後の sein がありません。
 このコラールは今日では Wenn wir in höchsten Nöten sein と表記されますが、私の感じでは古くは ö より oe の方が好んで使われていたような印象がありますし、 t に続く発音されない h は今日の新しい正書法では削除されますが、昔は残されていました。日本では「ギョエテとは俺のことかとゲーテ言い」という川柳以外にもゴエテ、ゲョーテ、ゲォエテ、ゴアタ等々30種になんなんとする呼ばれ方をしたという文豪ゲーテも、その音に忠実に今日の正書法で表記すれば Göte となるのでしょうが、本名は Goethe です。つまり ö / oe や t / th は時代によってゆらぎや交替がある可能性が高い綴りなのだから(・・・って、ンなことニッポン人に言われなくたってドイツ人ならみんなわかってるんじゃないだろうか?)そこはどうなってるのかしっかり押さえてほしいと思うのですが、ドイツはカッセルに本拠を置くベーレンライター社刊行の新バッハ全集の注は、höchsten では今日の綴りと同じ ö を使いながら Nöten では ö ⇒ oe、t ⇒ th に置き換えるという一貫性のなさと、(文法的にはあった方が正しいが)初版にはない sein を今日のタイトルどおりに入れるというミスによって、結果として Erstausgabe の面影を伝え損なっています。ちょっと、この注を書いたあなた!ナマでも写真でも何でもいいんだけど、あなたほんとにこれ初版見て書いたの?と聞きたい気分。

 「音楽 / 楽譜で大事なのは音符なんだから、タイトルなんて多少違ってたってどうでもいいじゃないか」という考えもあるかも知れませんが、私はそんなことはないと思うのです。タイトルだって曲の一部であって作曲者は自分の作品の名前を間違って呼ばれたくはないでしょうし、そもそも同じ一つの譜面の中で文字情報はいい加減なのに音符だけは正確厳密に扱うなんていうことが本当にできるのでしょうか?たとえ文字情報であっても(文字情報であればなおさら?)こんな単純な不一致を見落として、あるいは放置して、出版にまで至ってしまう「節穴的な目」や「ツメの甘さ」のある譜面を、私はちょっと信用できないんですけどぉ〜。

 まあ信用できなくたって何だって、そういう譜面しかなければそれを使うしかないわけで、譜面そのものを疑ったらおちおち演奏もできないし(もっとも「原典版」は印刷された譜面をそのまんま演奏すればいいという種類の譜面ではなく、いい意味で「疑う」必要があるので、それについては機会を改めて書こうと思っています)ブログの記事だって書けなくなっちゃいますが、私が思うに他の分野はいざ知らずクラシック音楽の分野には、このテの文字情報、すなわち楽譜の中のオタマジャクシ以外の情報についてちゃんとしてないことがずいぶん多いような気がするのです。本ブログでも「「女学生」って誰?」や「音楽之友社版マーラー交響曲第1番スコアの誤訳」で曲名や注記の誤りについてぶーたれてますし、また「アバド / ベルリン・フィルのベートーヴェン交響曲全集DVD」、「ペール・ギュント組曲版スコアの「はしがき」〜第一組曲の1「朝の気分」」、「ペール・ギュント組曲版スコアの「はしがき」その2〜第一組曲の2, 3, 4」等でDVDのライナーノートやスコアの楽曲解説といった二次的な文字情報のハテナな内容を指摘させていただいてきておりますが、このテの話が今回また増えちゃいました。今月の14日に亡くなった俳優の阿藤快(あとう・かい)さんじゃないですが、「なんだかなぁ〜」ですよ・・・
| オーケストラ活動と音楽のこと | 21:35 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
バッハ「フーガの技法」付属のコラール
 バッハの「フーガの技法」BWV1080 は最後のフーガが中断したままの未完の作品ですが、バッハの死の翌年に出版された初版には、この未完のフーガの後に続けて「われ苦しみの極みにあるとき Wenn wir in höchsten Nöten sein」または「汝の玉座の前に今やわれは歩み出て Vor deinen Thron tret ich hiermit」という4声のオルガンコラール(ダブルネームになっているのは同じ旋律に異なった2種類の歌詞がついていることによる)が印刷されています。このコラールは「フーガの技法」とは全く別に書かれたもので、内容も「フーガの技法」とは関係がなく、しかもニ短調の「フーガの技法」に対してト長調=下属調の同主調というやや縁遠い、続けて演奏するには座りの悪い調性であるせいもあるのでしょう、「フーガの技法」の録音は世上に数多(あまた)あるもののこのコラールは収録されていないことが多く、私が6種類持っている「フーガの技法」の録音の中でもこのコラールを収録しているのは1種類しかありません。新バッハ全集の「フーガの技法」の序文でも「最後のコラールは元来《フーガの技法》に属する曲ではないけれども、初版にならってここでも付加しておいた。」(音楽之友社版による)と完全に継子(ままこ)扱いですし、初版の序文にも「最後の未完のフーガの穴埋めとしてここに加えた」という内容のことが書かれているそうで、私もこのコラールは単なる埋め草と思っていて、わざわざ聞いたことはありませんでした。

<左は新バッハ全集「フーガの技法」(音楽之友社版)に収載されているコラールの最初のページ。左肩の注のHandschrift は手稿譜、Erstausgabe は初版のこと。この注からこのコラールの手稿譜は口述として不完全な状態で現存していること(途中までで中断しているらしい、後述)、初版には「われ苦しみの極みにあるとき Wenn wir in höchsten Noethen sein」というタイトルで収録されていることがわかります(古いドイツ語らしく Nöten の綴りが今と違う)。その下に「Canto Fermo in Canto」とあるのは定旋律(コラール主題)がソプラノ声部に出てくることを示します。楽譜全体は初版の状態を示しており、楽譜の中にはさまれた Handschrft: [楽譜] は手稿譜が初版と異なっている箇所で手稿譜がどのようになっているかを示しています。>

 ところで最近また「フーガの技法」の録音を入手しました(好きやねぇ ^^;)。エマーソン弦楽四重奏団による録音(DG 474 495-2:右写真)で、本来弦楽四重奏用に書かれたわけではない「フーガの技法」をなるべく譜面に忠実に演奏するために、通常のヴィオラより低音側が拡張されたテノール・ヴィオラという楽器を使用するなど凝った取り組みをしていて、演奏もとてもよい。で、この録音には例のコラールも収録されているので、ついでに・・・といった感じで何気なく聞いてみました。
 
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