ブランデンブルク選帝侯とブランデンブルク辺境伯

 ここ一月ほど、ずっとバッハのブランデンブルク協奏曲のいろいろな演奏、中でも英国の音楽学者サーストン・ダート(1921〜1971)が関係した録音を中心に聞いていました。
 このダートのブランデンブルク協奏曲についてはまた別の記事で触れることにして、今回は別のネタで書きます。

 

 ヨハン・セバスティアン・バッハの全作品とそれぞれの作品に関する情報を網羅した「バッハ作品総目録」(Bach-Werke-Verzeichnis : BWV)はヴォルフガング・シュミーダーが編纂したもので、1950年に初版が刊行され、現在では1990年刊行の第2版が広く用いられています。しかしこれは当然のことながらドイツ語ですし、1990年以降の研究成果は反映されていません。

 そこで私は1997年に白水社の「バッハ叢書」(全10巻)の別巻2として刊行された『バッハ作品総目録』(角倉一朗・著)を愛用しております。箱に付けられた帯には「シュミーダーの作品目録(BWV)第二版を完全に凌駕した決定版総目録。」の大文字が眩しい!(写真)

 ところがこの「決定版総目録」の、よりにもよってバッハの管弦楽作品の代表作である「ブランデンブルク協奏曲」の解説に問題があることを発見してしまいました。しかも調べてみると、この問題なかなか奥が深い。今回は1871年のプロイセンによるドイツ統一のはるか前、神聖ローマ帝国の支配下にあって多くの領邦国家が分立し、30年戦争(1618−1648)による疲弊・荒廃から次第に立ち直りつつあったドイツの北東部、ブランデンブルク地方の歴史の片隅を訪ねます。ちょっとややこしい話にもなりますが、よろしかったらおつきあいください。

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| オーケストラ活動と音楽のこと | 08:32 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
谷塚散策、のつもりが浅間神社にハマって・・・(埼玉県草加市)

 2017年1月28日(土)の午後、ふと思い立って埼玉県草加(そうか)市の谷塚(やつか)を訪れました。ここを訪れたのはいささかセンチメンタルな理由からですが、それはこの文章には関係ないので省きます。東武スカイツリーライン(伊勢崎線)に乗って北千住駅から6つめの「谷塚」駅に降り立ったのが午後4時を少し回った頃。6時過ぎから都内某所でオーケストラの練習があるので、谷塚にいられるのは1時間くらいです。

 

  高架の島式ホームから階段で下りて一つしかない改札を出ると、出口が東口と西口の二つありますが、何せ急に思い立って来たのでこの街のことは全くわかりません。まずはとりあえず両方の出口の様子を伺ってみることに。

 

 東口の方は出るとすぐに案内図があり、駅前はロータリーになっていて25階建ての大きなマンションがあったりと、けっこう開けている感じ。

<東口を出るとすぐ目に入るのが「草加市住居表示街区案内図」(右写真)。三角形の底辺の真ん中あたりに谷塚駅があり、右斜辺の青い帯は毛長川。この図は北を示す矢印が左を向いていることからわかるとおり上が東で、この図に正対したときに地図と実際の方位が合って見やすくなっています。ただ、この向きで背中側になる西口側は「谷塚町」という字があるだけで空白になっているのは、ちょっとなあ・・・西方面へ行く人は西口へ回ってくれということなのかな>

 

<「草加市住居表示街区案内図」の右側にもう一つ、「避難誘導案内板」という案内図がありました。この図は「草加市住居表示街区案内図」と違って、地図の上が北という一般的なルールにしたがって描かれているので、両方の案内図を突き合わせるにはちょっとアタマを使わないといけません。谷塚駅はこちらの図のほぼ中央にあり、その右側に広がる黄色の部分が「草加市住居表示街区案内図」の三角形のエリアの下半分にあたります。オレンジ色が駅の西側の谷塚町(やつかちょう)エリア、緑色は吉町(よしちょう)エリアです。>

 

 一方の西口は案内図もなくこじんまりしています。

<西口で目についたのがこの三角(実際にはこの角だけが尖った不等辺四角形)のビル。変形地を極限まで利用した結果であろうこの尖った部分の内側がどのように使われているのか興味あり。普通に物置みたいに使われているのか、ひょっとするとまさかの説教部屋とか?

 ・・・そういえば突然思い出しましたが、2年間お世話になった大学の学生宿舎の私が入った部屋は、ホームベースをタテに引き伸ばしたような五角形で、その尖った斜めの辺に窓がついていました。備え付けの机とベッドとスチールの本棚をどう置いたものか、しばし悩みました。んー、大学って自由だ(笑)。ちなみに学生宿舎の部屋の多くは普通の四角形で、五角形の部屋は少数です。念のため。>

 

 そこで再び東口の案内図をしばし眺め、東口からまっすぐ進んで県道49号足立越谷線と交わる交差点を右折し、夕暮れの水神橋に佇んで茜色に染まる毛長川の流れをぼんやり眺めてみることにしました。うん、こりゃ十分センチメンタルじゃろうて!

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| 地域とくらし、旅 | 16:58 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
JR蓮田駅(埼玉県蓮田市)から30分ぶらぶら散歩

 年明け早々の土曜日(2017年1月7日)、オーケストラのメンバーと埼玉県蓮田市の清龍酒造の酒蔵見学ツアーに行きました。私は蓮田という所にはこれまで行ったことがないので、待ち合わせ時間より約1時間早めに着いて、30分ほどぶらぶらしてみました。快晴でしたが冷え込みが強く、マフラーとニットの帽子が手放せません。

 

 今回は東京駅から上野東京ライン・宇都宮線の直通を利用。570円奮発してグリーン車に乗ってみました。2階建て車両の2階は車窓の眺めもよく、グリーン車にはモーターがついてないので静かで快適。何だか旅行気分。

<左写真は蓮田駅でグリーン車から下りたときに撮りました。乗ったのは4号車でしたが少し進行方向に歩いてから撮ったので5号車が写っています。右写真は2階進行方向左側の車窓からの眺め。団地萌えです(笑)>

 

 蓮田駅は改札が一つで出口が東口と西口の二つ。東口の方が国道122号に面して賑やかなようなので、今回は東口側をぶらーりすることに。地図を持たないぶらぶら歩きながら、一応駅の東にある元荒川を目指します。広い幹線道路よりも一本入った静かな通りの方が「物件」が見つかりそうな気がするので、嗅覚の導くままに蓮田駅前からまっすぐ元荒川方面へ伸びる道の一本東側の道へ入り込みました。

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| 地域とくらし、旅 | 18:12 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
最近読んだ本(短評):『精読 アレント『全体主義の起源』』(牧野雅彦 2015 講談社新書メチエ 604)

 『全体主義の起源 The Origin of Totalitarianism』(1951/1955/1958;以下「原著」という)はハンナ・アーレントの主著の一つであり、私としてもぜひ読んでおきたいものではあるが、邦訳本はハードカバーで三分冊という大部なものであり、安価な原著の Kndle 版にかじりついてはみたものの私の英語力では到底歯が立たず、取り組みかねていた。その点で原著の構成や内容を概ね知ることのできる本書の出版は大変ありがたかった。

 

 本書は原著の構成に従って、全体主義の要素となった「反ユダヤ主義」と「帝国主義」を順次検討し、それらが全体主義に結果したというクロノロジカルな構成をとっている。これはアーレントの問題意識が「(全体主義の)諸要素が急に結晶した出来事」(本書「注」p.10)にあったからで、つまりアーレントは諸要素が出そろえば必然的・自動的に全体主義になるわけではなく、何かの出来事をきっかけにしてそれら諸要素が一斉に結晶して全体主義になる、と考えていたようである。私は今回の読みではこの結晶過程をとらえ損なっている。要再読。

 

 原著で扱われている「全体主義」はヒトラーのナチス・ドイツとスターリンのソヴィエト・ロシアである。ところで本書で「そもそも日本では―シベリアに抑留された兵士など一部の人々を例外とすれば―「全体主義」と正面から向き合ったことがなかった」(p.267)と指摘されているとおり、私自身にも全体主義に対するイメージがほとんどなかった。しかしアーレント自身やアーレントが読者として想定していたであろう1950年代の欧米人にとってヒトラーやスターリンの全体主義は決して他人事ではなく、自分たちが身をもって対決した、あるいは今対決している現実であったわけで、原著を読もうとする私を含む日本の読者はこの点でハンデを負っていると言えよう。
 このハンデを軽減する手段として、カール・ヤスパースが原著ドイツ語版(1955)の序言で推奨したという、第一部「反ユダヤ主義」と第二部「帝国主義」をとばして全体主義を扱った第三部「全体主義」を先に読むという読み方も「あり」かと思われる。今回の読みでも、最も興味深く圧倒的な印象を与えられたのは原著の第三部「全体主義」及び初版の結語を扱った第四章「全体主義の成立」と第五章「イデオロギーとテロル」であった。

 

 今回の読みは原著及び本書の内容を的確にとらえきれず、いささか皮相なものにとどまったため、いずれにしても要再読なのだが、それでも本書で示された全体主義の諸相やその分析からは、我々の現実生活の中にある様々な問題を考える上での示唆を得られたように思う。それは現実の問題を打ち当てて火花を出す火打ち石のようなものか。その火花を何に移しどんな炎に育てるのかは我々自身の問題となる。

| 本のこと | 09:40 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
配達だより:05. 笑いころげたあれこれ思う秋の日

 ある日土浦市の八坂通りを走ってきて土浦一高の前の交差点で信号待ちをしていると、反対側の一高の方からセーラー服姿の中学生の女子が二人やってきて、やはり赤信号で立ち止まりました。そのうちの一人が全身で大きく手を振りながら、車の中まで聞こえる明るくよく通る大きな声で「◯◯くぅーん!」と呼びかけました。先に信号を渡って行った同級生か同じ部かの男の子がいたのでしょう。伸び上がったつま先からいっぱいに開いた手の先まで伸び伸びとしなやかに張り切って、今どきの子は手足が長いですね。その無邪気で溌剌としたさまに思わず見とれていると、もう一人がすかさず「一緒に帰りたいってー!」と混ぜ返し、最初の子は「言ってないよー!」と叫んで、あとは二人で笑い転げています。


 すると呼びかけられた◯◯くんらしい男子が、女子から大声で呼びかけられて照れくさかったのか、どことなくぎこちない動きで八坂通りを一高前の交差点まで戻ってきました。そして「ろっこく」(国道6号、水戸街道。しかし現在は土浦バイパスが国道6号で、一高前の旧・6号は国道125号になっている)をはさんで女子二人組に何か話しかけますが、残念ながら男子の低い声はよく通らないし、きっと彼もあまり声が出てないんじゃないかな、横断歩道の向こう側の女子の「えー、なにー、聞こえなーい」という声ばかりが聞こえてきます。やがて信号が変わり、女子二人は横断歩道を小走りに◯◯くんの側へ渡ってきましたが、私も車を出さなければならなかったので、その後この三人がどうなったかはわかりません。

 

 ♪ 青春はわすれもの 過ぎてから気がつく

(「思秋期」(作詞:阿久悠)より)

 

 中学生、青春してるなあ。

| 配達だより | 14:51 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
配達だより:04. 軽トラ

 軽トラックを運転してお弁当の宅配の仕事をしています。この軽トラック、荷台の形状が違うだけで基本的には農家や商店などで使われてるのと同じものです。

 

 私が最初に買った車はスバルのマレノという排気量550cc(当時の規格はこうだった)・5ナンバー・ECVT(電子制御無段変速)の軽で、5〜6年乗りました。非力だった(一人で乗っていてもちょっと急な坂を登るときはエアコン切った)とはいえそこは乗用車なので、シートポジションの調整等乗り心地にはある程度の配慮があり、ホイールベースを長くとって車室の広さと安定性を増すためにタイヤが車体のほぼ四隅いっぱいについていました。
 それに対して今乗っている軽トラは貨物車で荷物がお客様なので、運転手の乗り心地は二の次三の次。シートは固定だしサスも固いし、一応フロアシフトの3速(たぶん)オートマですが、惜しむらくはパワステじゃないので、ハンドル重いです。据え切り(停止したままハンドルだけ切る)なんて、軽だから不可能ではないがタイヤにも車にも良くないし、手首に負担かかるので、特に演奏会前はお勧めできません。据え切りでなくても交差点の左折右折のたびに腕だけでなく腹筋にも力入るし、直角以上の鋭角に曲がる時や最小半径で旋回する時(住宅地ではありがち)なんて、思わず坂本冬美さんふうにうなり入りで「♪ィよいしょと!」なんて口ずさんじゃいます(坂本冬美「祝い酒」)。

 

 しかし軽トラというのは機能的には大変すぐれたもので、車幅が狭くあぜ道みたいな道も通れるし(こちら)、同じ軽でも軽乗用車と違って運転席の真下あたりにタイヤがついていてホイールベースが短いので小さい半径で回れ、農家の前庭に頭から乗り入れても切り返さないでくるくる回って前向きで出てこられるし(荷室があってルームミラーでは後ろが見えないのでバックでは出たくない)、土浦市街の城下町特有の入り組んだ細い道も自由自在。スマートではないががっしり頑丈で、どんな仕事も黙ってしっかりこなす、まさにワークホース workhorse です。
 こういう性格の車だけに、強力なエアコンがオートで快適に効いたりシートポジションが自由に変えられたりハンドルが片手でくるくる回せたりすると、それはかえっておかしなものなんじゃないだろうか?(半分強がりか?)

| 配達だより | 18:39 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
メグデンって誰?

 本ブログではこれまで時々クラシック音楽界にはびこる「なんだかなあ」についてブツブツ言ってきましたが(以前の分はこちらの文末にまとめて紹介してます)、また新しい「なんだかなあ」を発見してしまいました。

 

 ここ数日ムソルグスキーの交響詩「はげ山の一夜」の曲目紹介を書くために資料に当たっていました。手元にある『ON BOOKS SPECIAL 5 名曲ガイドシリーズ 管弦楽曲(下)ベルク→ワルトトイフェル』(音楽之友社 1984;以下「音友資料」という)と『Kleine Partitur No.23 交響詩曲「禿山の一夜」』(解説 溝部国光 日本楽譜出版社;以下「日譜資料」という)、"The Musician's Guide To Symphonic Music - Essays from the Eulenburg Scores" (Ed. Corey Field, Schott Music Corporation 1997;以下「オイレンブルク資料」という)だけでなく、Wikipedia の日本語版英語版等ネットの情報も参考にしました。

 

 これらの資料の多くがこの曲の作曲のきっかけとして「妖婆」という戯曲への付曲を挙げているのですが、問題はこの「妖婆」の作者の名前。音友資料、日譜資料、Wikipedia 日本語版など日本語の資料ではいずれも「メグデン」となっていて、日譜資料は「メグデン(Megden)」と綴りまで出しています。ところがオイレンブルク資料や Wikipedia 英語版など英語の資料ではいずれも Mengden となっていて、発音は「メングデン」ないし「メンデン」でしょうか。音も綴りも日本語の資料と一致しません。何じゃこりゃぁー!?

 

<オイレンブルク資料。下線のとおり Mengden と書かれています。>
 

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| オーケストラ活動と音楽のこと | 08:48 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
アンダンテ・フェスティーヴォ(シベリウス)

 先日、所属オケの団内演奏会でシベリウスの「アンダンテ・フェスティーヴォ」(弦楽合奏版 JS 34b)を指揮する機会があり、一夜漬けとは言わず二夜漬けくらいの (^^;; にわか勉強をしました。それでもありがたいことに何がしか得られたものはあったので、自分用の備忘録的に書き留めておきます。

 

作品の成立
 とりあえず Wikipedia で調べたところによりますと、「アンダンテ・フェスティーヴォ」の弦楽四重奏版(JS 34a)はシベリウス57歳の1922年に作曲され、1930年にコントラバスを含む弦楽合奏(ティンパニを任意で加えることができる)用に編曲されたとのこと。弦楽四重奏版と弦楽合奏版は旋律・和声・構成等基本的に同一の音楽です。
 なお1924年に作曲されたピアノのための「5つの印象的小品」Op.103 の第1曲「村の教会」に「アンダンテ・フェスティーヴォ」の旋律が引用されています(後述)。

 

楽曲の構成
 全曲は81小節から成り、テンポの指示はありませんが曲名から Andante で演奏されることは明らかで、私が使ったスコアには演奏時間5分と表示されています。ト長調、2/2拍子で書かれており、曲中にテンポ変更の指示はなく、転調も途中4小節間だけ臨時記号で変ロ長調−イ長調に転調する以外はト長調−ホ短調という平行調間のそれに限られているのでシャープやフラットの増減もありません。全パートが同時にほぼ同じリズムで動くことが多く、和声的にもあまり複雑な和声や意表をついた進行は用いられていません。それらのことが相俟って、曲は全体に聖歌や賛美歌のような簡潔さと慎ましさをたたえており、フェスティーヴォ(祝祭的)という言葉から連想される華やかで浮き立つような感じは全くありません。前述のとおり「村の教会」というタイトルを持つピアノ曲に旋律が引用されていることから、むしろ宗教的なものが込められていると考えてよいのではないでしょうか。

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| オーケストラ活動と音楽のこと | 09:17 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
配達だより:03. 転ぶ

 お弁当や食材を宅配する仕事では、誤配や遅配がないことも勿論ですが、お客様にお届けする商品の品質保持が最重要課題。特に今の時期は高温多湿のため、センターの冷蔵庫や冷凍庫から取り出した商品の保冷には特に気を使います。商品を車に積み込む際には冷凍した蓄冷剤やドライアイス(冷凍品の場合)を同梱して低温を保ち、またお客様にお届けする際にも、お客様の玄関先に車が止められてお客様もご在宅という場合ならともかく、原則としてお弁当や食材は小ぶりなダンボール箱くらいの発泡スチロール製の保冷箱に入れ、さらに蓄冷剤やドライアイスと断熱シートをセットして、商品が温まらないようにして車から玄関先まで運びます。つまり商品を入れた保冷箱を小脇に抱えるか両手で捧げ持つような体勢で車から玄関先までお伺いするわけで、お客様がご不在の場合はその保冷箱のまま封をして玄関先等ご指定の場所に置いてくるため、それに十分な量の蓄冷剤が入った保冷箱はそこそこの重さになります。

 

 ところで、先日この保冷箱を両手で捧げ持つ体勢で階段を上っていたところ、最後の一段でつまづいて前向きに倒れてしまいました。さらにその何件か後のお客様の玄関先でも段差につまづいて再び転倒。酔っ払っていて転んだことは数回ありましたが(恥)、白昼に素面で、しかも一日に二回というのは初めてです。その上両手がふさがっていたのでまともに膝を打ってしまって痛かった・・・。
 年をとると筋力の低下等により自分で思っているよりもつま先が上がらなくなり、つまづいて転びやすくなるという話を聞いたことがありますが、いよいよ自分もそういう年になってきたのかなあ。しかもつまづくだけでなく、バランスを崩しても何とか持ちこたえて体勢を立て直す「粘り」みたいなものもきかなくなっていて、手もなく転びます。いかんいかん。皆様も足元にはお気をつけて。

| 配達だより | 12:06 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
配達だより:02. ハス田

 週に3〜4日、夕食用の弁当やおかず、食材等を宅配するパートに出ています。センターに出勤してお弁当や食材を積み込んだら、私が担当するコースはまず土浦市の北東、霞ヶ浦湖畔の台地上の集落へ向かいます。土浦市近辺の霞ヶ浦湖畔には標高3〜4メートルの沖積低地が霞ヶ浦を縁取り、その背後に関東ローム層を載せた標高25〜30メートルほどの洪積台地が広がります。低地と台地の境は比高約20メートルの段丘をなしていて、台地上へ登る道はけっこうな急坂です。湖畔の低地は湿潤で水田に適し、一方背後の台地は多くは畑ないし森林ですが、台地の間を刻む谷には水田も見られます。それが本シリーズの「01. キジ」の舞台にもなった「谷津田」です。

 

<今回扱う区域の概略図。左下に青い楕円で囲ったのがJR常磐線の土浦駅。右側の大きい赤い四角で囲ったのが今回前半で扱う霞ヶ浦湖畔の沖積低地とその背後の洪積台地。左側の小さい赤い四角で囲ったのは後半で扱う土浦市街の北側の住宅地。>
 

 この霞ヶ浦湖畔の湿潤な沖積低地は古くから水田として利用されてきたであろうと思われますが、現在ではレンコンを栽培するハス田が一面に広がり、土浦は日本一のレンコン生産地とされています。常陸国風土記の香島郡の条には「其(=香島の大神)の社の南、郡家の北に沼尾池(ぬまのをのいけ)あり。古老の曰へらく、神世に天より流れ来し水沼(みぬま)なりと。生(お)へる蓮根(はちす)、味気(あぢはひ)太(いと)異(こと)に、甘美(うま)きこと、他所(よそ)のものに絶(すぐ)れたり。病める者、此の沼の蓮(はちす)を食へば、早く差(い)えて験あり。」(『風土記』武田祐吉編 1937 岩波文庫による。なお字体は現行の字体に変えました)とあり、レンコンが古代から食されていたことがわかりますが、土浦近辺の霞ヶ浦湖畔での栽培は昭和45(1970)年から始まった政府によるコメの生産調整に伴う転作事業によって飛躍的に伸びたようです。そしてこの霞ヶ浦湖畔に広がるハス田が、今ちょうど花の時期なのです。

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| 配達だより | 08:46 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

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